第3話「冒険者たちと共に」
22.冒険者たち。
バイコーン。
言い伝えや物語に出てくる魔物。説によってその姿は異なるが、この世界のそれは、山羊の角を二本持った黒い馬のようだ。ゲームやテーブルトークRPGで培った知識が、こんな風に役に立つとはなあ。
アリスは冷静にそんなことを思ったが、目の前の状況はそんなにのんびりしたものではなかった。
体高2メートル以上はあろうかというバイコーンの口から、だらしなくぶら下がるのはブレーメンだ。今日もストライプのスーツが決まっている。
ガッチリ、バイコーンの口に頭を噛まれたブレーメンを、アリスは見た。
噛まれると発狂?乗ると発狂?どっちだったかなあ。何にしても、早く助けないと死んじゃうかな、ブレーメン。
アリスが腰のオートマチック、魔銃を構えたときだった。
ばきり。
あまりに音量の大きいその音に、アリスは何が起きたか分からなかった。だが、何が起きたか分からなかったのは一瞬で、直ぐに音の原因は分かった。
アリスの前にそびえ立つ、15メートル近くはあるだろう土塊の巨人。
これはゲームでよく見るゴーレムってやつだ。
アリスは困惑を通り越して冷静に思った。ゴーレムの口からは、バイコーンを咀嚼する、骨を砕く大きな音がばきっ! ばきっ! と響き渡る。
ゴーレムがバイコーンを食べたとき、幸運にもその口はバイコーンの首から下を噛みちぎった。お蔭で地面には、バイコーンの頭を被ったブレーメンが転がっている。
俺は弱肉強食の縮図でも見ているのか。
まだ腹を空かせているゴーレムと、アリスの目が合う。魔銃をゴーレムに向けながら、アリスは思った。
来るんじゃなかった。
○
事の発端はこうだった。
「ねえ、アリスちゃん」
声をかけて来たブレーメンよりも、アリスの意識は、左手に持ったご飯茶碗に集中していた。
ほかほかご飯の上に乗る、絶妙なバランスで醤油と葱とのマッチングを果たした納豆。ご飯をすくい、その上に納豆が乗ったまま口に運べば、広がるのは豆の旨味と醤油の風味。噛むごとにそれはご飯の旨味を引き出し、混然一体となって口の中で踊る。アクセントになるのは葱のシャキシャキ感だ。
美味い。
続けて、お椀の中を箸を一回転させ、具の豆腐が浮いてきたところを飲み込む味噌汁。箸と口の中のネバネバが流され、すっきりする。白味噌のさっぱりした味が丁度良い。
そこまで食べてやっと、アリスはブレーメンに「何?」と聞いた。
話を聞く体勢に見えて、その実、箸は見事に黄色く染まったタクワン漬けに向かっている。
昨日の寝起きブレーメンの事件以降、この外見美少女元おっさんの彼に対する風当たりは強い。
しかもこの男と来たら、そのつれない態度に興奮したりするのだ。
「アリスちゃん、僕と一緒に街の外へ行ってみないか?」
「街の外?」
アリスは聞き返した。
「そう、街の外。結界で守られてる街や道路の外に出てみるのは、この世界を知る良い行動だと思うんだ」
ちょっと火照った顔で興奮気味にブレーメンは言う。
これでまともだったらかなりの美男子なのに。
まあ、どの道男に興味はないけど。と、ご飯と納豆を口に運ぶアリス。そんなアリスに口を開いたのは、隣の席のドロシーだった。
「あら、良いんじゃない?行って来たら、アリス」
ぐりぐりと、納豆をかき混ぜながらドロシーは言う。
「今日は私、博士と一緒にヴァルディーガのことにかかりっきりだから、アリスのこと構ってあげられないし、それに一度は、結界の外を経験してみたほうが良いしね」
「ほら、ドロシーさんもこう言ってるよ?」
「うーん」
好奇心はある。だが、ブレーメンと二人ってのが、やだ。
「大丈夫よ」ドロシーは納豆をかき混ぜ続ける。「ブレーメンは有名な冒険者でもあるから。結界の外のことはとても詳しいわ」
そーゆ―ことでもないんだけど——。
「ね、行こうアリスちゃん」
まあ、悪いやつではないみたいだしな。変態だけど。
「じゃあ、行ってみようかなあ」
○
で、こうなった。
バイコーンの首を頭に乗せて倒れてるブレーメン。食欲を満たすため、俺を見つめるゴーレム。へー、ゴーレムって食欲あるんだな。
研究所から数キロ車で行ったところで、俺たちは結界に守られた道路から、その外に広がる草原へと入った。結界は強固で、よほどの魔物でもない限り、壊すことも通ることも出来ないそうだ。
この結界の外には、魔物がうようよいるらしい。
だがこの魔物たちには需要があって、その体の部位から取れる素材は、魔法の媒体になったり薬になったりするらしい。
それらを採取するため、原野や洞窟とか、魔物のいるところで狩りをする者たちを、この世界では『冒険者』と呼ぶらしい。
まあ、その冒険者の一人は、結界の外に出たとたんにバイコーンに噛まれて生死不明ですが。
「アリスの能力なら、死にはしないわよ」
納豆をかき混ぜ続けるドロシーさんの顔とセリフが浮かぶ。
死にはしないかもだけと、ピンチだねっ。
現実逃避するかのように、アリスがてへぺろしたときだった。
ずががががっ!
大質量の物が、大質量とぶつかる激しい音が響いた。
ぽかんと見上げるアリスの前で、10メートル超の、ヴァルディーガと比べたら随分とずんぐりむっくりした、だが力強いフォルムのモーターマシンが、ゴーレムを抑え込む。そのモーターマシンが力を籠めるたびに、各部から蒸気が噴き出る。それはまるで生き物が息をするようで、格好良く、頼もしく、アリスの瞳に映った。
さらに、アリスの横をすり抜けて、ゴーレムに向かう二つの人影。2メートル近い大きな体に反して、足は俊敏で速い。
あっという間にゴーレムに辿り着くと、大柄な、あまりにもがっちりした体つきの男は、ゴーレムの脚に向かって高高度のドロップキックを見舞った。
揺れるゴーレム。
もう一人の大柄な男もゴーレムの足元に到着すると、左腕に装着された鉄杭をゴーレムの脚に叩きつける。瞬間、杭の根元の機械から蒸気が噴き出し、杭はゴーレムの脚に打ち込まれる。
パイルバンカー!!
アリス大興奮のその武器から、ゴロンと空薬莢が排出された。
「大丈夫!?」
モーターマシンの外部拡声器から声がした。
「大丈夫です!」
答えるアリスを確認するように一瞬アリスのほうを向いたモーターマシンが、再びゴーレムに向き直ると、両足に攻撃を受けて怯むゴーレムの顔面めがけて鋭いパンチを叩き込んだ。
響く爆音、よろめくゴーレム。それでもなお、拳を振るうゴーレムの愚鈍な動きを、フォルムに反して機敏なモーターマシンは軽々と躱す。
躱しながら、腹部と胸部に連続して素早いパンチを放つ。鈍い打撃音から察するに、それは早いだけじゃなく重い。
足下では、体格の良い戦士の一人が、ゴーレムのひざ裏に見事なレッグラリアートを決めると、がくんとゴーレムは膝から折れる。地面に着いた膝に空かさず、もう一人の戦士がパイルバンカーをぶち込んだ。
オオ!
声を上げ膝をついて前のめりになるゴーレムに、モーターマシン渾身のアッパーカットが炸裂する。ゴーレムは顔の土塊をまき散らして、腕をだらりと垂らすと、それきり動かなくなった。
すげえ!
アリスは目をキラキラ輝かせて戦士たちを、モーターマシンを見た。
すげえ素敵でカッコ良いもの見た!
キラキラ瞳のアリスに気が付くと、二人の巨漢戦士は微笑みを向ける。実際はそれなりにむっさいおっさんたちだったが、アリスには光のオーラを纏う好青年に見えた。
やばい。これ女の子なら惚れちゃうやつだ!
自分の女の子外見をすっかり忘れてアリスは思う。そんなアリスにずしんずしんと近づいてきたモーターマシンの、コックピットハッチが開く。一時停止してぷしゅーと蒸気を吐き出すモーターマシンから姿を現したのは、勝気そうな美人の女性だった。左右に振る長い茶色の髪を陽光が透かして、綺麗で、アリスの心は鷲掴みにされた。
「生きてるみたいだね」
声を掛けてきた女性を、アリスは間抜けな顔で見上げる。
「新人さん? それにしちゃ軽装ね。迷い込んだの? あら——」
髪をかき上げて、女性はアリスの魔銃を見た。
「あんた、魔銃奏者じゃないの!」
珍しいものに驚くように言う。そのとき、ぐらりと、今まで動かなかったゴーレムが動き出し、足元の戦士二人めがけて拳を振り上げた。
「——!」
咄嗟に、今までの緩慢さが嘘のように、アリスは素早く魔銃を構えると躊躇なく引き金を引いた。弾丸は唸り、ゴーレムの振り上げた腕に直撃すると内側から破裂するように爆砕した。
それが最後の力だったのか、ゴーレムは上半身から崩れ込む。もう動くことのないゴーレムを確認すると、モーターマシンに乗った女性は、アリスに向き直り、称賛の口笛をぴうと吹く。
アリスは女性のほうを向くと、少し自慢げな表情で笑みを浮かべた。
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