4-4 反撃の足音
ロサンゼルス港のコンテナヤード近くにある倉庫跡地にマーブル・ホーネットは集まっていた。
拉致されたクローディアは、その中に設られた監禁部屋に押し込まれていた。
窓から射す光が夜のそれになっても、彼女の考えることは変わらない。
「ジェフ・・・・・・」
彼はどうなってしまったのだろうか。自分のせいで危険な目にあってしまった少年のことを考えられずにはいられない。
自分と同じく悍ましいものを背負い、悲劇を経験し、それでも自分のために命を投げ出すような行動をとった彼を、心配せずにはいられない。
「ねえ、何か言ってよ・・・・・・」
いつも勝手に喋り出す頭の中の声に呼びかけるが、彼女は何も言わない。
せめてもの拠り所もなくなり、クローディアは抱えた膝に顔を埋める。
(もういいか・・・・・・)
そう考えていると、不思議と気が楽になった。何も考えない諦念――それは、かつて故郷で苛まれていたのと同じ感情だった。
しばらくそうしていると、徐にコンテナのドアが開いた。
「時間だ。きてくれないか?」
エリックだった。彼は先のハンコックとの戦いで致命傷を負ったものの、ここに来るまでの間から部下による治療を受けていた。そこにさらにその戦いと同じように自身に薬物を投与したのか、問題なく行動しているように見える。とはいえ、全く元通りというわけでもなく、折れた手足の動きはぎこちなく、歩き方も不自然、表情や声色は自身に投与した薬物の影響からかどこか不自然な明るさが見える。
案内されたのは、倉庫全体を使って構築された祭壇であった。ケーブルで、さまざまな機器や魔力バッテリーに繋がれた円形の台座の周りをJの文字を逆さにしたような十三本の柱が囲んでいる。
「さあ、上りたまえ」
指されたのは祭壇の上。
言われた通り、タラップを上がっていくと――
――へえ、この時代の人間がここまで再現するなんて忌々しいわね。失敗しないかしら。そうすれば・・・・・・
脳裏の声が響く。彼女が何を言いたいのか、何をしようとしているのかわからないので、何も言わなかった。
上がりきって、所在なくしていると、コンソールの前に立つエリックが高らかにいう。
「さて、君はこれからどうなるか分かっているかい? クローディア・メルヴィル」
「さあ? 興味ない」
本心だった。ジェフとハンコックの斃れる姿が頭から離れない。そんな状況を作り出したのが自分だというのなら、このまま生きていてもどうしようもない。
「そうか、なら、伝えておこう。君には知る権利がある。私の目的はね、ズバリ金なんだよ。そのために、君には完全にメドゥーサになってもらう」
クローディアは首を傾げる。それが自分とどう関係するのか。
「メドゥーサは神話において、女神の加護を受けた英雄に討たれた。はねられたその首は、動脈からは全てを癒やす万能薬を、静脈からは全てを殺す猛毒を持つ血を流し続けたという。まあ、首自体にも権威を補強する魔術効果があったというが、私にとってはどうでもいいことだ」
クローディアは未だにエリックの意図が読めない。だからなんだというのか。しかし、脳裏の声は正しく意図を理解したらしく、「ホント、最悪ね」と呟いている。
「この祭壇はね、その神話を再現する術式を込めたものだ。一度作動すれば君はメドゥーサになり、そして首を刎ねられる。その首は万能薬と猛毒を無限に生み出す礼装になるのだ」
エリックの声に熱がこもっていく。
「私はそれを世界中にばら撒く。裏からも表からも。子供でも分かる理屈だろう? 命は金になる! 全てを癒やす万能薬は、医療業界が求めるだろう! 猛毒は、軍や裏社会が求める! ともすれば金に糸目を付けないほどにね! そのための出資も取り付けた! あとは還元し、製品化するだけだ! ハハハハハハハハハ! 君がそこに立っている時点で、目的は達成したも同然なんだよ!」
「そう、よかったわね」
クローディアの言葉は冷ややかだが、エリックはテンションを下げる様子はない。
「ああそうさ! これで私の――」
「敵襲です!」
その言葉を遮るように、スーツ姿の男が駆け込んできて、バランスを崩してエリックの足元に滑り込む。
「どうしたんだい? 今いいところなんだ。邪魔を――」
「表は全滅! 増援も連絡がつきません」
切迫した様子のスーツの男に対して、エリックは鷹揚さを崩さない。
「それは大変だ。来たのは誰だい? ロバート・ベイリー? カズィクル・ベイかな? ウィラード・ハンコックが生きていた? それとも、とうとうクリスチャン・ローゼンクロイツが首を突っ込んできた?」
「い、いえ、それが、来たのは――ヒィ!」
騒々しい足音が聞こえて、男は恐怖の声を漏らす。
「見いいいいいいいいいいいつけたあああああああああ!」
小柄な影が文字通り飛び込んで、男の背中へ飛び込んだ。それにより、彼は「ブグウ!」と呻き声を漏らして気を失う。
「嘘・・・・・・」
聞き慣れた声だった。でも、聞いたことのないほど声を張り上げていた。
見慣れたバスケットボールシューズ、見たことのあるデニム、同じようなのを何着も持っているという白いパーカー、そして――
「よう、助けに来たぜ」
「えっ、誰・・・・・・?」
気安く話しかけてくる、ジェフと同じ髪型の殺人鬼ヅラに黒髪の少年がいた。
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