2.唱えよ、初めての魔法。

 金と銀の中間のような輝きの美しく長い真っ直ぐな髪。


 女性にしては高めな162センチの身長。


 彫刻のような細く白い四肢。


 ブルーサファイヤの瞳は大きな目を魅力的に輝かせ、ただただ美しい顔を彩る。


 40近いおっさんではなく、人間なら見た目は十代後半の少女と大人の混在した美しさを持つ、美少女エルフがそこには立っていた。


 あんまり、胸は無いんだな。


 刺繍の入った、浅葱色のブラウスの上からでも、それは確認できた。


 こいつはきっと、異世界転生というやつだ。


 栄太郎は黒服を見上げる。

 黒服の角も、人間離れした体格も顔も、これで納得がいく。


 栄太郎は歓喜した。


 もとより、男であったことに未練はない。いや、これから出てくるのかもしれないが、今はない。男であったことなど、あまりモテなかった記憶と満員電車で痴漢に間違えられないよう必死だったぐらいしか思い当たらない。


 きっと、美少女でやり直すほうが得はいっぱいある。


 そして何より、あの会社にもう行かなくて済むのだ!


 ははは! これほど嬉しいことがあるか。


 今思えば、きっかけさえあればあんな会社辞めてやりたかったのだ。ただ現実は、長年勤めたな、とか、再就職は難しいな、とか、定年までは頑張ろうとかそんな思いでずるずる務めていただけなのだ。辞めてしまえば、こんなにすっきりしたことはない!


 だが、と、なると、問題はこの世界でどうやって生活していくのかだな。


 うーん、と顎に手を当てて悩む栄太郎に、黒服は言った。


「おい、何とか言え」


 そうだ、差し当たって俺は、この状況を打開しなければならないのだ。

 そう思った栄太郎の肘が、こそりと、腰のベルトに備え付けられた何かに当たる。革のホルスターに入ったそれを、栄太郎は引き抜いた。


 それは、ドイツで作られた大型拳銃。第二次世界大戦より昔に作られたオートマチック。


 先端に細長い銃身を持つ独特なデザインが気に入って、栄太郎はサバイバルゲームでサブウェポンとして使っていた。銃全体に、見たことのない文字が刻印されている。


 こいつはエアガンなのか? いや、違う。質感が明らかに鉄だ。なのにこの軽さは一体——。


 不思議がる栄太郎に対して、黒服はその銃を確認すると驚きの声を上げた。


「まま、マジュウだと!?」


 黒服の裏返った声に、栄太郎がそちらを見ると、声の主は明らかに怯えた表情をしていた。


 栄太郎は思う。


 これはどうやら、この世界でも物騒な物らしい。脅かして、逃げちまうか?


 とはいえ、黒服に銃口を向けるのはためらわれる。

 脅しで使うにしても、どれだけの威力や効果があるのか、さっぱり分からないからだ。


 栄太郎が悩んでいると、その隙にとばかりに、黒服はガッチリと栄太郎の腕を押さえつけた。

 黒服の力が強いのか、それともこの少女の体は力が弱いからなのか、全く身動きが取れない。


「さあ、その物騒な物をこっちによこしな」


 そう、黒服が言ったときだった。


 ——エンチャント・ストレングス。


 栄太郎の中で言葉が浮かんだ。栄太郎は何故だかすぐに、それが魔法を行使するための単語だと理解した。


 記憶喪失の者が、自転車に乗れる。


 栄太郎は記憶喪失になったことは無かったが、そんな感覚だった。


「エンチャント・ストレングス!」


 直ぐに栄太郎はその言葉を口にした。同時に、腰のオートマチックが光る。


 記憶はないが、ペダルを漕げる。


 そんな感覚で、魔法が、言葉に乗せて構築されていくのが分かる。

 構築された魔法を、栄太郎の体が纏った。




 黒服は自分の目の前の光景を疑った。

 蝋燭のように白く透き通った腕が、容易に彼の力を押し戻す。

 力に魔法をかけて強く出来ることは知っているが、彼の力は並大抵の強化魔法にも負けないくらいに強い。


 力の強化量は魔力の高さに比例する。


 この世界の身体能力を表す数字、『筋力』の平均値は12。種族特性なしでの基本最高値は24。筋力に長けたオーガ族である彼の筋力は、種族特性込みで実に37もある。

 対して、魔法による筋力強化ボーナスは+5。使用者の魔力が10ごとにさらに+2。つまり黒服の筋力を上回るためには、栄太郎の筋力が12と想定しても、110以上の魔力が必要となる。


 一体、この女はどれだけ強力な魔力を持っているのか?

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