3-9 負け犬の咆哮
「かぁッ!」
間合いに入った瞬間、その体を吹き飛ばす。それを追撃し、吹き飛ばすよりも早くアッパーカットで打ち上げる。
「ぐぅ!」
エリックはくぐもった声をもらし、ビルの外壁に叩き付けられる。それを更に追撃――赤い燐光の結界と挟み撃ちにする形で、その体を乱打する。
常人ならば、既にバラバラになっているだろうところを、声を漏らすだけの余裕があるのは、魔力放出で可能な限り衝撃を防いでいるからか。
(だが――)
ハンコックは一度エリックから距離をとり、再度踏み込む。
「とどめだ――!」
自らが生み出す暴風さえ置き去りに踏み込んで、暴れ狂う暴風を全身に押し込めて、その画面に拳をたたき込む。
「――――――――――――――――――――――――!」
うめき声とも叫び声ともつかない声とともに吹っ飛ばされたエリックは、ピンボールのようにビル街を跳ね回り、最後に地面に叩き付けられる。それでもやはり人の形を保っていられるのは、彼の技量によるものだろう。
関心こそするが、あれだけのダメージを受けては立ち上がることどころか、身じろぎすることすら難しいだろう。
「ふう・・・・・・」
一息ついて、ハンコックは天嵐の支配者を解除すると、クローディアとジェフの元へ。
「大丈夫か?」
物陰に隠れていた二人を覗き込むと、クローディアは呆然と目を見開き、ジェフは依然として目を覚ましてこそいないものの、顔色はずいぶんと良くなっていた。
「ハンコック――」
「うん?」
「ほんとにめちゃくちゃやるんだ……」
「まあ、俺最強だしな!」
クローディアの言葉に、ニカッと笑ってやると、彼女の顔が恐怖に染まる。
一瞬、「えっ、傷つく」などと思ったが、すぐに察知することができなかったのは油断か、消耗がひどかったからか。
風属性の展開が間に合わず、身体強化だけでジェフめがけて飛来する触手を掴んで止める。
「あー……。クソッタレ――」
毒づいて振り向くと、そこにはエリックが立っていた。もちろん万全とは程遠い。左足を引きずり、右腕はおかしな方向へねじり曲がり、その体に血まみれていない箇所などない――これほど満身創痍で、なぜ立つことができるのか。
「言った、ろう? 私の病毒は、薬をつくる、こともできる、と。ふ、ふふふふふふ。痛み止めに、強心作用――自分の、蘇生に必、要な術式を、組んでいないとでも?」
血を口からボトボトとこぼしながら、エリックは口角を裂けるように引き上げる。
「だよなぁ……――グッ……があああああああああああああああああああああ!」
諦念をつぶやいて、ハンコックは苦痛の叫びをあげ、意識を手放した。
ぼんやりとした視界の中で、ハンコックが倒れ伏すのが見えた。
(師匠――)
エリックが黒い触手を伸ばすと、クローディアの首に巻きついて、その意識を奪う。
(クローディア――)
水中にいるようにくぐもった音が響いているようで理解ができない。
やがて、一台のトラックがやってきて、エリックとクローディアを連れていく。
(待てよ――)
手を伸ばそうにも体が動かない。
声を上げようにも、身じろぎ一つできない。
(クローディア……)
約束したんだ。君のことを守って見せると。
(クローディア……)
約束したんだ。君に何かあったら助けると。
(クローディア……)
約束したんだ。君を化け物と呼ぶ奴は許さないと。
(クローディア……)
それなのに、何だこの体たらくは――。
エリックの乗ったトラックと入れ違いに来た車から、カズィが降りる。彼が何を叫んでいるのか理解する前に、再びジェフの視界は暗転した。
「クローディア……」
目を覚まして、すぐにそこが病院だと気付いたのは、ハンコックとの修行で何度も担ぎ込まれていたからだろうか。
暗い病室で、ジェフは起き上がることさえできずに歯を食いしばる。
「畜生――!」
握った拳をマットレスに叩きつけて毒づく。震えたその声は、降りた夜のとばりに呑み込まれて消えた――はずだった。
「言葉が汚いなぁ~。寝起きアルターエゴとかじゃないよね?」
驚いて飛び起きると、クリスが窓辺から差し込むわずかな光を頼りにコミックのペーパーバックを読んでいた。
「社長……」
「目覚めは最悪ってところかな? でも、ちゃんと治しておいてから。安心していいよ」
「どうして……」
クリスはペーパーバックを読み終えると、ジェフに顔を向ける。
「状況は思ったよりも最悪でさあ。ハンコック君はやられて、市街地は暴動が活発化、偽ボーマン捜査官が流した情報のせいで、他の実働部員を送った場所にマーブルホーネットがカチコミ仕掛けて呼び戻すこともできない。平たく言えばさあ、猫の手どころか弱っちいアホの子の手も借りたいんだよねえ」
その言葉に、ジェフは顔を伏せる。
「でも、僕は――」
「うん。負けたね。もうボロ負けだ。アルターエゴにまた振り回されて、クローディアちゃんも奪われた。君を助けに来たハンコック君もやられた」
その言葉に、ジェフはシーツを強く握りしめる。
「――で、だから何だって言うのさ?」
思いもよらない言葉に、ジェフは目を丸くする。
「なにを――」
「だってさー、ハンコック君は生きてるし後遺症もない。クローディアちゃんもまだ無事だろうね。神代の系譜をどうこうする儀式魔術が発動すれば、ド素人でもわかるくらい空気が変わる。そして何より――」
クリスはニッと笑ってジェフを指さす。
「君は生きてる。まだまだ取り返しはつくぜ、ジェフ君? まあ、九回裏二死ノーベース三点差、打者は今季絶不調の新人で、カウントがツー・スリーってくらいなもんだけど。――あっ、野球のたとえ、あってる?」
ジェフは、もう一度シーツを握りこむ。だが、込められた感情はさっきとは真逆だ。
「僕は、何をすればいいんですか?」
「君がやることは二つだ。アルターエゴを完全に制御してもらう。そして、クローディアちゃんを奪還するんだ」
そんなこと、本当にできるのか――疑念は拭い去れないし、クリスのことだからまたタチの悪い冗談でも言っているんじゃないかと思いたくなる。しかし、悪辣な笑みにゆがんだその目は、疑いの言葉を漏らすことを許さなかった。
「あっ、疑ってるでしょ? やだなあ、忘れてない? 僕魔人だぜ? 現に君を助けてみせたろう? ホントなら、君、全治半年だったんだよ?」
クリスはへらへら笑って、ペーパーバックを置いて立ち上がると、舞台役者を思わせる仰々しい仕草でジェフに向かって礼をする。
「僕はクリスチャン・ローゼンクロイツ。あらゆる魔術を極め、独自の体系を作り出した魔人にして、魔術による人類救済を為す魔術結社薔薇十字団の盟主――いまはその技術を応用した民間魔術企業ロージクルージアン株式会社の社長。救いを求めるのであれば、誰だって救って見せるさ。まずは君を救おうじゃないか。そのあと、君がクローディアちゃんを救うんだ」
姿勢を正すと、クリスはジェフに手を差し伸べる。
「とはいえ、君がやるかどうか次第なんだけど、どうする? やらないならやらないで――」
それ以上は言わせなかった。
答えならば、もう決まっている。
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