5-4 たった一つの冴えたやり方

「なんのつもりかしら?」

 ジェフは身体強化を全開で発動し、エリックとその側近を回収すると、殺到する蛇の隙間を縫って、彼らを窓から投げ捨てた。

 下手したら死ぬかもしれないが、外にはカズィがいるし、もしも死んだとしてもあまり心が痛まない相手なので、気にしない。

 万が一彼らが目を覚ました時に邪魔されないようにしたのだが、メドゥーサには意図を図りかねるようだった。

「邪魔だったからな。ご退場願ったってワケ」

 体が軋むことを悟られないようにムリヤリ笑って答えてみせると、メドゥーサは爛々と目を輝かせる。

「そうよね! 二人の時間に邪魔者はいらないものね!」

 ジェフからしてみれば「嫌味かこのやろう」と言ってやりたくなるような言葉だが、メドゥーサの目はそういう邪心の類は見受けられない。嫌な話だが、本気なのだろう。

「悪いけど、その期待には答えられねえよ。あんたの時間は、もう終わる」

 メドゥーサの眉がピクリと動く。

「その体、クローディアに返してもらうぜ!」

 ジェフが身体強化を全開で発動し、祭壇めがけて飛び込む。

「そんなの、認めるわけがないでしょう?」

 嘲笑と共に、蛇がジェフへ殺到する。

 ステップを踏んでそれを躱し、しかし目は決して祭壇から逸らさない。

(よし――思った通りだ!)

 蛇は祭壇を掠めるだけで、その存在を完全に抹消しないように注意しているように見える。

(やっぱりあいつ、髪以外の体をまだうまく動かせないんだ! だから足場が崩れて隙ができるのを嫌ってる!)

 まだ現出したメドゥーサの意識がクローディアの体を完全に掌握できていないのか、血を出しすぎてしまったのかはわからないが、とにかくジェフにとっては絶好のチャンスであった。

 ジェフと祭壇の距離が十メートルを切る。

(まだ魔力量に余裕はあるけど、節約に越したことはないよなぁ・・・・・・)

 殺到する蛇を回避しながらでは、方向は逸れるし、最悪の場合、大きく後退させられることもある。

 そこでジェフは、大きく左にステップを踏むと、ヘビから距離を取るように祭壇に沿って走る。

「無駄よ。逃げきれないわ」

 メドゥーサのいう通り、蛇は一旦引っ込むと、クローディアの後方に位置取ったジェフの頭上へ弧を描いて殺到する。

「いいんだよ。逃げ切らなくて」

 ジェフは右手で動かなくなった左手首を掴むと、それを盾に祭壇へ向かって突っ込んでいく。

 迫る蛇を押し出す左腕で弾いて、他の蛇にぶつける。蛇同士ぶつかっても消滅はもちろん動きが鈍りもしないことには、苛立ちを覚えた。しかし、それでも悪い結果ではない。メドゥーサがこちらを消滅させる気がない以上、彼女に感覚を奪われた左腕を盾にすれば必要以上の損害を得ずに済む。

「莫迦ねえ」

 メドゥーサはぎこちなく振り返って、嗤う。

 ジェフと祭壇の距離が三メートルになった瞬間と同時だった。

「――ッ!」

 ジェフの右足に、一瞬強い痛みが走り、そしてその感覚が消える。

「こんなの、ありかよ・・・・・・」

 蛇のうち一匹が、床から顔を出し、ジェフの足首に食らい付いていた。

「万象を消滅させるんだもの。応用すれば、地面だって掘れるに決まってるわよ。さあ、ジェフ! あなたの死体を、私に頂戴――!」

 頭上から殺到する蛇を見上げて、しかし、ジェフは自分でも驚くほど冷静だった。

 いや、冷静になったと言った方がいい。

 状況は全く違うが、最悪の展開というところでは、よく似ていた。

 昼間――エリックに斃され、クローディアが奪われた時と。

 ジェフの中に、再び怒りが――自分自身への強い怒りが広がっていく。

(もう、クローディアにあんな顔をさせないって決めてここに来たんだろうが――!)

 感覚のなくなった右足から崩れ落ちるように、体が倒れ込んでいく。

(――それなのに、ここで、こんな無様晒していいわけねえだろうが!)

 自分自身への強い怒りに基づいた魔術の発動。

 だが、一つ違うものがある。

 ジェフはもはやアルターエゴを飲み込み、そして自らの意志を持ってして魔術を発動する。

「ああああああああああああああああああああああああああ――!」

 身体強化の出力をさらにあげる。限界を超えた踏み込みは、全身に苦痛を与え、右足首は無理やり蛇から引き剥がされたせいで皮も肉も腱もズタズタになり、骨が砕ける嫌な音がした。

 しかし目論見は成功。ジェフの体は、殺到する蛇の下を掻い潜り、勢いよく祭壇に叩きつけられると、砲弾が直撃したかのような轟音を響かせ、それを大きく揺らした。

「ぐ・・・・・・がぁ・・・・・・」

 必要なことだったとはいえ、自分自身の馬鹿げた行動のせいで意識が飛びかける。しかしそれを気合でどうにか繋ぎ止め、祭壇に目を向ける。さっき蛇が掠めたことで、あちこちが削れ、今のジェフの突進で、全体に大きくヒビが入っている。

「クローディア、終わらせるぞ・・・・・・」

 仕込みは、完璧に仕上がった。

「何を・・・・・・何をするの・・・・・・」

 衝撃でへたり込んだメドゥーサは表情を一転させる。状況の変化を――潮目が完全に変わったことを理解し、怯える目でジェフを見ている。

「やめて・・・・・・。まだ私は何も奪ってない・・・・・・。神も、人間も、まだ私は誰からも何からも奪ってない!」

 ぎこちなく這いつくばってこちらに近づきながら彼女は言う。消滅を確信して、蛇を使う余裕もないようだ。その様子に、ジェフは少しだけ目を伏せる。

 メドゥーサとクローディアは、確かによく似ていた。しかし――

「クローディアはな、あんたに精神性が近づくくらい、追い詰められていたよ」

 ジェフは祭壇に手をついて、メドゥーサを見据える。そこには、同情が強く滲んでいた。

「でも、あいつは人間不信になっても、そうなってなお、誰かを傷つけなかったよ」

「そんなの知らない! あの子は私じゃない! 私はあの子じゃない!」

「そうだな。だから俺は、アンタからクローディアを取り戻すんだ」

 祭壇に、ありったけの魔力をぶちこむ。

 儀式は再開され、メドゥーサの体がふたたび宙へ浮かぶ。同時に、伸ばされていた蛇たちも、元の長さに戻り、解かれていった。

 全身を虚脱感が蝕む――魔力切れの症状だ。すると、アルターエゴを見に纏っていた状態が解除され、ジェフの顔立ちと髪の色が元に戻っていく。

 それでもジェフは、決して倒れないように祭壇に手をついたまま儀式を見守る――絶対に目を逸らしてはいけないと言わんばかりに。

「ハルペー・・・・・・! いや・・・・・・! ジェフ! いや! もう死にたくない! 死ぬのはいや!今度は私が奪うの! 私が嬲るの! 私が殺すの!」

 メドゥーサの頭上に黄金の燐光で形成された歪んだ刃を持つ巨大な短剣が形作られていく。

 しかしそれは、ひどくノイズ混じりで、モザイクをかけたような不安定な印象を受ける。

 ここまで、ジェフの目論見通りだ。

 とはいえ、怯えるメドゥーサを見ては、それも素直に喜べない。

「ごめん・・・・・・。でも、クローディアのために君にそれをさせるワケにはいかない」

 彼女に聞こえるはずもなく、誰に許しを乞うわけでもなくジェフが呟くと、黄金の刃はメドゥーサめがけて振り下ろされた。

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