26.レモネードソーダ。
メイアイラがダンスをしたり、飲み比べをしたり、ニッチとサッチがドワーフたちと腕相撲をしたり。
飽きることのない、楽しい時間が過ぎる。そんな中、少しお酒に疲れたアリスは、カウンターで氷たっぷりのレモネードソーダを作ってもらい、それを持って、外の芝生の所に座った。ドワーフのおっさん同士のカップルに気を使いながら、離れて。
「ふう」
さっきからひっきりなしに頭とお腹の周りを魔法文字が回っている。アルコールを解毒しているのだろう。スキル『常に超極大回復』のせいでちっとも酔わない。
そう思いながらアリスは、レモネードソーダを口にした。
ハチミツとレモンの風味がふっと抜けて、チクチクと炭酸が心地よい。
美味しい。
俺はやっぱり、こっちのほうが良いや。
アリスはもともと、そんなにお酒が得意ではなかった。飲むにしても、日本酒や焼酎の割物をちびちび時間をかけて飲むのが好きだった。そしてどっちかというと、食べるほうに重点を置きたいタイプだ。
レモネードソーダの入ったジョッキが重たくて、アリスはそれを両手で持ってこくこくと飲む。不可抗力的可愛いを発生させていると、かさりと音を立てて、アリスの隣に人影が立った。
「——」
見上げたアリスは無言で、どちらかというと不満そうな顔をしている。
飲み会の席で、一人ちょっと輪から外れたとき、その隣にやってくる人物は誰なのか。それは大変重要な事項である。
いま、隣に来て欲しい人物ヒエラルキートップは間違いなくメイアイラである。時点、ニッチとサッチ。ドワーフの酔っ払いは大変そうだけど、ブレーメンよりは良い。
そしてこういうときに来るのは大概、最下位の奴なのだ。
「何飲んでるの?」
飲み会の挨拶みたいなことを聞きながらブレーメンはアリスの脇に座る。
アリスは立ち上がった。
「ええっ!? そんな、少しで良いから一緒に飲もうよ?」
縋りつくようなブレーメンの眼差しを、アリスは見下ろす。
「ドロシーさんからの連絡も話したいしね」
にっこり笑うブレーメンに、アリスはため息をつくと芝生に腰を下ろした。
「で、何飲んでるの?」
「レモネードソーダ」
「ひとくち」
ブレーメンの発言にアリスは「あ?」とドスの聞いた声を発すると、投げ込むぞと言わんばかりにドワーフのカップルを親指で指差す。
「大丈夫。失言でした」
「よろしい。で、ドロシーさんはなんて?」
「最近、このあたりで、ブラックヘヴラーの奴らが出没しているらしい」
「ブラックヘヴラーが?」
「奴ら、冒険者から素材を横取りして、裏マーケットで流しているらしいんだ」
「何だそれ、許せねえな。良し、明日からそれも情報収集しよう」
ブラックヘヴラーの奴ら、そんなこともやってるのか。そう思ったアリスの心を、ちくりと小さな痛みが走った。
アンセルマ——。
小さな痛みの原因は、ジャック・ノワールと名を変えた、今はブラックヘヴラーに所属している元彼女のことだ。
あいつ、いったい何でそんな組織に属してるんだ?結局、そのことは分からず仕舞いだったな。
「それと、アリスちゃんに前世管理局から連絡が来てたらしいよ」
「ゼンセカンリキョク? なんだそりゃ?」
「王家直轄の管理局だよ。まあ、それは帰ってから説明するよ」
「そうか」
アリスはそこでふと、夜空を見上げた。店の明かりが強くて、星空が薄い夜空は、何だか元いた世界の夜空と似ていた。
「数日前までおっさんだったなんて嘘みたいだ」
数日前まで片手で持ち上げられただろうジョッキが、可愛く両手で持たないと持ち上がらない。
「ジョッキの持ち方まで女の子みたいだ」
「前世の記憶を持って大人の体に転生なんて、大変だよね」
真面目な顔をして言う彼に、思わず「ブレーメン?」とアリスは聞いた。
「前世の記憶もなく赤ん坊としてこの世界に生を受け、この世界で生きたなら、そうして18歳で前世のことを知ったなら、それで性別が前世と違っていても、そんなに気にすることじゃないのにね」
ツッコミどころのないブレーメンに戸惑いつつも、アリスは彼の語りを聞いた。
「この世界の男女の恋愛観を知りながら大人になったのなら、そこまで拒否することじゃなかったのかも知れないのにね」
何だか良く分からないが、真面目に言ってるやつの話は真面目に聞いてやろう。
そう、アリスが思ったときだった。
ずいっと、ブレーメンの左側にサッチ、ブレーメンの右側、アリスとの間にニッチがにゅうっと割り込んだ。
「お前もいろいろ苦労があるんだな」
ニッチはアリスの肩に手を置いてうんうんと頷く。
「えっ?」
アリスは戸惑ったような表情で聞いた。
「ど、どこから聞いてたんだ?」
「数日前までおっさんで、転生してきた辺り」
そこかー。
「いや、隠すつもりはなかったんだけど——」
両掌を左右に振って、否定するアリスの手を、ニッチはしっかりと掴んだ。
「お前も大変だなあ」
えっ、泣いてんの?
サッチはブレーメンの向こうでおいおいと、ニッチはアリスの手を握りながらおいおいと泣く。
「数日前までおっさんだったのに、急に美少女に転生なんて大変だなあ」
「苦労しているだろう」
何? 泣き上戸?
「いや、苦労よりもむしろ喜んでいるって言うか——」
「がんばれよ、俺たちはいつでも力になるからな」
サッチはブレーメンを小脇に抱えて立ち上がる。一緒に、ニッチも立ち上がった。
「こいつのことは任せろ。彼女のことは頼んだぞ」
何も状況が分からず、だらりとぶら下がるブレーメンを連れて、ニッチとサッチは立ち去る。アリスも何だか分からなかったが、二人が相当酔っぱらっていることだけは理解出来た。
やれやれ、酔っぱらいのやることは分からんな。でも、あいつら良いやつだな。
アリスは小さくため息をついた。嫌なため息じゃなかった。
そのため息と重なるように、ふわりとアリスの首元に腕が回り、後ろから優しく抱きしめられた。
女性特有の柔らかい感触を背中に感じながら、漏れる吐息に、アリスは何だか訳が分からずに固まった。
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