5-6 もう一度君と
赤い闇に包まれていた。
それでも、自分の体が何をしているのかわかるのは、不思議な感覚だった。
孤独でよかった。前までは本気でそう望んでいた。
でも、そのはずなのに、どうしようもなく苦しかった。
初めて、人に優しくされた。
初めて、自分を守ろうとしてくれる人が現れた。
初めて、誰かが自分を助けようとしてくれた。
今まで知らなかったことが、津波のように押し寄せてわけがわからなくなっていたけど、それが自分にとって喜びだったのだと、今ならば言える。
あれだけ願っていた昏い望みは消えていた。
今はただ、帰りたいと思う。
あの場所へ。彼の元へ。
しかし、その声は届かなくなった。
恐怖なない。あるのはただ絶望だけ。
ああ、それでも彼は私を助けにきてくれた。
そして、赤い闇を切り裂いて、黄金の光が差し込んだ。
そこに手を伸ばすと、黄金は赤をかき消して――
ノイズだらけの黄金の刃がメドゥーサの首へ振り下ろされると、爆発するかのように倉庫内に眩い光が溢れ、同時に生まれた衝撃が、ジェフの体を吹き飛ばした。
「クローディア・・・・・・」
魔力バッテリーの残骸にしがみついて無理やり立ち上がり、拙い足取りで祭壇へ。構築で杖でも作ればよかったのだが、魔力切れだ。その上、左腕と右脚が使えないので、祭壇に上がるのにはひどく苦労した。
「クロー・・・・・・ディア・・・・・・」
何度も倒れ込みそうになりながらかろうじて立って、彼女を見下ろす。
先程までの変容が嘘のように、彼女の髪は白銀の蛇に戻り、主人ともども眠っているようだ。
そのまま彼女の元へ向かうと、ほとんど崩れ落ちるように座り込んで、彼女の首元を見る――幸いにして繋がってた。そのまま脈を測れば、安定した拍動が指に伝わってくる。
「よかっ・・・・・・たぁ・・・・・・」
ジェフの目論見は実にシンプルだった。
あえて半壊させた祭壇に直接魔力を流し込むことで起動させ、メドゥーサだけを鎮める。
もちろん、賭け以外の要素は何もない。
祭壇が不完全な状態では儀式がおかしな形で終わること、祭壇に直接魔力を流し込めば起動することは、エリックの言動から見た予測の範囲を出ない。
それに、いくらジェフが単体で儀式魔術を動かすことができるほどの魔力量を持っているとはいえ、身体強化を常時発動している以上、魔力バッテリーの数が大きく減っていることを考えれば、不足が出たかもしれないし、メドゥーサとクローディアの体がうまく同調していれば、即座に祭壇が消滅させられてかもしれない。
それでも、儀式はうまくいった。
クローディアを助けることのみを追い求めたからこそ、この幸運を掴み取れたのだ。
「ハハハハ・・・・・・。只のラッキーに過ぎないのが、僕らしいな・・・・・・」
自重気味に笑うと、一気に気が抜ける。それに合わせて、体の力も抜けていく。
「あっ・・・・・・」
思わずジェフが声を漏らすと、もう一つ声が――
「えっ?」
〇.一秒の後、その声と自分の声が重なった。
『あいたぁ!』
額に固い感触。思わず脳が揺さぶられて、視界が揺れる。
そのまま、再び額を打ちつける。
意識が飛びそうになるが、かろうじて繋ぎ止めて、祭壇に叩きつけのだと気がついた。
何が起きたのかと仰向けになって周囲を見回すと――
「・・・・・・ッ!」
クローディアが隣で身を起こしていた。
一瞬、体が強張る。
今のクローディアは本当に彼女なのか、それとも外見だけクローディアのメドゥーサなのか、判別がつかなかった。
だが、それの疑念はすぐに払拭される。
「何すんのよこのバカ!」
赤くなった額が痛いのだろう。涙目で目を吊り上げて、罵声が飛んできた。
「クローディアだぁ・・・・・・!」
正直、起き上がるのも一苦労なのだが、そう感嘆の声を漏らすと、体は思わず跳ね起きる。
「――イダダダダダダダ!」
そして、苦痛に苛まれる。
こんな無様を晒しては、さぞゴミを見る目で見られるのかと思いきや――
「そんなに急に動くからよ、バカ。――あと、今のは言いすぎた。ごめんなさい」
その言葉に、思わず右腕だけでファイティングポーズを取る。
「何よ・・・・・・」
「クローディアに擬態したな! 引っ込めメドゥーサばぶ!」
言い切らぬうちに、胸ぐらを掴まれたと思えば、横っ面を引っ叩かれた。さらに続いて往復で五回。
「これで目、覚めた?」
この容赦のなさ、間違いなく――
「クローディアだあ・・・・・・」
「アンタほんとやめてよそれ。気持ち悪いのよ・・・・・・」
虫でも払うように胸ぐらから手をほどかれ、道端の汚物を見る目を向けられるのが、こんなに安心するとは自分でも驚きだったが、それでもここまで強く拒絶されると、流石に自分のヤバさに気がつく。
「あー、うんごめん・・・・・・。嬉しくて、つい・・・・・・」
「まあ、アンタからすれば、魔術を上手く使えるようになったんだもの。当然よね」
「そうじゃないよ――」
本人に言うのは、何だか気恥ずかしかったし、毒舌が飛んできそうだったが、それでも言わずにはいられなかった。
「君が無事に帰ってきたことが、だよ。――あっと」
疲労がピークに達しているせいで、目眩を起こし思わず倒れ込んでしまいそうになる。
しかし、再度頭を打つ前に、ジェフの頭がクローディアの胸に抱き止められる。
「それで、そんなにボロボロになったの? バッカみたい」
そういう口調は、普段の百分の一も侮蔑を含んでもいなかった。むしろ、安堵しながらも呆れ返っているように聞こえる。
「いいだろ? 君は助かったんだから」
ため息が聞こえる。今度は少し苛立っているようだ。
「もうその言葉がバカ。アンタが無事じゃなきゃ、何にもならないでしょ?」
「心配してくれたの?」
「メドゥーサの中で、あいつが何言ってたのかは知らないけど、何してるのかはわかった。ほんと、恐かった・・・・・・」
その声は少し震えていた。
「それは、謝るよ。でも、大丈夫だよ」
「結果論でしょ?」
「まさか。約束したろ? 君を助け出すのもそうだし、そういえばほら、一緒にショッピングモールに行くともね。次は絶対にブラックコーヒー飲むからね」
「ほんと、バカ」
クローディアの声と腕が震える。
「そんなことで、あんな危ないことするなんて、アンタ絶対バカよ・・・・・・」
「そんなの言われ慣れてるし、何とも思わないね。それに、僕の師匠はウィラード・ハンコックだよ? 無茶も無謀も、日常茶飯事さ。まあ、僕はあんなに実力ないけど・・・・・・」
「そういうコト言うのがもうバカなのよ・・・・・・」
毒舌からキレが消え、声と腕の震えが大きくなる。心配して顔を見上げようとするが、クローディアはすかさず言い切る。
「今上向いたら、締め上げるから・・・・・・」
「ハイ・・・・・・!」
そこそこドスの効いた言葉にジェフは震え上がり、視線を下げる。
そこからしばらくして、クローディアの震えが収まり、彼女は口を開く。
「ねえ、ジェフ」
「うん?」
「あ――」
その言葉は、ドタドタと大勢が踏み込む足音にかき消された。
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