5-3 反撃開始

「隙ありぃ!」

 悪戯を仕掛けるような可愛らしい物言いとともに、引き戻された蛇の髪が、弧を描いてジェフの頭上から襲いかかる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 思わず声を上げ、回避に専念する。

 さっきまでの思索が吹っ飛びそうになるが、どうにか脳に楔を打ち込んで止める。

 包囲網を抜けると、蛇は再びクローディアの頭に戻り、また襲いかかる。

(なんで一度戻るんだ? メドゥーサが少しでも動けば、楽に追いかけられるのに――)

 追撃を交わし、メドゥーサの様子を窺う。彼女はこちらの視線に気づいて嬉しそうに手を振ってきた。

「あっ・・・・・・」

 その動きのぎこちなさに気づくと、我知らず、視線はエリックへ移っていた。その手は、儀式が中断されてなお、祭壇に触れている。

(制御装置がなくても、儀式はまだ続けられるのか?)

 蛇の追撃を逃れながら、祭壇の周りを一周し、祭壇を観察する。接続された機器はごく一部をのぞいて使用不可能なだと見ただけでわかる。

 周囲を囲む柱が目に映る。先の戦闘で、どうやってこれを使用不可能にしたのかを思い出していた。

 そして、直感が全てをつなぐ。

(この方法なら――!)

 ジェフは祭壇へ飛び上がり、横断するようにその上を走り出す。

 蛇はジェフの頭上から襲いかかり、祭壇の縁を抉り取った。

 メドゥーサの脇を通り過ぎて、祭壇を降りると、ジェフは彼女を見据えてニタリと笑う。

「それは、なんの笑顔かしら?」

 メドゥーサが怪訝な顔をすると、ジェフは挑発するかのようにいう。

「このクソッタレな騒動が終わる見通しがついたっていう、そういう笑顔さ」



「あー、畜生め・・・・・・。全員無事なのは奇跡だな・・・・・・」

 ゴーレムの集団を制圧し、連邦捜査局の人質救出チームが周囲の警戒をする中、ダミアンは疲れた声を漏らす。

「警戒を緩めるでない。エリック・サージのことだ。この次に何を仕込んでいるかわからん」

「ですね。警戒して、しすぎるということはないでしょう」

 カズィとロバートの言葉に従い、警戒の姿勢をとりつつも、ダミアンは文句を言わずにはいられない。

「そりゃごもっともだけどな、いいのか、中」

 親指で指した先は、倉庫――ジェフがクローディア救出のために飛び込んだ場所であり、今なお漂うおかしな気配の発信源でもある。

「んー。そっちはいいであるよー」

「ですなぁ」

 カズィは呑気に言いながら煙草に火をつけ、ロバートも周囲への警戒を続けながらもその言葉にうなづく。

 その様子に、ダミアンは眉間に皺を寄せる。

「心配じゃねえのかよ?」

 その質問には二人揃って肩を竦める。

「吾輩たちとて、人でなしではないわ」

「心境としては、今すぐ飛び込みたいですな」

 到底言葉通りには見えない二人に、ダミアンの苛立ちが募る。

「だったら――」

「でも、吾輩たちは、ジェフを信じておる」

 ダミアンの言葉を遮って、カズィは強く、しかし静かに言った。

「あの才能のないヘタレ小僧が、自分の中の壁を乗り越えて、挑んでおる。それを邪魔するほど無粋なことはないし、それを大人の責任と言えるほど、吾輩たちは傲慢でもない」

「ならせめて、応援に――」

 今度は、ロバートがダミアンの言葉を遮る。

「一番の悪手ですな」

「なんでだよ?」

「私も人のことは言えませんがね、思考と経験は人間にとって一番の武器であり、一番の毒です。ここでカイムキ事件やマイアミ暴動を繰り返すつもりですか?」

 その二つの事件は、暴走した神代の系譜が過去に起こした事件だ。両方とも、事件の中心になった人物を殺す形でしか解決できなかった。

「それは・・・・・・そうだが・・・・・・」

 ダミアンもこれには強く言い返せない。クローディアに銃を向けるなど決してあり得ないが、メドゥーサなら話は変わってくる。たとえ殺したくないとどれほど思っていても、体はそう動く。テロリストや凶悪犯罪者への対応策としてそう訓練を積んできたからだ。

「だが、どうやってことを納める? ましてや、ジェフにそれができるのか?」

 その質問に、ロバートは弟子の自慢でもするかのように広角を上げて見せる。

「それはもちろん。むしろ、ジェフ君でなければできない。今回の事件は、カイムキやマイアミと違い、人為的に引き起こされたものです。つまり、ジェフ君がそれを使えば――」

「――で、あるな。吾輩たち亜人種はそういうのを軌道できんし、神代の系譜とはいえ、ロバートでは魔力量が足りん。クリスは介入する気がない。であれば、もうジェフリーしかおらんわけだ」

 ダミアンは憮然とした表情で無理やりうなづく。

「大した信頼だな。でもな、ジェフはそれに気づくのか。アイツはなんていうかこう――」

 空気を読んで「頭が良くない」という言葉は飲み込んだ。

「アイツは、才能も理解力もないが、素質はある。魔力量という素質がな。それに、勘働きはいい。任せてはならんということはないよ」

「ですな。何より彼は私の孫弟子です。あまりみくびらないでいただきたいですね」

 二人の言葉に、ダミアンはうんうんとうなづく。

「そういう言葉は、俺の目を見ていってくんねーか? 回遊魚みたいに目ぇ泳いでんぞ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る