5.ぎゃーっ!!

 よくあるコインパーキングに、その車は停まっていた。


 バランスって難しいなと栄太郎は思う。


 さっきまでは見慣れたビル街や、実際はそうじゃない見知らぬ街並みに一喜一憂出来たが、こういう見慣れ過ぎたものって急に萎える。


 異世界感がまるでない。現実的過ぎる。


 だが、そこに停まっている、ブレーメンの車はイカしていた。

 デザインはそう、アメ車。ムスタングとか、そういう名前をしてそうだ。

 ブレーメンがスターターキー(これもちょっと萎える)を押すと、聞きなれない駆動音がして、蒸気(?)を吐き出した。


「さあ、行こう!」


 一瞬、どっちの座席に乗るのか迷ったが、ブレーメンが右側に乗ったので、栄太郎は左側に乗った。


 右ハンドルなんだな。


 車に乗り込む。微かに聞こえる、シュッシュッと言う音。


「これは何? 何で動いてんの?」


 我ながら、おっさんらしい興味が出た。ブレーメンはハンドルをきり、車を駐車場から出しながら答えた。


「これは車だ」


 それは分かる。


「魔力を秘めた石、魔鉱石まこうせきか若しくはそれを砕いた砂、魔鉱砂まこうさで動く。あとは水、蒸気さ」


 蒸気!


 栄太郎の頭の中を、スチームパンクという言葉が過ぎる。

 オタクである栄太郎は、もちろんその単語を良く知っている。

 だから蒸気という単語に、ちょっと興奮した。


 大通りに出て、滑るように走る車の外を、流れる風景。


 信号機、案内板、道路標識。


 知っているものの中に混じって、見慣れないものが行き過ぎる。

 多彩な種族、樹木と一体化した建築物、蒸気で走る車。


 これから暮らす世界に期待感でいっぱいの栄太郎を、サイドミラー越しに見つめる見慣れない美少女。その姿が自分であることに、栄太郎はやはり、喜んだ。




 車は街を外れ、港の倉庫街といったところにたどり着いた。倉庫の前で車は停まると、両開きの扉が左右に開き、車は倉庫の中へと進んだ。


 なんか、悪者のアジトみたいなとこだなあ。


 栄太郎は倉庫の中を見渡す。目立ったものは特に何にもなくて、ホコリっぽくて人の出入りがあんまりなさそうな感じだ。今にも不良とか、反社の抗争とか始まりそう。


 何て栄太郎が思っていると、車のドアが開けられて、強面の人に言われた。


「出ろ」


 出ろですと。何だか感じ悪いな。


 見れば栄太郎の体に、元いた世界の物とはだいぶ違うが、見るからに銃的なものが突き付けられている。


 えっ?


 思わず、栄太郎の両手は上に上がった。


 ええーっ!?


 手荒過ぎない!? 何なら条件反射的に手が上がっちゃってるんですけど!?


「来い」


 後ろからも、銃を突き付けられてる気配がする。


 ちょっと何!? この人たち悪者!?


 軽く錯乱する栄太郎。古今東西、口が悪くてとりあえず銃を突き付けてくる奴は大概、悪党である。

 栄太郎はブレーメンのほうを見る。ガラの悪い男と談笑するブレーメンの顔が、さっきまでと違って悪そうに見える。


 何だ、何話してやがるんだ?


 そう思う栄太郎の中で、文字が浮かぶ。さっきアオーニのとこでもおきた感覚だ。栄太郎は微かな声で、詠唱してみた。


「エンチャント・イヤー」


 とたん、距離があって聞き取れなかったブレーメンの声が、はっきりと聞こえる。


「後は『ジャック・ノワール』の到着を待つだけだな」

「ちょろい仕事だな。あの女、まだ登録は完了してないんだろう?」

「ああ、さっきこっそりステータスを確認したが、まだ名前は未登録だ」

「異世界転生者ってだけでも何だか漫画みたいな話だってのに、名前の登録前なら洗脳が可能なんて、妙な話だな」

「だが、ジャックの言うことだ、間違いはないだろう」


 会話の内容を、栄太郎は吟味する。


 洗脳だって。


 えらく不穏な単語だなオイ。


 何とか早くこの状況を打開しなければ、洗脳されるらしいことを栄太郎は自覚した。


 喉が渇く。

 冷や汗が出る。

 考えろ、考えろ。


 焦りまくってる栄太郎の、40近くなると若いころに比べて驚きやすくなっている心臓を、キン! という金属音が刺激した。

 続けて、ゴトン! という何か固いものが地面に落ちた音。

 それが、金属の扉が何かに切断され、地面に落ちた音だと栄太郎が認識したとき、さらなる衝撃敵映像がノミの心臓を刺激する。


 開いた扉の奥から飛んできた、人。


 それは放物線を描きながら飛来すると、車のボンネットに突き刺さった。

 大きくへこんだボンネットから、激しく噴き出す蒸気。その蒸気の中にひしゃげた人の姿を確認した栄太郎の口から、悲鳴が上がった。


「ぎゃーっ!!」


 ひしゃげてひん曲がった人から目をそらしたいのに、栄太郎の眼球はその光景をとらえて離さない。


 良く見るとそれは人ではなく、所々配線をむき出しにしてショートする、ロボットの姿であった。


「ぎゃーっ!!」


 それはそれで、刺激的だった。

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