25.酒場にて。


 アリスは、オートロックのドアを閉め、メイアイラたちと約束した、このホテルの一階に棟続きになっている酒場へと向かう。


 この調子だと、アオーニの所みたいなバーでもあるのかな。


 自動ドアがぷしゅーと開くと、アリスは驚いた。

 ただっぴろい酒場には、ゴロゴロとたくさんのドワーフたちがいて、テーブルとか椅子とかは木の無垢な感じで、途中から外と仕切りがはっきりしていなくて。


 思ったよりずっと異世界感がした。


 ちょっと喜んだアリスに、酒場中の視線が集まる。

 作業着を着たドワーフ、普段着のドワーフ、軽装の鎧みたいなのを着たドワーフ。この世界にはドワーフしかいないのかってくらいドワーフめいている。

 視線の圧に、アリスは怯んだ。


「すげえ美少女だ!」

「かわいいぞ!」

「お酌してくれ!」

「連絡先交換してくれ!」


 大騒ぎ。スマホ的なもので写真を撮る音もする。そんな騒ぎを制するように、アリスの後ろからその前に、二人の男が歩み出た。


「悪いな、このエルフは俺たちとメイアの客だ」


 ニッチとサッチ!

 ああ、俺が元おっさんでなければほだされそうなくらい素敵な登場のしかた。


「何だよ、お前らの知り合いかよ」

「お嬢ちゃん、よろしくな!」


 ニッチの一声で落ち着き出すドワーフたち。どうやら二人とは、見知った仲のドワーフたちのようだった。


「お待たせ!」


 そこに登場したのはブレーメンだ。

 とたん、再びドワーフたちがざわつき始める。


「すげえ美男子だ!」

「かわいいぞ!」

「お酌してくれ!」

「俺の小説をフォローして星つけてくれ」


 アリスのときに比べたら、三分の一程度だったが、ドワーフが騒ぎ出す。男ばっかりのドワーフたちの反応に、アリスは驚いた。その様子に気が付いたブレーメンは、説明した。


「アリスちゃんのいたところに比べて、この世界では男女での恋愛の区切りが薄いんだよ」

「そうなのか?」

「男同士でも、女同士でも、恋愛や結婚は自由だし、子供をつくる方法だってあるからね。だから僕は、女性はもちろん、男性にだってモテる。まあ、僕の恋愛対象は女性だけだけどね?」


 そう言ってアリスの手を握るブレーメンに対して、真顔でアリスは足で彼の体制を崩し、腕を引いて転がす。突然のことに対処できないブレーメンは転がり、特に彼への反応が良かったドワーフたちの一角にたどり着いた。


「一緒に飲みたいってさ」


 アリスの一言に、色めき立つドワーフたち。「えええっ!」とブレーメンは声を上げ、手を上げアリスのほうを見たが、アリスはさらっとスルーする。ちょっと困ったようにサッチはアリスに聞いた。


「良いのか?」

「良いさ」


 アリスはさらっと答えた。


 ドワーフに囲まれるブレーメンを放っておいて、アリスとニッチとサッチは席に着いた。


「はじめよう」


 ニッチの言葉に少し驚いた顔をアリスがすると、サッチが答えた。


「メイアの奴は時間がかかるから、先にはじめちまおう」


 あ、そうか。俺が早く来すぎるくらいだっただけで、本来、女の人は時間がかかるもんだよな。シャワーを浴びて、Tシャツとジーンズに着替えただけのこの二人とはかかる時間が違うよな。

 しっかし、凄い筋肉。オーガ族はみんなガタイが良いなあ。


「何か苦手なものとかあるか?」


 ニッチはアリスに聞いた。本当はビールが苦手だったが、今の体が苦手かどうか分からなかったから、とりあえずアリスは首を横に振った。


「じゃあ、適当に頼むぞ」


 分からなかったというのもあるが、事情通っぽいこの二人に任せておけば、何らかのこの土地の名物が出てくるだろう。


 注文して、飲み物と料理の来るまでの間、ニッチとサッチはゴーレムの話を始める。俺が興味あると思ったのだろう。そういう気遣いが出来るところが、この二人には好感が持てる。

 ほどなくして、テーブルには小さな樽に取っ手の付いたジョッキが三つ並べられた。


 良いね、こういうの。


 ニッチとサッチの分はキロあるんじゃないかってくらい大きいが、俺用のは小さい。これなら持ち上げられそうだ。


「かんぱーい!」


 ニッチの声でジョッキを合わせる。

 少しだけ警戒しながら、ジョッキの中の液体を飲み込む。


 美味い!


 中身はビールだった。でも、ほとんど苦くない。どこかフルーティーで、ほんのり、麦の甘さってやつなんだろうか、それを感じる。しかも、キンキンに冷えてやがるぜ。


 飲める、飲めるよ。ビールが苦手な俺でも平気だ。


 次にテーブルに並べられたのは、巨大イノシシの蒸し焼き。何しろ頭がゴロンと出てきたから、アリスにもそれがイノシシだと分かった。アリスが手を出す暇もなく、ニッチとサッチが手際良く、皿に取り分ける。良ーく火の通った肉が、スプーンで簡単にほろほろ取れる。これだけ手間のかかる料理がすぐ出てきたのは、よほどの人気料理なのだろう。見ればどのテーブルでもこの料理に皆、舌鼓を打っている。混雑する時間は注文前から、厨房で用意しているのだ。


 口の中に入れると、歯で噛む必要もないくらいに簡単にほぐれる。少し、野性味のある味だがそれがたまらない。何しろビールとの相性が最高だった。


「美味い! 美味いよこれ!」


 大喜びで食べて飲むアリスに、ニッチとサッチは満足そうだ。

 一皿目をあっという間に食べ終え、お代わりと、肉汁の染み込んだ野菜を取ろうとしたときだった。

 急に、酒場の中が静まり返る。何事かとアリスがきょろきょろすると、その理由は先ほど、自分たちが通って来たホテル側との出入り口にあった。


「お待たせ」


 その言葉を発する、はっきりと赤いが、派手だとか嫌味だとか全く感じさせない似合いの口紅。その下の、胸元の開いたくるぶしまでの真っ赤なドレスに、誰もが目を奪われた。

 ドワーフたちの反応に、アリスも同じく目を奪われながら、「負けたな」とため息をついた。

 それほどにメイアイラは服装が似合っていたし、綺麗だった。


「ちょっとアリス、背中のジッパーが上まで閉まらないの。見てくれるかい?」


 エンチャント・アジリティを掛けたのかってくらいの速さで、アリスはメイアイラの元に移動した。

 見れば確かに数センチ、ジッパーは上がりきっていない。


「こう?」

 アリスはジッパーを上げた。


「ありがとう」

 メイアイラは答える。


 美女のドレスのジッパーを上げる、美少女。あまりにも美しい光景に、酒をこぼす奴が続出した。


「お帰り、メイア!」

「今晩どうだい!」

「飲み比べだ、メイア!」


 ドワーフたちが大騒ぎするのを手で制しながら、メイアイラはアリスと一緒にニッチとサッチのテーブルへと向かい、座る。丁度そのタイミングで、メイアイラの前にジョッキが置かれた。

 メイアイラはそのジョッキを高々と掲げる。


「かんぱーい!」


 あちこちから掲げられるジョッキ。酒場での、大騒ぎが始まった。

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