1-2 ロージクルージアン株式会社

 魔術――それはかつて、限られた者のみが学ぶ事を許された学問であり、また技術であった。


 世界各地に存在する迷宮ダンジョンの攻略に、或いは王侯貴族の生活の一部、身近なところでは森や沼に潜む魔獣への対抗策など、様々な局面で役立って来た。


 しかし、約二百六十年前、大きな変化が起きた。


 産業革命と後の世で呼ばれる大きなうねりは、非魔術の技術――科学を世界中に広め、次第に魔術は日陰の存在になっていった。


 迷宮はほとんどが攻略し尽くされ、上流階級の人間も科学に魅せられ、魔獣の対抗すら化学で量産可能な銃で可能になってしまい、魔術師達は存続の危機に立たされた。


 そこで、彼らは栄誉ある滅亡よりも、生存を選んだ。科学と同様に魔術も誰でも学べるように門を開き、市井の生活に馴染めるように簡略化し、時には科学との融合すら図った。


 そして現在、新約暦二〇二二年、その目論見は成功したと言えるだろう。


 魔術スポーツは、野球やフットボールと同じく国際試合が行われるほどの大きな盛り上がりとなり、インターネットや衛星放送はその様子を世界中に届けた。


 自動車は地脈から吸い上げた魔力を燃料に、人々を仕事や買い物に運んでいる。


 街角のダイナーでは、グリルでコカトリスと牛の合い挽き肉を焼き、マンドラゴラから作ったソースで味付けしたハンバーガーを提供している。


 しかし、技術が広がるということは、それを悪用するものもいるという事でもある。


 このフロンティア合衆国では、世界中から人間と魔術を含めた知識や風習が集まる一方で、禁術を初めとする危険な魔術や、それを好んで使う犯罪者やテロリストも多く集まるようになった。


 今では、国内の魔術犯罪は、他の国に比べて数十倍の発生件数にのぼる。


 事態を重く見たホワイトハウスは、第二次大陸大戦前後に亡命して来た、或いは以前から国内に存在していた魔術結社に補助金と捜査顧問権限を与え、民間魔術企業Private Sorery Company――通称PSCの設立を促した。


 この政策は功を奏し、民間に正しい魔術の使い方を広めるきっかけになり、犯罪解決率の向上にもつながった。そうして、フロンティア合衆国は、世界有数の魔術大国となったのだ。



 ダウンタウンの一角に、PSCの古参企業の一つ、ロージクルージアン株式会社Rosicrucian.Ink――通称RCIの本社ビルはあった。


 その一階、商談用の応接室には、五人の人間がいた。


「揺れたねー。うわ、窓の外見てよ。火山が噴火したみたいになってる。ちょーウケる」


 ケラケラ笑いながら言うのは、RCI社長にして、同社の前身となった魔術結社薔薇十字団の創設者、クリスチャン・ローゼンクロイツだ。

見た感じの年齢は五十を少しすぎたほどだが、はしゃいだその態度はまるで子供の様だ。


「クリス、はしゃぐなよ。鬱陶しい。お前ら、自分の部下の手綱も握れてないのか?」


 椅子に座ったままぶちぶちと文句を垂れるのは、連邦捜査局ロサンゼルス支局の捜査主任、ダミアン・ウェルズだ。よほど腹に据えかねているのか、オーク特有の巨体をいからせているので、筋肉質なその体がさらに一回り大きくなった様だ。


「えー? そんなにひどいことして無いでしょ? それに、今回はそっちの連絡ミスじゃん?フォー・ホースメンに救援なんか求めるから」


 フォー・ホースメン――RCI実働部における、最強の魔術師四人を指す。


 支配を示すホワイト・アズ・ドミネーション――フロンティア合衆国では珍しいサンスクリットの魔術体系を操る、レイチェル・P・バクシ


 戦争を示すレッド・アズ・ウォー――銃器と魔術を組み合わせた、最先端の魔術を得意とする、アルフレッド・ロドリゲス


飢饉を示すブラック・アズ・ストラベーション――禁術である呪詛を洋の東西の理論を問わず使用する、シズマ・ナカタ


死を司る蒼白ペイル・アズ・デス――身体強化と基礎四属性の風を操る、ウィラード・ハンコック


 この四人の内一人でもいれば、解決できない荒事はないと言われており、二人以上いれば、現場が更地になりかねないと、捜査機関からは恐れられている。


 それが、今回の事件においては、一箇所にハンコックを除く三人も集まってしまった。結果は、推して知るべしである。


「ああ、そうだな。ウチのメイン週支局のバカどもが、連中にビビって過剰戦力を要請したからだ! でも、一人いれば事足りたのを、三人も来る必要はないだろうがよ?」


「ハハハハ。そりゃ無理だよ。フォー・ホースメンだよ? やる気はいつでも十分さ」


ゲラゲラ笑うクリスに、ダミアンは陰鬱さと怒りの混ざった表情でため息をつく。


「お陰で、現場の調査もまともにできなくなったんだけどなぁ・・・・・・」


 ダミアンは視線を、向かいに座る少女に向ける。スクールスタイルのファッションに、赤縁のメガネは、その傍らに座るRCI社長秘書、ニコール・フラメルが選んだものだ。


「申し訳ありません。聞き苦しい会話を聞かせてしまい」


 ニコールは、傍の少女に声をかける。彼女は、提供されたオレンジジュースに口をつけ、答えた。


「別に、気にしない」


 彼女の境遇を知らなければ、感じが悪いと憤慨しそうな受け答えだが、それを知っているから、或いは性格からか、ニコールが気を悪くした様子はなかった。


「なあ、ニコールさんよ。あんたからもなんか社長に言ってやってくれ」


 呆れた様子のダミアンに水を向けられたニコールだが、その美貌を微動だにせぬまま言い放った。


「今回の件の賠償金は、我が社の営業利益には影響しません。また、弊社実働部は少々やりすぎの間は否めませんが、それが一般市民へのブランドになっています。特に改善の余地があるとは思えませんが?」


「ええ・・・・・・」


 この中の唯一の常識人と踏んで話を向けたのに、やはり彼女もRCIの古参社員、理知的な異常者にすぎなかった。


「それに、フォー・ホースメン初め、実働部への苦情でしたら、広報部かもしくはあちらにお願い致します」


 ニコールの目線が、ダミアンから部屋の隅に移る。


 部屋で唯一立っているのは、実働部長、カズィクル・ベイ。吸血鬼特有のやや青白い肌中に、ユーロの貴族を思わせる優雅な風貌の彼は、背中を丸め、スマートフォンに仕切りに謝罪していた。


「いや、あの、これをハンコックがしたとは・・・・・・。はい、申し訳ないである・・・・・・。いや、その――はい、申し訳ないである・・・・・・。いやでも、今回は、ジェフも――いや、はい、本当にごめんなさい――」


ダミアンは、一度彼を見て、もう一度ニコールに視線を戻す。


「あのカズィが一番部下の手綱を握れてないと思うんだがね」


「・・・・・・失礼いたしました。実働部への苦情は、広報部、または副社長にお願いいたします」


「ロバートが言って聞くわけねえだろ。あのハンコックの師匠だぞ。大体、あいつの若い頃は、ハンコックより――」


ダミアンの声を遮る様に、カズィが声を上げる。


「ガツンとかましてやったであるよぉ! 謝罪をな!」


「アハハハハ。本当に情けないくらいの小市民だよね、カズィ君」


「うるさいボケェ! 吾輩の部下は、なんでこうも我輩の胃に穴を開けたがるであるか?」


ストレスを発散するための叫び声に、その場の全員が顔をしかめる。


「カズィクルさん」


「なんであるか?」


「うるさいです。部下の手綱をしっかり握っていれば、そうならなかったのでは?」


「なっ・・・・・・?」


 あまりにもストレートすぎるニコールの言葉に、カズィは深くダメージを受け、胸を押える。


「まあまあ、いいじゃない? カズィ君もたまにはやる時があるじゃん? 平時無能でも、やる時にやってくれれば良いんだよ」


「んがっ・・・・・・!」


 悪意があるのかないのかわからないクリスの言葉に、カズィは膝から崩れ落ちた。


「ねえ、本当に大丈夫なの? この人とその部下に任せて。まあ、別にどっちでもいいんだけど」


「ぽひっ・・・・・・」


 事件で保護された被害者でもあり、証人でもある少女の言葉が、さらにカズィの胸をえぐり、彼は膝立ちの姿勢すら保てず、尻を突き出す様な姿勢で地面に突っ伏する。


「まあ、フォローできねえわな」


「ううううううううううう・・・・・・」


 ダミアンがトドメを刺すと、とうとう吸血鬼は情けなく泣き出してしまった。

「それもこれも、フォー・ホースメンが悪い!」


 しかし、すぐに復活。目尻にまだ涙が浮かんでいることは気の毒すぎて誰もツッコめなかった。


「ちょっと我輩、ハンコックに説教してくるのである!」


「はい頑張ってー。でも、仕事のことはちゃんと伝えてねー。ジェフ君はともかく、ハンコック君はあまり良い顔をしないだろうから」


 クリスの言葉を聞き終わらないうちに、カズィは部屋を飛び出してしまった。


 扉が閉まると、ダミアンは深いため息をついた。


「しかし、俺は少し不安だよ」


 その視線は、オレンジジュースを飲んでいる少女に向けられる。


「そう? 別に私は気にしない」


少女の全てを諦めてしまった様な態度にもう一度ため息をついて、ダミアンは続ける。


「なあ、正気か? この件をジェフに任せるなんて」


「もちろん正気さ。僕がそう言っても誰も信じないんだけどね」


 クリスの言葉に、ダミアンは三度目のため息をつく。


「ああ、お前はイカれきってる」


「傷つく心はまだあるんだけどなあ」


 ヘラヘラ笑って、クリスは続ける。


「彼もここに来て三年だ。同じ様な状況にいる子なら、一年半か二年で同じように現場に出てる。彼も現場に出てるけど、まだハンコック君の仕事をそばで見ているのと変わらない」


「だがなぁ・・・・・・」


納得できないダミアンに、ニコールが言う。


「私もそこの人格破綻者に賛成です」


「あれ? ニコールちゃん? ひどくない?」


 社長を無視してニコールは続ける。


「アルターエゴ症候群を乗り越え、彼を一人の人間として成長するためには、彼にこの件を任せるのが最善と我々は判断しました」


 ダミアンは顔をしかめ、反論する。

「だがなぁ、今回はコトがコトだ。ジェフでは――」


それを遮るのは、クリスだ。


「あまり、ウチのルーキーを舐めないで欲しいな」


 ヘラヘラした物言いは変わらない。だが、そこには有無を言わせない圧力があった。

「ジェフ君はね、必ずやるよ。その子を守り抜いて、あるいは救って見せるさ。そのための仕込みは、たっぷりしてきた。まあ、過程で無様晒すかもしんないけどね」


物言いに反してクリスの言葉は重く、ダミアンは最後まで口を挟むことはできなかった。


 もう一度、少女の方を見る。彼女は心底どうでもいいと言う様子で、話を聞き流してボーッとしていた。


「まあ、事件の解決と、その子が救われるなら、俺は何も言わんが・・・・・・」


 歯切れ悪くそう言うのが、精一杯だった。

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