4-2 罪の存在理由
準備を終えて、オクタゴンに上がる。服装はいつもの白いパーカーに、贔屓のスポーツチームのロゴが入ったTシャツ、デニムにバスケットボールシューズ。なるほど、確かに入院着なんかより遥かに気合が入る。
「それじゃあ、そのマネキンの頭に手を置いて。それで発動するから」
「えっ? 儀式魔術ですねよね? そんな簡単に発動するんですか?」
「うん。詠唱の代わりはマットの魔術記号がやってくれるし、君の魔力量は常人の三百倍――神代規模の儀式魔術だって、こうやって祭壇に詠唱が刻まれていれば、一人で発動させられる。だからまあ、才能がなくたって、そのままやっちゃえばオーケーなのさ」
若干引っかかる言葉があったが今はそこに噛み付かず、言われた通りにする。
一瞬、全身から力が抜ける。マットの魔術記号は薔薇色に輝き、目が眩む。
「ん?」
目を開けるよりも早く、ジェフは手の感触の変化が変わっていることに気づく。
「オイ――」
聞き覚えのある声がした。
「嘘だろ……」
普段なら、脳裏に響くだけの声が、今は耳朶を打つ。
「手ェ離せや。殺すぞ」
マネキンはその姿を変えていた。服装はジェフと全く同じ、しかし、顔だけは過去に受けた傷をそのまま再現している。
アルターエゴが、そこにいた。
「……ッ!」
ジェフは思わず飛び退く。
「ジェフくーん、驚いたー? それがその儀式はね、アルターエゴと戦って屈服させるか、対話して和解することで汚染された魔力を支配下におくことが達成条件だよ。頑張ってねー。あっ、君がさっき言った通り、僕が出せる解決策の中では一番マシなやつだから♪」
ジェフは、「やっぱりあの人は人格破綻者でろくでなしだ」と心中で毒づき、それを声に出そうとも思ったが、アルターエゴがそれを許さない。
「よそ見してんじゃねえぞクソがぁ! ヒャハハハハハハハハハ!」
「――――――!」
構築で作成したツイストダガーを両手に、身体強化でこちらに飛び込んでくる相手に、ジェフは同じく身体強化を発動し、背後へかわす。紙一重のとこをねじれた刃が掠め、思わず悪態が口からもれる。
「クッソ! 本当にこいつ、僕の魔力かよ……」
正直、今かわせたのは相手が馬鹿みたいに声を上げてくれたからだ。それほどまでに、アルターエゴの身体強化の精度と出力は高い。
(それに――)
自分の両手に魔力を凝縮し、タクティカルナイフを作り出すと、相手の前腕を狙い斬りかかる。しかし会えなくツイストダガーに振り払われた。甲高い音を響かせた己のナイフには、刃こぼれが見える。
(――構築もあっちの方が上手い……!)
認めたくなどないが、本来、アルターエゴはジェフの一部だ。具体的には汚染された魔力――総量の七割程なのだが、なぜそれでこうも魔術の技量に差が出るのか。
素早く重心を下げたジェフの足払いを受け止め、彼は避けた口角でニタリと笑う。
「ビビってんだろ? なんで俺がお前よりも魔術が上手いかわかんなくて」
図星だ。流石は自称自分の一部。そんな関心に浸るまもなく、アルターエゴはジェフの腹に蹴りを放つ。
腕を交差してこれを防御――しかし、前腕は軋み、防御したはずの鳩尾には強い衝撃が走る。
「ヒャハハハハハハ! なんだよそのツラ! だっせえよなぁ! ハンコックに比べりゃ、百万分の一もねえってのによお! ちょっと押されりゃ、そうやって心が折れちまうのか?」
痛みに顔を顰めているだけのつもりだった。しかし、他人にはそうは見えてないのだろう。そして、実際に心が揺らいだのは事実だ。痛みにいい思い出なんてない。ハンコックが加減を間違えて死にかけたり、エリックに敗北したり、そして、弟や友人を傷つけた時に引きずっていたものだ。
だが、今は、虚勢を張ることにした。
「誰だって、痛いけりゃ顔くらい顰めるさ」
「あーあーあー! そりゃそうだよなぁ! ヒャハハハハハハ」
再度のダガーによる猛攻。
「くっ……」
刃こぼれは常にナイフに魔力を流し続けることで自動修繕させるが、その猛威を防ぐので手一杯だった。
「これでは……」
金網の外にいるニコールが声を漏らした。
「あっれー? ニコールちゃん。意外と人見る目ないねー。そんなんだから意外に結婚願望あるのにいまだに結婚できなべこば!」
クリスが余計なことを言って制裁されるのと同時、ジェフは違和感を覚えた。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ! 俺に体を渡しやがれ! そうすりゃ、全部やってやるってんだよぉ!」
言っていることは変わらない。攻撃の鋭さも。であれば、手心を加えているわけではないのだろう。
(でも、これは……)
ジェフ自身は実戦経験はさほど豊富なわけではない。それでも天性とスポーツの経験から、勘働きは悪くない。だが、今アルターエゴの攻撃を防げているのは、勘働きによるものですらない。
(僕は、この攻撃を知っている――?)
検証する必要がある。
まずは、身体強化の出力を上げる。倍以上の魔力量を持つ相手に悪手以外の何者でもないが、己の動きを早める必要があった。
攻撃に先んじてナイフで防御の構えを取る。すると、ダガーはそこに吸い込まれるように打ち付けられた。
そんなことが五回も十回も続いて、警戒するようにはジェフから距離をとる。
「やあっと、わかったかよ?」
しかし、その言葉はどこか嬉しそうですらある。
「うん。お前の動きは、僕の動き、なんだと思う」
「ヒャハハハハハハハハハ! その通りだ! じゃあ、わかるか? なんでより、俺の方が魔術が上手いかさあ?」
再度の突撃。しかし今度は刺突メインの連撃だ。
ジェフは的確にナイフを弾きながら、考える。
(わかるわけないだろそんなの! 動きが分かっても――)
ふと、ジェフの頭に閃光が走った。
(――恐い・・・・・・? いや、そうか・・・・・・)
相手のの腹を蹴って、距離をとる。きっかけは得た。その動き、自分自身の感情、そうすれば、あとは簡単だった。
「怖がって、いたからなのか・・・・・・。お前だけじゃない。魔術を、使うことすらも・・・・・・」
「ヒャハハハハハハ! だーいせーいかーい! バカのくせに、よく頑張ったじゃねえか!」
流石にこの物言いには、腹が立った。
「お前は、僕の一部なんだから、頭の出来は変わらないだろ!」
「あーそうだよな。そうだったな。じゃあさあ、なんでお前は今立ててる? 俺に『やめてくれ』って情けなく泣きついて、何もできなかったお前がよお!」
アルターエゴが身体強化の出力を上げる。
ジェフは身構えつつも、その問いの答えを考える――いや、考えるまでもなかった。
「もっと、恐ろしいものができたんだ・・・・・・――」
背後に飛んで、攻撃を回避――そのまま踏み込んで、今度はこっちから突っ込んでみせる。
「今は――」
ナイフを構えて、肩を狙って刺突を繰り出す。
しかし、相手は体を半身にしてそれを回避――予想通りだ。
「クローディアを助けられない方がずっと恐い!」
叫んで、限界まで身体強化の出力を上げる。攻撃のために踏み込んだ足に再度体重を乗せて、肩から突っ込む。
吹っ飛んだ相手の体が金網に跳ね返ると、ジェフはナイフを霧散させる。そして、限界出力の身体強化に軋む体に鞭打って、拳を握り込み、飛び込む。
「だからもう、お前も、魔術も、恐がってられないんだ!」
無防備なアルターエゴに、の頬に拳が叩き込まれる。
アルターエゴは再度――しかし今度はより強く金網に叩きつけられると、今度は跳ね返ることもなく、ゆっくりと剥がれ落ちる。
「ハ、ハハハハハハ。ようやく、やるべきことが分かったかよ・・・・・・」
アルターエゴはゆっくりと仰向けに転がって、不気味な顔を満足げに歪めて笑う。
「うん。もう、お前を、お前が僕だってことも、魔術を使うことも、怖がってなんかいられない――ううん。恐くないんだ」
「そりゃそうだろうな。やるべきことを見つけた人間ってのは、みんなそうだ」
「ああ、だから、力を貸してくれ。時間がない」
ジェフが手を差し伸べると、アルターエゴは迷いなく握り返して言う。
「ヒャハハハハハハハ――何言ってやがんだ。俺はお前。お前は俺。力を貸すも何も、お前のやることが、俺のやることなんだ――」
そう言って、は黒い燐光に包まれていく――。
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