6.栄太郎、アリスになる。
「僕の偽物とは、やってくれるね」
そう言いながら倉庫内に入って来たのはブレーメンだった。そう言われて、後から来たほうに比べると安っぽいスーツに見える悪い顔のブレーメンは舌打ちした。
「貴様! ブレーメン!」
舌打ちをしたほうがそう言ったので、後から来たほうが本物なのは確定した。
見れば本物は涼やかな顔で中性的な美男だ。対して偽物はバタ臭くて男臭い。何だ、服装以外は全然似てねえな。
「偽物なら、もっときちんと似せてくれたまえ!」
ブレーメンは鍔から発した光の刃を構えると、一気に偽ブレーメンへと詰め寄る。偽ブレーメンが展開した光の刃とブレーメンの持つ光の刃がぶつかりあって、高熱の粒子を散らした。
「アリス・エイタロウ!」
ブレーメンは栄太郎の名を呼ぶ。
「君の力は、僕が助けに来なくてもこの状況を打開出来るくらいにあるはずだ!」
言われて栄太郎は、魔法の力を思い出す。見れば栄太郎に突き付けられていた銃は、ブレーメンのほうを向いている。その上で、接近戦をする偽ブレーメンに当たりそうだからか、銃口が泳いで狙いを付けられないでいる。
今なら。
ニヤリと栄太郎は笑う。
「エンチャント・ストレングス」
腰のオートマチックが輝きを放つ。
魔法の力で格段に高まった筋力。これでぶち殴れば!
栄太郎は昔、通信教育で習った空手の正拳突きを隣の男の腹に見舞った。くの字にひん曲がった男は、5メートルばかり吹っ飛ぶと、バチバチとショートして煙を上げ、それきりピクリとも動かない。
すげえ!
すげえぞこの力! って、まさか殺しちゃった!? ええ!? やべえ!
慌てる栄太郎がくの字に折れ曲がった男を見ると、男の上半身はまだもぞもぞと動いていた。折れ曲がったところから配線やら機械やらがはみ出してる。死んではいないようだ。
良く分からんがロボっぽい。死んではいないみたいだし。でもこれから気をつけなくちゃ。下手に殴ったらとんだグロ画像を見るハメになる。
勢いのついた栄太郎は、右腕をグルグル回して威嚇する。
ようし、もう一人も!
そう思って意気込む栄太郎の右腕を、銃を持った強面のにーちゃんは心配そうに、かつ引いたような眼差しで見ている。
何だその眼差し。
そこでふと栄太郎は、右腕がいつもと違う多段階で折れ曲がっているような、そんな感触を感じた。
あれ?
見たくないけど、見なくては。栄太郎は恐る恐る右腕を見ると、ボッきりと折れていた。手首と肘の真ん中で。
ええええーっ!
「ぎゃーっ!!」
三度悲鳴を上げる栄太郎。困惑する強面にーちゃん。
暴れる栄太郎の横に、すすす、とブレーメンが寄って来た。なお、偽ブレーメンとの剣戟は継続中である。器用だ。
「かわいそうに、レディ。奴らはサイボーグなんだ。筋力を強化して殴るときは、先ず、防御力を強化してからでないと」
「そういうことは早く言え、バカヤロウ」
喋りながらもブレーメンは、偽ブレーメンの突きの連打をこともなげに受け流す。
すごいとは思ったが、そんなことよりも、このだらしなく垂れ下がった右腕の方が問題だ。しかもとんでもなく痛い。
辺り構わず八つ当たりしたい気持ちを抑えながら涙目になる栄太郎に、奇跡の光景は起きた。
ぽわっと、折れた腕の辺りが光る。光は、見たこともない魔法の文字になって、くるくると腕の周りを回った。折れた腕の角度が元通りになり、痛みが消えて行く。
何だか分からないが、治った!
「すごいね!」
ブレーメンが言った。
「失礼するよ、ステータス!」
そう言ってブレーメンが栄太郎の胸の前あたりをタップすると、目の前にずらりと文字が並んだ。
「あ、これだよ」
ブレーメンが指さすそこには、スキルの枠があり、『常に超極大回復』の文字が書かれていた。
「すごいスキルだよ」
でしょうね!
他には何かあるのかな。
わくわくしながら栄太郎は欄を見た。
言語適正化。
あ、あるあるな感じだね。
魔法はエンチャント系のみ。
これはハンデとみなした方が良いのか。
後は無い。強いんだかそうじゃないんだかいまいち分からないが、とりあえず常に回復は強力そうだ。ケガも治るし!
栄太郎はそのまま、別の項目も見てみる。
B、W、H? 何だこれ。
ブレーメンからの視線に気が付き、栄太郎は彼のほうを見る。その視線はちょっとヤラシくて、鼻の下が伸びてるように見えた。
B80・W48・H7——。
ようやくその数字の意味を理解した栄太郎は、「あーっ!!」と大声を上げた。
「見るんじゃねえ!」
早くも芽生え始めた女性としての羞恥心か。栄太郎は顔を真っ赤にして、ブレーメンを突き飛ばすべく両手を前に出して突進した。
ひょいと躱すブレーメン。
エンチャント・ストレングスの力で倉庫の端まで飛んでく偽ブレーメンをちらとも見ず、栄太郎はステータス画面の文字の一部を両手で物理的に隠す。両手には、今の攻撃で負った打撲を直すべく魔法の文字がくるくる回る。
「これ、非表示に出来ないのか!?」
「出来るよ」
ブレーメンはあっさり言った。
「名前を登録して、非表示にしたいステータスにロックを掛ければ」
「それだ!」
名前名前名前!さっきも名前が無いと洗脳がどうとか物騒なこと言ってたし、ステータスの非表示のこともあるし、さっさと登録するに越したことはない!
栄太郎はカーソルが点滅する、明らかに名前を入力するだろう欄をタップする。すると、欄の下に、カタカナのキーボードが表示された。
栄太郎は思う。
いつもなら、RPGを始めるとき最も時間がかかる作業の一つだ。酷いときは一日以上悩んだこともある。だが、今は緊急事態だ。一刻も早く入力しなければ。
どうせ、良くあるパターンで、後から変更出来たりするんだろ。
栄太郎は文字を入力した。
アリス・エイタロード。
幼い頃バカにされたこともある、女の子チックな苗字をとりあえず名前にした。栄太郎の文字を、それらしい、異国の苗字っぽくした。
決定を押す。
この瞬間、栄太郎はアリスになった。
それを見届けたブレーメンが、前髪をかき上げ、手を差し出すような仕草をとった。
「『ヘブンズ・プラトー』へようこそ。アリスちゃん」
ブレーメンのキザで大げさな仕草に、アリスという名になった元おっさんはくすっと笑った。
それからアリスとブレーメンの視線は、銃を持った強面のにーちゃんに止まる。
アリスが腕を振り上げて歯を見せて威嚇すると、にーちゃんは黙って銃を捨て、軽くジャンプするとばたりと地面に倒れた。
彼なりの、降伏表明であった。
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