38.とんとん拍子で進む混乱。
王宮はすごく綺麗なところだった。
アリスは思わずきょろきょろしてしまう。
大理石とそのまま生えている木で出来ていて、柱や通路の脇を澄んだ水が流れている。
その景観はあんまりにも素敵で、アリスはこれから自分を待っているであろう出来事をつい忘れてしまうほどだった。
ヒャッハーの案内で通路を歩くアリスの腕を、ドロシーが強く抱く。その力の入り具合に、アリスはドロシーのことを見た。
「どうかしたの?」
「取られないようにしてるのよ」
「取られないように?」
「アリスは私のこと、どう思う?」
急なドロシーの質問に、アリスは「えっ」と戸惑いつつも、答えた。
「可愛いと思うよ」
「ありがとう。嬉しい。でも、そういう言葉が欲しいんじゃないの」
アリスはドロシーの言葉に首をかしげつつも、ふと、思った。
もしかしてドロシーさんて、俺のこと、なんというか、好きとかそういう感情を抱いてくれているのではないだろうか?
だが、そうだとしたら。
アリスはその考えが当たりだった場合、この後に控えているのはなかなかの騒乱ではないかと予感した。
そんなアリスの思考を知ってか知らぬか、ブレーメンは開いた口でニヤリと笑った。
謁見の間は広く、こちらも柱や壁際を水が流れており、美しかった。
玉座ではなくその手前に佇む人影に、アリスは見覚えがあった。忘れようはずもない。それほどにその人の印象は強かった。
「あなたは——」
アリスの言葉に、にっこりと微笑むその女性。
青みがかった不思議な色の長い金髪。吸い込まれそうな青い瞳。長いまつ毛。
「前世管理局で、俺を案内してくれた——」
「——はい。覚えていてくれたんですね」
「もちろん。忘れるには、あなたは美しすぎる」
「嬉しい——」
見つめ合う、アリスとその女性。ぎゅううっと、アリスの腕を抱くドロシーの腕に力が入った。
ついさっきの、ドロシーさんとのやり取りを、俺はすっかり忘れてしまった訳では無かった。腕に感じるドロシーさんの力に、むしろそれを強く感じた。
でも、それ以上に、吸い込まれそうな青い瞳から、目が離せなかった。
「ヴィ・アルセイラと申します」
ピンク色の唇から洩れた言葉は、アリスの心をときめかせた。
「アリス・エイタロードです」
名乗るアリスの言葉に、まるで花が開くようにアルセイラの表情はふんわりと優しく輝いた。心から、嬉しそうに。
二人の間に流れる独特な柔らかい空気は、他の者を遮る力があった。
ドロシーの心が、針でつついたように、きゅうっと痛む。
ドロシーにはそれが分かった。女の勘だ。
この二人には、私が入り込めない何かがある。でも——。
その何かは、意外なほど早く判明した。
口を開いたのは、アリスからだった。
「俺はあなたを知っている気がする。この間の前世管理局であったとかじゃなくて、もっとこう、俺の根っこの部分みたいなところで」
その言葉に、アルセイラの頬を、伝う涙が
「ああ、憶えていらっしゃるのですね」
「憶えている?」
「はい。あなたの前々世、私の前世で、私たち二人は結ばれていました。ああ、ようやく逢えた。
彼女の言葉に、俺の胸はちりちりと、頭はびりびりと、まるで電気が走るみたいに波打った。
「しょうたろう。それが俺の前々世の名前なのか」
「そうです。私たちは、夫婦でした」
この女性の言っていることは嘘じゃない。
アリスは直感的に感じた。
すっと、ほぼ無意識にアリスの右足が前に出た。ドロシーは自分の腕から抜けていくアリスの腕を、止めることが出来なかった。
一歩、また一歩と、アリスはアルセイラに近づく。アルセイラもまた、ゆっくりとアリスに近づいた。
近づいた二人はお互いに手の届くところまで近づくと、そっとその手を重ね合った。あまりに美しい二人のその光景に、ヒャッハーを始めとする王宮近衛騎士団の面々は「おお!」と感嘆の声を漏らした。
「不思議だ。君の言っていることを、俺は何一つ疑えない」
アリスはアルセイラの瞳を見た。アルセイラもまた、アリスの瞳を見つめながら言った。
「疑いなど、何の必要がありましょう。あなたと私は、惹かれ合う運命なのです」
アリスとアルセイラの瞳は綺麗で、そこに濁り一つない。
アリスは言った。
「俺は、君との記憶のことを知りたいと思い始めている。それは変なことかな?」
「嬉しい——。変なことどころか、私にはあなたのその発言は嬉しいばかりです」
お互いから目を離すことない二人。あまりにもいい感じ過ぎるその光景に、ドロシーはぎりりと奥歯を噛んだ。
そんなドロシーのことなど気が付きもせず、アルセイラはアリスのことを優しく抱きしめる。
再び、ヒャッハー達から感嘆の息が漏れた。
アルセイラは愛おしそうに、アリスの髪を撫でた。
青みがかった不思議な色の長い髪の美しい女性が、美少女の金と銀の中間の長い髪を撫でる光景は、あまりの美しさに見る者の背筋をぞくぞくと刺激した。
「勝太郎さん」
アルセイラはアリスの瞳を見つめる。アリスは少しぎこちなく、でも、アルセイラの背中を抱きしめた。ほぼ初対面であるにもかかわらず、そうすることのほうが自然にすら感じたからだ。
そんなアリスに、アルセイラの整った唇は、思いもよらない言葉を投げかける。
「祝言はいつがよろしいですか?」
その言葉に、ドロシーの目が三角になる。
目って、本当に三角になるんだ。と、ブレーメンは思った。
やっぱりそんなドロシーのことなど気にもかけず、アルセイラは聞いた。
「ヒャッハー?」
「は!」
「次に日取りが良い日はいつかしら?」
「は!八日後にございます!」
「では、その日に」
目の前で展開される、あまりに突拍子のない会話に、アリスは大きな目をぱちぱちと開いたり閉じたりした。もちろん、驚きでいっぱいだったが、不思議と嫌な感じはせず、ある種当然のことだとすら感じていた。
それくらい、アリスはアルセイラに、強く惹かれる、何か心の繋がりのようなものを感じていた。
だから——。
ま、良いか。
と思った。
「良くねえよ!」
突然、心の声にツッコミを入れられて、アリスの体はビクッと跳ねた。声の主、ドロシーが、すごい剣幕でこっちを見ている。立場上、状況上、特にアリスは悪いことはしていないのだが、ドロシーの怒気に当てられて身を縮める。同じく、怒気の余波を食らったブレーメンは、喜びに身を捩った。
だん!
ドロシーが踏み込んだ右足が、低く高くまるで武術の達人のような音を立てて音を響かせる。
「良くない! はいそうですかって、アリスを取られてたまるもんですか! 異議よ! 異議を申し立てます!」
「異議!」
ドロシーの言葉にいち早く反応したのはヒャッハーであった。その傍ら、驚きを隠すことなく、ざわめきだす王宮近衛騎士団の面々。
「異議と申しましたね?」
次に声を発したのはアルセイラであった。
アルセイラをまるで暴風の如き気迫で睨みつけるドロシーと、清流のような静かな眼差しで受け止めるアルセイラ。
二人の間に流れるばっちばちの険しい空気に、アリスは何だか気圧される。
険しい空気に同じく気圧され、歓喜の表情でブレーメンは身悶える。そんなブレーメンをつい視界に入れてしまい、気持ちわりぃなと、アリスは思う。と、同時に、ドロシーの言った『異議』という単語は、自分が以前いた世界でのそれとは、また違った含みを持っているだろうことを感じ取る。
そのときだった。
鳴り響く銃声。音を立てて砕け散る、天窓のステンドグラス。
気が付かなかったけれど、何か文化遺産級のステンドグラスが割れたような気がするなあ、とアリスは音のほうを呑気に見上げる。そして、見上げた先に現れた人影に驚愕した。
「ジャック・ノワール!!」
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