4-5 覚悟の証明

「うわぁ・・・・・・。すっご・・・・・・」

ジェフは思わず声を漏らす。

場所は、港湾地区の入り口。マーブル・ホーネットの本距離の目と鼻の先だ。

 特定されながらも、街で発生している暴動のせいで捜査機関の身動きが取れないせいで、接近できずにいる遺棄された倉庫だ。

ダウンタウンからそれなりに離れているにも関わらず、そこへ一瞬で飛ぶクリスの空間転移にジェフは舌を巻いていた。

「社長が連邦捜査局や市警を運べば良かったんじゃ・・・・・・」

「いやあ、僕はなるべく手は出したくないんだよね。このくらいなら僕が出るまでもないでしょ? それに、空間転移はそんなに万能でもないんだよね。結構制約ある魔術なんだよ」

「サボりたいだけなんじゃ・・・・・・」

「ハハハハ、ジェフ君言うよね? ――地味に傷つくなー・・・・・・」

肩を落とすクリスを無視してカズィは尋ねる。

「それで? あんな真面目な態度で我輩に手を出すなと言ったんである。成果は出たんであろうな?」

 その言葉に、ジェフは疑わしい気持ちでクリスを見る。「そりゃもちろん!」と口にする彼の顔は、バナナをもらったチンパジーのような、白くて並びのいい歯をむき出しにしたニヤニヤ笑いだ。

 カズィはそんなジェフの気持ちを察したのか、「まあ、二十年以上の付き合いになればわかるのである」とため息まじりに言って、続ける。

「お前のことであるよジェフリー。アルターエゴは制御できたのであるか?」

「えっ、あっ、僕の話ですか? そ、それなら、まあ・・・・・・」

急に水を向けられて一瞬怯んでしまうが、しかし続く答えは違った。

「できましたよ。もう大丈夫です」

その言葉にカズィは満足げにうなづいて言う。

「では、見せてみよ」

ジェフはうなずき返して目を瞑ると、全身に魔力を巡らせる。

 顔と髪に燃えるような熱さがあるのは、ハンコックの言う通りアルターエゴに引きずられる未熟さによるものだろう。だが、もう暴走する兆しはない。魔力は――アルターエゴはジェフの支配下にあった。

もう一度目を開いて、カズィの方を見る。

しかし、彼のリアクションはジェフの創造とはまるで真逆であった。

「・・・・・・ギリ失敗でねえの、コレ?」

「ギリ成功なんだなぁ、コレ」

そんな心ない大人たちの言葉に、ジェフは少し泣きそうになる。

「ひでぇこと言うなよ! そりゃ髪が黒くなってるのは師匠に注意されたけどさ! ――っていうかなんだこれ! 口も悪くなってやがる! あー、クッソ! マジ未熟じゃねか・・・・・・」

 一人で喚くジェフを見て、カズィは「気づいてないんであるか?」と首を傾げ、クリスは「まあ、ハンコック君から見たときに、目元は髪で隠れてたしねえ・・・・・・」と笑いを堪えながらいう。

「んだよ、言いてえことあるならいえよ。早くクローディアを助けにいいかねえといけねえんだぜ?」

大人たちはジェフの正論にため息をついて、ユニゾンする。

『目つきが悪い。悪すぎる』

「はあっ?」

 そんなくだらないことで足止めされていたのかと思うと、ジェフは少し腹が立ってくる。もう、このダメな大人たちを放って、倉庫に向かおうとしたのだが、クリスがスマートフォンを渡してくる。

「あー、やっぱり気づいてないかぁ・・・・・・。ほら」

インカメラが起動したそれを受け取り、自分の顔を見る。

「あのさあ、時間ないってわかって――ひゃああああああああああああああああああああ!」

 心からの絶叫――スマートフォンの画面には、毎朝鏡で見る気弱な顔ではなく、確実に二桁は殺してる感じの凶悪なツラだった。

「な、な、なななななななななななななこれ俺なななななななななななななななな――!」

 自分でドン引きする、っていうか、マジで怯える。そんなジェフを大人たちは生温かい目で見守る。

「まあ、あれはしゃーないであるな」

「うん。僕も今この薄暗いところで初めて見たら、絶対声あげてたもん」

すると、徐にコンテナヤードの照明が灯り、三人を照らし出す。

「なんの騒ぎかと思えば、RCIか」

 倉庫からスーツ姿の男――しかしエリックではなくその側近――が現れ、三人を睥睨する。

「今更なんの用だ?」

「ああ、僕はもう帰るよ。うちの子を送ってきただけだしね。――ほら、ジェフ君。何しにきたのか言ってやんな」

腕を差し伸べ起こしてやりながらクリスは言うと、ジェフは尻を払いながら言う。

「決まってんだろ。クローディア助けに来たんだよ。ちょうどいいや、案内しろよデブ」

 罵倒まじりの言葉に側近は苛立ちに眉を動かし、カズィは「アルターエゴっていうより、ハンコックに似てきちゃってるであるなー・・・・・・」と顔を顰めた。

「無駄なことだ。もうボスは儀式を始められた。我々の目的ははた――ああッ!」

余裕綽々の言葉が驚愕の絶叫にぬり潰される。

 身体強化を発動したジェフが、積み上げた本を一冊抜くような気楽さでコンテナを引っこ抜いて側近目掛けてぶん投げたのである。

 しかし、コンテナは滑空する間に四方八方から殺到する魔術の直撃を受け、粉々何なって彼我の間に降り注ぐ。

「いいね。この感じ、悪くねえ・・・・・・」

攻撃を防がれてなお、ジェフ好戦的な態度を崩さない。

 その様子にクリスはゲラゲラ笑い、カズィは「三年前、我輩が面倒見るべきであったわもー」と呆れ返っている。

「もう、ここは任せていいのかな?」

「ああ、ありがとな、社長」

 ジェフの言葉に、クリスは再びオラウータンスマイルを返すと、瞬間移動でその場を後にする。

「ふ、ふざけるな! たかが身体強化ぐらいで、ボスの儀式をさ、妨げられると思うな!」

 勇ましい言葉の割に上擦った声で側近が叫ぶと、周囲のコンテナの上に、武装したマーブル・ホーネットの私兵が続々と姿を現す。対応しようと魔力を寝るが、不意にカズィが口を開く。

「まあ、厳しいことを言えばお前は今は最低ラインに立っただけである。魔力を浪費していた上に、精神的に焦ったり油断したりしていたととはいえ、ハンコックを倒した相手と戦わせるには、心許ない」

はっきりとした言葉に、ジェフはグサリとくるが、カズィは構わず続ける。

「はっきり言って、我輩はお前が作戦の中心にいることに納得しておらん。だがまあ、相手も死にかけだ。それに、お前は今精神的に絶好調――魔術を使うにこれほど適した状態はない。だから、気楽に存分にやれ。お前がフォワード、我輩がバックス。フォローはしてやる」

「おう!」

ジェフは今度こそ練り上げた魔力を解放し、身体強化を持って強く踏み込む。

(うおっ! すげえ!)

 さっきコンテナを投げた時よりも動作が大きいせいか、魔力と魔術を使いこなしていると言う実感が湧き上がる。事実、魔術を使うことに怯えていた頃よりも、或いはアルターエゴに振り回されていた時よりも、身体強化の出力は比べ物にならないほど上がっている。

「――振り向くなよ、ジェフリー!」

 背後では詠唱を終えたカズィが大魔術を発動する。彼が自らの血を媒介にして召喚した、イグアナに翼を生やしたような七匹の龍が同心円状に広がり、口から光線のように可視化された高濃度の魔力を放出して周囲の敵を薙ぎ払っていく。

「チイッ! そのガキを人質に取れ!」

 腕時計型の魔術触媒から結界を発生させ、攻撃を凌いだ側近は同じくカズィの攻撃を逃れた部下に指示を飛ばす。

同時、紅い龍が姿を消す。耳に入れた通信機からカズィの声が聞こえた。

『まあ、そのくらいは自力でいけるであろう?』

 眼前には側近を含めて、八人の敵――うち三人は、かろうじて動けるようだが、カズィの攻撃で大きく消耗しているようだ。

 ジェフは今、アルターエゴを取り込み、自分の魔術の向上を実感し、絶好調であると言える。しかし、不思議と頭は冴えていた。打算も、過信も、卑屈さもなく、ジェフはただ実感する事実のみをカズィに答える。

「余裕ッ!」

 最初に向かってきたのは、オークの大男。彼はコンテナに手をつくと、その金属成分を吸収し、鎧を形成――さらに身体強化を使って正面から突っ込んでくる。

 ジェフは衝突の寸前、重心を右斜め下に沈め、突進を回避すると同時に足払い――素早く立ち上がると、一瞬浮いた相手の足首を持って、身体強化の出力を上昇。何度もその体を地面に叩きつけ、意識を奪い取る。

「何をしている! 一度にかかれ! ガキでもアイツはRCIの実働部だぞ!」

側近の言葉に、私兵たちはジェフを半円形に囲むように陣取り、小銃や魔術触媒を構える。

しかし、ジェフはそれを怖がるどころか、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

(あいつ、今、俺を実働部の一員として見てくれた・・・・・・)

 RCIの実働部といえば、賠償金を生み、犯罪者にトラウマを植え付け、捜査機関にストレスを与える、医療福祉系PSCにあるまじき部署であり、同時にそれにもかかわらず存在が許されるほどの実力者揃いというのが、世間一般の見解だ。

 その中の一員と、敵とはいえ外部の人間に認められて、自他共に認める落ちこぼれのジェフはメンタルをさらに高めていく――三年間修行の成果が出なかったので誰も予想しえなかったが、彼もまた、きっちりぶっ壊れてしまっていたのだ。

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