24.北ビキニ村。

「それじゃあ、荷物を積み終わったら出発だよ」


 メイアイラが言う。ニッチとサッチは、かなり重たそうな、プロペラの付いた何らかの機械を三個、モーターマシンに積み込み固定する。折り畳まれた小型の飛行器具に見えるそれが積まれるのを見ながら、やっぱり子供みたいに輝いた目をアリスは向けた。


「ねえ、これって飛ぶヤツ?」


 アリスの質問にメイアイラは嬉しそうに口角を上げた。


「ああ、飛ぶヤツさ。一人から二人用のオートジャイロだよ。あんたぐらい軽けりゃ、三人以上乗れそうだね」


「うわあ」


 40近いおっさんではなく、美少女が放つ澄んだ瞳から湧き出る好奇心を見て、ニッチとサッチは作業をしながら自然と笑顔になる。アリスは子供みたいにわくわくしながら聞いた。


「これで何を狩るの?」


 その問いにメイアイラは、誇らしげにオートジャイロを見上げる。


「ワイバーンさ」

「ワイバーン!」


 ファンタジー作品に度々出てくるその生物のことを、アリスは知っていた。出てくるものによって扱いは違うが、その姿は竜に似る。


「ほら、これだよ」


 メイアがタブレットPCみたいな半透明の映像板に画像を出してくれた。そこに映る映像は、俺が良く知るワイバーンだ。ドラゴンよりは小型で、脚は二本、腕は翼と一体化している。顔は竜に似ていた。


「俺たちはけっこう有名なワイバーンハンターなんだぜ?」


 ロープでオートジャイロを固定しながらニッチが言う。アリスはちょっと小ズルいと思いながら、明らかに期待を込めた顔でメイアイラを見た。

 メイアイラは苦笑してから、アリスに言った。


「ついてくるかい?」


 アリスは大きく首を縦に振った。


「行きたい! 見たい! ワイバーン見てみたい! 出来れば狩りを手伝いたい!」


「良いよ」


 思いの外、あっさりメイアイラは答えた。


「魔銃奏者なら、足でまといにはならないだろうしね」


 そう言ってメイアイラは、ちょっと不自然なくらいにアリスを見つめる。女の子にしては身長の高いアリスを、見下ろす紫色の瞳。メイアイラの頬が少し赤くなるのにつられて、アリスの頬もほんのり上気した。


「僕も! 僕も行きまーす!」


 ああ、元気な変態がいたよ。

 俺はブレーメンを見る。

 あれ、なんでこいつ、口から血が出てんだ?


「それじゃあ早速、北ビキニ村に向かうよ!」


 メイアの言葉に、俺は反応した。


 キタビキニムラ。


 北は東西南北の北だろう。

 村は、生活を営む住居等の集合体をあらわす村だろう。

 それは分かる。

 分かるが——。

 問題は間に挟まれている文字だろう。

 ビキニって!

 俺は思わず、ドロシーさんと行ったショップで見た、ビキニメイルを思い出した。


 おっさんの脳みそは高速に妄想する。


 もしかして、もしかしたら、ビキニメイルの聖地的なとこだったりして!


 アリスの脳内に浮かぶ、ビキニメイルを着て、剣を持った、人族の女の子、エルフ族の女の子、コポムナー族の女の子、その他多数。みんな笑顔で、可愛いポーズで、アリスの周りをゆっくりと回る。

 ビキニメイルからこぼれんばかりの豊かな胸、すべてを隠しきれてはいないお尻、はじけるような眩しいお腹、太もも。


 ビキニメイルの波をかき分けるように現れる、メイアイラ。その格好はもちろんビキニメイルだ。


 健康的なセクシーさを漂わせるメイアイラの姿に、アリスはすっかり心奪われ——なんてことはなく、ここは産業の村、北ビキニ村!

 名産品はもちろんビキニメイルだが、残念ながら作るほう!


 行き交う人影はビキニではなく、普通の服を着込んだおっさん!


 おっさん!


 おっさんのドワーフ!


 萎びるように崩れ落ちるアリス。


「あれ、もしかして、何か勘違いしたね?」


 メイアイラの問いに、力なく頷くアリス。それを見て、メイアイラは盛大に笑った。


「あはは! 残念ながらアリスが期待したのは南ビキニ村のほうだねえ」

「あんの!? 行きてえ!」

「ダメだよ。今回はこの村に素材の納品と備品の調達に来たんだ。それに——」


「それに?」若干、気力の抜けた声でアリスが聞き返す。そんなことを全く気にせず、メイアイラは口元に笑みを浮かべた。


「最近この近辺でワイバーンが目撃されている」


 メイアイラの言葉に、アリスは本来の目的を思い出す。真顔になったアリスの頭にメイアイラは手を乗せると、わしわしと撫でた。


「今日からはここで寝泊まりだ。明日からは、ドワーフの素材採集の護衛をしながら、ワイバーン探しだよ」


 アリスの瞳はまた、キラッキラに輝いた。

 そうだワイバーンだ! ビキニとか言ってる場合じゃねえ!

 アリスは崇高な意志を取り戻した。いや、アリスの中ではビキニメイルも十分に崇高ではあったが。


 北ビキニ村に流れる、軽快な音楽のような、金属を叩く音。その音色に合わせて、ときおり噴き出す蒸気の音。改めて見れば、このビキニメイルを生み出す村も、アリスにとっては好奇心をくすぐる塊だ。


 ——のはずだったが。


 こりゃあ、駐車場以来のガックリ感だわ。

 いや、良いんですよ? 清潔感は抜群で、何より寝泊りするには最高の環境だ。


 ——だけど。


 ここまで見るからにビジネスホテル感出ちゃうとねー。


 アリスは今日寝泊まりする自分の部屋を眺めた。設備は新しくはないが、手入れの行き届いた、清潔感の漂う一人用の部屋は、異世界感がまるでない。


 元の世界に帰って来たみたいだ。


 もっと、なんだか木の壁とか床とか剥き出しな感じで、ヨーロッパ的な、それでもって堅そうなベッドとかが雑然と並んでて殺風景な感じかと思った。ゲームに出てくるみたいな。


 まあこの、柱とかから直接、観葉植物みたいのが生えてるところは異世界だなって思うんですよ。

 でも、この冷蔵庫が、空気清浄機が、テレビが、ユニットバスが、否応なしに異世界感を阻害するわけで!

 しかも何!? この備え付けの全自動洗濯乾燥機! 10分で洗濯から乾燥まで終わるなんて優秀すぎ! シャワー浴びてる間に終わったよ! 魔法と蒸気の科学バンザイ!


 服、ここでもう一着くらい買おうかな。


 もちろんビキニメイルは着ないぞ。

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