Chapetr4. Avenge

4-1 再起

RCIの運営する総合病院の集中治療室でハンコックは目を覚ました。

「……」

弟子と違って静かな目覚めだが、その内心は決して穏やかではない。

麻酔に鈍る体を精神力で鞭打って起こそうとするが、全身を苦痛に蝕まれ、顔を顰める。

『どこへ行くきだい?』

 くぐもった声がハンコックを諌める。顔をあげてみると、廊下に面した窓から、ロバートがこっちを見ていた。

『アナフィラキシーショックに、全身に転移した癌、魔術治療で一命は取り留めたが、お前は二週間は動ける状態じゃないんだ。おとなしくしていろ』

ハンコックはそれを鼻で笑う。

「ガキの頃からそんな言葉を俺が聞いたことがあったかよ?」

ロバートは呆れて深いため息を一つ。

『今のお前じゃ、ジェフくんには勝ててもここの警備員には簡単に制圧されるだろうに……。それでエリックとやりあうつもりかい?』

「相手に深手は負わせてる。いけないってこたぁねえだろ?」

『もう五時間経過している。何かしらの手は打たれてると考えた方がいいだろうね』

「だとしても、だ……」

ロバートは再び呆れてため息を漏らす。

「まったく、弟子はもう少し物分かり良く育てたつもりなんだけどね。孫弟子にもそれが引き継がれたらしい」

「ジェフが……。そうか、あいつが……」

そう言う声色は、心配半分、状況へ飛び込んだことへの喜び半分といった風だった。

『今社長が、その準備をさせているよ。まあ、アルターエゴを制御させるための荒療治だろうけど……』

「……どれだ? つか、大丈夫か?」

ハンコックの脳裏に浮かぶのは、ジェフが来た当初のことだ。

 ――この子才能ないみたいだし、アルターエゴの抑制は荒療治で行かなきゃダメだと思うんだよねー!

 そう言ってクリスが提案したのは、旧世代の危険な魔術儀式の数々だった。もちろん、発言は無視され、ニコールから制裁を喰らっていたが。

『そう思うしかないね。――今の話を聞いて、なんでまだ動こうとするんだ?』

 苦悶の表情を浮かべながらベッドを降りようとする弟子をロバートは半眼で見据える。

「弟子の修行の成果を見るのは師匠の役割だ。そうだろ?」

『全くお前は……』

 もはや何も言えないと言った様子のロバートは、ため息の代わりに呆れた笑顔に変えて、左目を変質させ、バロールの能力を発動させる。

 その性質は【反転】――今この時であれば、半死人で麻酔に鈍らされたハンコックの体が、本来の調子を取り戻して行く。

「いいのか?」

『病院を破壊されるよりはマシだ。知っているとは思うが、私の能力は生物に使っても一時的にしか作用しない。さっさとそこを出ろ。小僧』

若い頃の呼び方で呼ばれ、ハンコックは思わず顔を顰める。

「オイ、他のヤツの前で、特にジェフの前で絶対その呼び方すんなよ!」

 飛びかからんばかりの勢いで集中治療室のドアを開いて叫ぶが、すでにロバートは歩き始めていた。

「うるさいぞ小僧。誰にも見つかるわけにもいかないんだ。早くしろ」

 どれだけ好々爺のように丸くなっても、やはり「小僧」と呼ばれてしまっては若い頃のトラウマが蘇り、黙ってついていくしかなかった。



RCI本社地下四階トレーニングルーム。

 実働部の面々が身体や魔術を鍛えるために用意されたこの部屋の中央には、金網デスマッチ仕様で、普通のものよりも大型のオクタンゴンが設けられている。普段はここで模擬戦をするのだが、今は少し様子が違った。

 普段はRCIのロゴが描かれているマットにはびっしりと魔術記号が描かれ、その中央には木製のマネキンが置かれている。

「準備はできてるみたいだねー」

エレベータを下りて開口一番、クリスは満足げに言う。

「ええ。しかし本当に……」

 いつもなら文句の一つも言いそうなものだが、準備をしていたニコールはチラリとクリスの後ろを歩くジェフを見るばかりだ。

「うん。やるってさ。ジェフくんの着替えは?」

「更衣室に置いてあります」

二人のやりとりに、ジェフは首を傾げる。

「着替え? なんでですか?」

「入院着のままじゃかっこつかないだろ? それに、魔術師にとって服装っていうのは重要な要素なんだぜ?」

 ジェフは適当な調子のクリスをいまいち信用しきれずニコールの方を見るが、彼女は黙ってうなずいていた。

「わかりました。それじゃあ――」

「ジェフリーさん」

行こうとしたところでニコールに呼び止められる。

「なんですか?」

「本当に、いいのですか? あの蛆虫――もとい社長のことです。きっとこの儀式の危険性も伝えていないのでしょう? それでも――」

「やりますよ」

即答した。

「だって、他に手段はないんですよね? 僕がここに来たときに、社長がものすごく危ないことを提案していたのは知ってます。でも、社長はろくでなしだけど、人でなしじゃないです。その中でも一番マシなやつを用意してくれたって、信じてますから」

 言いながら、少しだけ手脚が震える。それを悟られないようにすぐにでも着替えてきたかったのだが、ニコールの視線がそれを許さない。

数秒の間の後、彼女はジェフを見据えていう。

「そうですか。では、もう何も言いません。どうか、存分に」

「ハイ!」

答えて振り返ったところで、ぽそりとクリスが漏らす。

「あのね、君たちさあ、言い過ぎじゃない? 僕にも傷つく心ってもんがさあ……」

全くそんなことは思わなかったので、無視することにした。

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