4-3 スタートライン

 アルターエゴを包む燐光がジェフに移ると、その姿は木製のマネキンに代わり、ジェフもその影響か一瞬髪が黒くなる。

「アルターエゴは、ずっと、僕の代わりだったんですね・・・・・・」

 誰かを傷つける者への怒り、しかしジェフはそれを恐怖心から押し殺していた。だから、代わりに彼が出てきて暴れ回ていた。しかし、外野がとやかくいってどうなるものでもなかったのも確かだ。

「そうだよ。まあ、あんな風になっちゃうんじゃ、ただのイカれたサイコにしか見えないのも仕方ないけどねー」

クリスはジェフに答えると、今度はこちらに目を向ける。

「で? どうだった? 病院脱走中のハンコック君?」

「えっ? 師匠?」

ジェフは金網にしがみついてこっちを見ている。

「あー、まあ。お前がアルターエゴを押さえつけるのに、あぶねえこととするって聞いたからな。まあ、何事もなくてよかった」

「師匠も、無事で本当によかった・・・・・・。じゃあ、クローディアを助けるのを、手伝ってくれるんですか?」

 その言葉に、ハンコックの口元が思わず緩んだ。以前までのジェフなら、自分に丸投げしていたことだろう。無茶でも無謀でも愚策でも、そんな弟子の成長が嬉しくてたまらない。

だが、嘘は言えなかった。

「そうしたいのは山々なんだがな、あいにく、俺はあそこのクソジジイのおかげで一時的に動けるようになっているだけだ。ほんとならしばらくは集中治療室で寝てなきゃなんねえ」

 ジェフが金網の外を見ると、ロバートが彼に向かって手を振っている。心底孫弟子に甘いクソジジイだ。

「それにな、いくらアルターエゴを制御したところで、お前に何ができる?」

ハンコックは言いながら、ジェフの目を見据える。

「いくらエリックを俺が満身創痍にしたとはいえ、アイツの魔術の扱いはフォー・ホースメンクラス――死にかけでもお前より格上には変わりない」

ジェフは一瞬も躊躇うことなく答えた。

「それでも、僕は、クローディアに約束したんです! だから、今度こそ――」

いい目だと思った。今までの情けなさはどこに行ったのだろうか。

「分かったよ。それなら――」

ハンコックはオクタゴンに入って言う。

「――証明してみせろ。こっちの出力は、過去の修行の中で最大と同じ。覚えてるか? お前が脳挫傷になった時だ」

 言って、身体強化を発動する。依然、ジェフは怯えてすらいない。その目にあるのは、確信か自信か、或いは無謀で無根拠な自惚れでもいい。ハンコックはただただ弟子の成長が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

「はい。覚えています。だから――」

ジェフの魔力が迸ると、彼の髪が黒く染まる。

「――こっちも全力で行く・・・・・・」

お互いに構えると、ロバートが口を開いた。

「茶々を入れて悪いがね、ハンコック、お前は一撃だ。それ以上は魔力消費で【反転】が解除される」

「分かったよ。本当に嫌な茶々入れやがるぜ・・・・・・」

そう言って、ハンコックは一瞬重心を落とし、ジェフめがけて踏み込む。

 その速度と魔術の出力は、ジェフに申告したものを大きく上回っていた。もちろん全力での発動になどほど遠いものの、以前までのジェフが相対すれば即死は免れない一撃だ。

しかし――

「成長したな・・・・・・」

――突き出した拳は空を切る。

「ええ、師匠がいいですから」

 代わりに、ハンコックの腹には固い感触――拳を避けたジェフが、構築で作り出した刃引きしたナイフだ。

お互いに身を離し、笑顔を向けあう。

「よくやったな。だがまあ、課題もあるぜ。髪が黒くなるの、あれはアルターエゴの影響をまだ受けてるからだ」

ついついクセになっているダメ出しをすると、ジェフは苦笑する。

「ハハハハ。本当に僕は才能がないなあ・・・・・・」

しかし、落ち込んでいる風にも見えない。彼なりに、自身の成長を喜んでいるのだろう。

そんな弟子の肩をポンと叩いてやる。

「だがまあ、死にかけのクソッタレをぶちのめすには十分だ。思いっきりやってこい」

「はいッ!」

ジェフは力強く答えると、オクタゴンを降りて、クリスからエリクサーの小瓶を渡される。

「それじゃあ、ジェフくんが飲み終わったら送っていくよ。先にカズィ君を行かせてるから、合流しよう」

「わかりました。私は、連邦捜査局と市警に増員の連絡を――」

クリスとニコールはジェフを伴って、トレーニングルームを出ていく。

その姿を見送って、ハンコックもオクタゴンを降りる。

「敵の本拠地、分かってんのか?」

「ああ、君たちが担ぎ込まれてすぐ、情報部が社長のアドバイスで割り出した」

「ハハハ、さすがだな」

言ったところで、膝からカクンと力が抜ける。

「おっと――」

倒れる代わりに、車椅子に座らされる。

「全く。申告以上の出力で魔術を使ったな? 弟子の成長を喜ぶのはいいが、そんな調子でよくジェフ君にダメ出しなんてできたもんだ。まあ、気持ちはわかるがね」

「あんた、用意がいいな・・・・・・」

 バロールの【反転】の効果が切れたのか、ジェフの成長を見届けて気が緩んだのか、今更になって麻酔が聞いてきて、思考が鈍っていく。

「まあ、私も不出来な弟子を持ったと言う点では、お前と一緒だ、小僧」

「けっ、言ってや――が――」

それ以上、うまく言葉が出なかった。

「眠ったか。まあ、あとは任せておけ。弟子を傷つけられて劇場にかられる気持ちは、私もよくわかる」

そんな言葉を聞いた気がしたが、確認しようにも意識を保っていられなかった。


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