3-8 天嵐の支配者
「さて、もう動いていいのかな?」
エリックが指先から黒い触手を伸ばす――十中八九、構築に病毒と使い魔をエンチャントしたものと見ていいだろう。
対応すべく拳を鋭く突き出し、拳圧に暴風を乗せて自信とジェフ達の身を守る。
四方に散った触手は、すぐにボロボロと崩れ、ハンコックの暴風にまき散らされていく。
「まいったね。君は毒ガスも通用しないだろうし・・・・・・。さてさて、私はビジネスマンだ。どうしたものかね?」
考え込んだエリックを鼻で笑ってやる。
「ハッ! もう既に仕込んでんだろ?」
その指摘に、エリックの余裕がわずかに崩れ、ほんの少し眉が動く。
「ほう?」
「探知魔術ってのは、音なり光なり放出した魔力なり媒介が必要だ。ヘリの中に閉じ込められたお前にそれが出きるとは思えねえ。ともすれば、何だろうな? 例えば、お得意の細菌なんかいいんじゃないか?」
その言葉に、エリックの眉が動く。今度はより大きく。
「認めるよ。お前の魔術の腕前はすげえ。俺たちフォー・ホースメンに勝るとも劣らねえ。細菌を使い魔にして外を窺うなんて、マジすげえよ。でもな、お前自身の言うとおり、実戦経験が足りなすぎたな」
その言葉にエリックは目を見開いて、胸を押さえて咳き込んだ。
「これは・・・・・・オゾン、か・・・・・・?」
にんまりとハンコックは笑って応えてやる。
「大正解。漂ってる細菌は、全部消毒させてもらったぜ? 俺が身体強化ばっかりのパワーバカだとでも思ったか? ほんとはな、風属性のが得意なんだよ。あんまり得意すぎて、体がバラバラになりかけたから、クソジジイに言われて身体強化を覚えたんだ。まあ、手加減が必要な相手には使わねえんだけど――」
ハンコックは言って、再び吹っ飛ばす概念をエンチャントしてエリックに殴りかかる。
「なるほど、勉強になったよ――」
しかし彼は、親指に作った小さな触手の針を首筋に刺したと思うと、高濃度のオゾンに体を蝕まれたと思えないほどの瞬発力で触手地面に突き刺して素早く後退する。
「おいおい、オゾンにやられてそんな動きが出きるのか? やっぱすげえなアンタ・・・・・」
「一般的に誤解されているがね、病毒は使いようによっては薬も作れるんだ。まあ、どんな薬も使いすぎれば毒になるからね。拡大解釈による基づく術式の構築は、魔術の基本だろう?」
「ああ、まったくだ」
軽口を返して見せるが、ハンコックは内心で少し焦りを覚えていた。
(まずいな・・・・・・。このままじゃじり貧だ・・・・・・)
ヘリにしがみついている時間が長すぎた。身体強化は筋力や感覚神経を個別に強化するだけならばさほど魔力を食わないが、全体を強化するとなれば、それだけ消費は増える。
それに、風属性を使わされていたのも大きい。――そう、自ら選んでいたのではなく、使わされていたのだ。
身体強化だけでも免疫を強化すれば病毒にも対応できるが、アレルギーや癌を与えられればかえってその症状を強化するだけだし、カドミウムや水銀のような有害物質や、それこそ覚醒剤や合成ドラッグなんかを致死量で使われればまるで無意味だ。
それで吹き飛ばす概念を付与できる、あるいはオゾンのような消毒作用のある物質を生成できる風属性を使っていたのだが、この状況が続けば、よくて千日手、悪ければ消耗したところをイチコロなのは目に見えている。
病毒抜きにしても、戦闘ヘリを細切れにするほどの硬度と操作の精密さを持つ触手自体も危険だ。そもそもジェフ達をかばいながらどこまで戦えるかもわからない。
「余裕は、ねえか――なら、一気に決めるか・・・・・・」
焦りを噛み潰すようにぼそりと呟いて、ハンコックは静かに深く息を吸い込む。
「我、静寂を打ち破る者――」
ぽつりと口にしたその言葉に、エリックは驚愕する。
「詠唱だと・・・・・・?」
詠唱――魔術が硬度に発達した現代においては、簡単な魔術や使い慣れた術式を使う上で不要となったものだ。
しかし、使い慣れるほど使う機会のないほど、あるいは現代の技術を持ってしても簡略化できないような強大な術式は、使用の際に詠唱をする必要がある。
「汝、天命により万象を巡る者――」
ハンコックの場合は前者だ。編み出したはいいが、あまりにも強力すぎるあまり、そうそう使う機会に恵まれなかった。
「我、破砕を望む者――」
それは、まだ詠唱の途中だというのに、周囲のビル風が消え、街路樹の枝が揺れるのをやめた事からもわかるだろう。
「汝、天命により全てをさらう者――」
全ての風がハンコックの元へ集う。
「我、遍く死を運ぶ者――」
エリックはハンコックに危険を感じ、一瞬呆然としていたが、「させるか!」と病毒の触手を伸ばす。
「汝、遍く死をもたらす者――」
しかし、その行動は遅すぎた。ハンコックの周囲につむじ風が生じ、全ての触手を瞬く間に霧散させる。
「暴風よ我が意に従え――」
もはやエリックには見ていることしかできなかった。
「颶風よ我が敵を穿て――」
術式の名を叫ぶ。
「
ハンコックの体から常に暴風が吹き乱れる。物理的、概念的を問わずありとあらゆる風属性の魔術を身体強化にエンチャントしたその姿は、まるで、人間大に圧縮されたハリケーンだ。
見てくれだけではない。ハンコックがエリックに向けて歩を進めると、それだけで半径五メートル以内にあるものは、街路樹もトラックも、ヘリの残骸も、大きさや重さに関わらず全てが吹き飛んでいく。
「これで、終わりだ――」
短く言って、踏み込んでエリックの眼前へ――相手が瞬く瞬間すら与えなかった。
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