20.燃える花びらは散って。
「炎神の力を手にするのはまだ早い!」
研究所の管制室で、モグラザカ博士は叫んだ。その額には、脂汗がにじむ。
「ドロシーさん! ヴァルディーガのコントロールは!?」
モグラザカ博士の問いに、モニターの向こうからドロシーは答える。
「コントロール不能。ヴァルディーガの魔力値及び表面温度、上昇中。アリスは完全に自分を制御できない状態だわ」
管制室の計器からも分かっていたことだが、改めてドロシーの口から聞かされた状況にモグラザカ博士は「ぐう」と唸った。
炎神ヴァルディーガの力を誘引したジャック・ノワールは、炎神ゼアルディーガの力をぶつけるつもりだろう。そうなれば最悪、この一帯は焦土と化すぞ!
炎を纏うヴァルディーガの灼熱は、舞う吹雪を焼いた。意外にも、草花を愛する40近いおっさんであったアリスには、それは好まざる光景であった。
だがしかし今のアリスには、この桜吹雪が火の粉となって舞う風景を、悲しむ心の余裕は全くなかった。
あるのは勇気。
あるのは正義。
あまりに強い魔力の奔流の中、アリスは正常な判断を失っていた。
さらにその感情を逆なでするように、燃え上がる青い炎がゼアルディーガを包む。その力の波動はあまりにも強い。
ヴァルディーガとゼアルディーガ。
二体のモーターマシンに秘められた神にも比肩する力は、一帯を焼き尽くさんばかりに燃えた。
その、ヴァルディーガとゼアルディーガの間を、一枚の桜の花びらが舞う。
はっと息を飲むように、アリスはその花びらに意識を取られた。
とたん、灼熱に焼かれ、火の粉へと姿を変える花びら。
アリスはその光景に、自我を取り戻した。
桜の花びらが燃えている。
地表に積り、白く染めるのではなく、灼熱の空気に焼かれ燃えている。
これは、これは俺が本当にしたいことじゃない!
急速に冷える、アリスの魔力。それと同時に、その空間は展開された。
空は暗いマーブルカラーに変わり、世界の色調が暗く沈み込んだように狂う。
「魔導減滅空間だ!」
ブレーメンは叫ぶ。いつもなら決して歓迎出来ない魔力を減滅する空間が、今は大歓迎だった。
一瞬でその身に纏う炎を失う二体のモーターマシン。計器の数値が正常な状態になったことを、ドロシーは確認する。
「アリスの魔力増幅による炎神状態解除。ヴァルディーガ、コントロール復旧。対魔導減滅空間機関発動不能。アリス! 昨日のようにヴァルディーガにエンチャント・ウェポンの魔法を!」
急激に魔力が減少していく中、完全に落ち着きを取り戻したアリスはドロシーの声を聴いた。そして答える。
「エンチャント・ウェポン! ヴァルディーガ!」
ヴァルディーガの中を魔力が駆け巡る。各部の水蒸気機関は唸りを上げ、まるで生き物のように、力強く蒸気をダクトから噴き出す。先ほどまでの異常な灼熱の魔力ではなく、正常な魔力を伴った魔力蒸気を纏うヴァルディーガの、心臓である巨大モーターが咆吼した。
オオオオオオ!!
「魔力量オールオーケー! 対魔導減滅空間機関発動! アリス、落ち着いた?」
ドロシーに聞かれ、再度自分が陥っていた状態を認識したアリスは、少し恥ずかしくて頬を染めた。
「うん。もう大丈夫」
今日体得したスキル、魔力灼熱化。魔力や精神状態を上手くコントロール出来ないと、今みたいな状態を引き起こしちゃう可能性があるみたいだな。気を付けないと。
アリスはそう思いながら、モニターで周りの木々を見た。
良かった、もう燃えていない。
次にアリスは、ジャックを、ゼアルディーガを見た。
奴を、何とかしなければ。
だが、アリスが見たゼアルディーガは予想外の状態にあった。先ほどの青い炎が消えているだけではない。合体した三機のモーターマシンがうねり、形を変えながら、夜の闇がちぎれるように分離しているのだ。
「何だ、機体が分離して——」
「ゼアルディーガには、対魔導減滅空間機関が無いからよ」
ドロシーの答えは、彼女がゼアルディーガを知っていることを物語っていた。
「対魔導減滅空間機関を持たないゼアルディーガは、この空間で合体状態を維持することすら難しいわ」
「ドロシーさん、何故そのことを——?」
「簡単よ。ゼアルディーガは、ヴァルディーガの兄弟機だからよ」
「兄弟機!」
「ふふ。今頃、ジャックは相当悔しがっているでしょうね」
アリスはモニターに映るドロシーの悪そうな表情に、ちょっと引いた。
「ねーねー」うどんを食べ終えたブレーメンが言う。「結果いろいろ助かっちゃったけど、この魔導減滅空間、いったい誰が発動させたんだろうね?」
青い夜色の虎の背に立ち、怒りに下唇を噛むジャック・ノワール。その唇からは、今にも血が滲みそうだ。目を見開き、体を震えさせる。
「お前、殺されたいようだな」
言葉は、傍らに姿を現した、25メートルの巨人に向けられていた。
「あのままでは、あなたも無事では済まなかった」
胸に犬の頭部のような装飾を持った、銀色の巨大騎士から、トレスは答える。ジャックはジャケットの胸の部分を掴みながら、苦々しい思いで言った。
「お前は、私と栄太郎の神聖な戦いを侮辱したのだぞ」
「分かっています。だがあのまま戦っていたら、あなたは消し炭と化していたでしょう」
「私が消し炭からでも再生出来るか、見物だったではないか」
「何日かかりますか?それに伴う痛みも相当なものです。お願いです。今日の所は引いてください。この後もチャンスはいくらでもあります」
「良かろう。だがトレス、今後このような真似をすれば、その胴から首が飛ぶと思え」
「はい」
闇夜のような青の中へと、消え去っていくジャックと三機のモーターマシン。コックピットの中からその様を確認するトレスの脚は、がくがくと震えていた。
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