RCI実働部、あるいは狂人の巣窟
「なあ、ジェフー。お前も知恵貸せってー」
頭を抱えながら自分のデスクに座るハンコックに対し、ジェフは角の休憩スペースに座りながら、テレビで野球中継を見ていた。
「えー。今いいところなんですよ。――よし打った! 伸びろ! あー・・・・・・ッ! あー、取られた・・・・・・」
ジェフは、スポーツをこよなく愛している。やるのも観るのも大好きだ。
「魔術もそのくらいの熱を持って取り組んでもらいたいもんだよ・・・・・・」
ハンコックはそう言うが、好きでない物に対しては、どうしても興味が向かない。
要するに、クラスに一人はいる、成績は下から数えた方が早いのに、好きな事に関しては異常に詳しい人間、それがジェフだ。
「なあ、頼むぜ。お前の知恵が必要なんだよ」
「報告書書くのは師匠の仕事じゃないですか。それに、廃ビルの倒壊とアスファルト抉った件は、僕ではどうしようもないですよ」
CMに入って、ようやくジェフはハンコックへ向き直った。彼は、両手を目に当て、宙を仰いでいる。現実から目を背けようとしているようだ。無理なのに。
「あー、ビルだけじゃなくて、アスファルトもか・・・・・・。火事場泥棒でもいてくれりゃ、ぶちのめしたって言い訳も立つんだがなあ・・・・・・」
毎度毎度そんなことをやらかしては、市警に、連邦捜査局に、カズィに大目玉を食らっても、「いや、しょうがねえじゃん?」と言い訳を立て並べ、適当に始末書を書く師匠に何を言っても無駄だと、ジェフはよく理解している。
「情報部の人たち、カンカンでしたね」
「警察とメインと繋がってんのはあそこなのに、バジリスク押し付けたぐらいで何をキレてんだろうな」
「日頃の行いじゃないですか?」
「いつも事件が解決して、訴訟に持ち込める証拠は残してるのに、何が不満なんだ?」
「僕、魔術使えなくて良かった気がしますよ・・・・・・。そんな風に怒られなくて済みますし」
軽く師匠に引きながら、ジェフがポツリとこぼす。無意識に、右足が不自然に膨らんだ左足首に書くように触れていた。ハンコックは仕事の怠さを愚痴っていた表情を引き締め、弟子を見据える。
「それは違うぞ、ジェフ」
その声は、優しくも厳しく彼の状況と現実を叩きつける。
「お前、半年後には十六だよな? ならあと二年で修行を終えなきゃ、更生不可能と見なされてムショ行きだ。最低限、アルターエゴ症候群をどうにかすることができなきゃ、ムショに入ってもお前は苦しむ羽目になる。だから、お前は魔術を――」
「ハンコックのバカはどこだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ハンコックの言葉を遮ったのは、顔中に青筋を立てたカズィだ。オフィスの自動ドアが開ききるよりも先に、体を霧に変じさせ、颶風とともに入室――空中で上半身のみ肉体を形成、さらには両手に血のハンマーを形成。吸血鬼特有の魔術と特性を総動員して、やらかした部下の脳天を打ち抜くべく振り下ろす。
「なんだよ。こっち見えてんじゃん」
そんな上司に、ハンコックは謝るでも驚くでもなく、身体強化魔術を発動。報告書を書いていたパソコンを守りながら、身体強化(ブースト)でハンマーを防御し、或いは受け流した。
二人からすれば、いつものやりとりだ。ハンコックがやらかし、カズィが怒り狂う。
しかし、その中身はどうか。見る者が見れば言葉を失う高度な魔術戦だ。
(この人たち、本当に技量を無駄遣いしているよなぁ・・・・・・)
ジェフは、この光景を見慣れているが、そのしょうもなさにはいまだに慣れない。テレビのCMは終わって、応援しているチームの投手があっという間に三者凡退に抑えたと言うのに、ジェフの耳にはその熱狂が入らないほどに呆れてしまう。
「お前がまたやらかしたからぁぁぁぁぁぁぁ! 我輩が市警と解体業者と情報部に怒られるうううううううううう!」
「いつも部下の尻をふいてくれて、感謝してるぜ。アンタ、いい上司だよ、部長」
「いっぺん死ねえええええええええええええええええええええええええええええええ!」
カズィは血のハンマーを帯状に変化させ、ハンコックの首へ巻きつける。
「おい、ちょっ・・・・・・首を絞めるなよ! まじで、これは洒落になってねえって!」
「うるさいである! こないだは、違法研究施設を更地にして、今回はビルを解体して、アスファルトをえぐってもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
きゅっとハンコックの首を絞めるカズィは、怒りのあまり冷静さを失っているようだ。
その原因を作ったのは自分だという事実から目を背けられず、ジェフはおずおずと手を上げ、カズィに言う。
「あの、カズィさん・・・・・・」
「ああん? このボケナスを庇う言葉なら聞かんぞ?」
「いや、その、師匠があんなことをしたのは、僕を救うためであって・・・・・・」
その言葉に、カズィは、表情だけ冷静さを取り戻す。しかし、両手から伸びる帯は、以前ハンコックの首を締めている。
「ジェフリーよ。お前のことは市警から聞いておる。お前の歩みは遅い。だが、日々成長しておる。そのことは誇りに思うべきである」
「はあ・・・・・・」
「なんであるかもー。せっかく褒めてるのにもー。我輩ショックであるよもー」
「いや、師匠を絞殺しながら言われても、怖いだけなんですけど・・・・・・」
カズィはにっこり笑って、悪態をつきながらもがくハンコックを見下ろす。
「お前はよくやったであるぞ。でも――」
その額に、再び青筋が浮かぶ。
「――こいつは違うのである! 毎度毎度余計な被害を生みよってからに! いっぺん死ね!ゴートゥーリインカネーション!」
「いや・・・・・・俺も、ジェフを救おうと・・・・・・」
「前そう言った時は、キマイラの紛い物の鼻先にジェフを放り投げた時であるよなぁ!」
「すぐ逃げ切れると思って・・・・・・。完成度三パーセントだったし」
「そう言う問題かボケえええええええええええええええ!」
「あっ、これまずい! ジェフ! 助けてくれ!」
ハンコックは必死に懇願するが、ジェフは動けない。
彼の頭を過ぎっているのは、修行の日々と、彼について任務に出た時の記憶。
修行では毎回どこかしらの骨をへし折られ、魔術治療を繰り返した結果、骨はかなり頑丈になった上に無駄に魔力を通しやすくなった。そのせいで医者にはサイボーグ呼ばわりされた。
仕事について回った時は、もっとひどい。
ここに来てすぐ、「何事も経験だ」と、連続スクールバス爆破犯が犯行を予告したバスに、地元の学生に混ざって乗せられた。
来て一年もすれば、「やればできる」と、魔術を得意とする亜人達の強盗が占拠した銀行に投げ込まれた。
去年は、「どうせあいつらはもやしっ子だ。お前の敵じゃない」と、ヤバい薬をキメたカルト宗教の信者を相手にさせられた。
二週間前は、「間近で神代の存在を見てこい」と、違法な研究を行う施設で出来損ないのキマイラの鼻先に投げ込まれた。
細かいことをあげれば、それこそキリがない。
スパルタというには、あまりにも酷たらしい。そしてジェフは、師匠の叫びから顔ごと耳を背け――
「すいません、師匠・・・・・・」
「諦めんなあああああああああああああああああああああ」
その絶望の叫びに、カズィは呵々大笑する。
「フハハハハハハハハ! ハンコック! 見捨てられた様であるな!」
「くっそ、そんな言葉、犯罪者にも言われたことねえよ!」
「死ねええええええええええええええええ!」
「くっそ! ジェフ、テメエ覚えてろよ!」
カズィが帯を締め付ける手を強め、ハンコックは反撃すべく全身に魔力を漲らせる。
だが、状況は瞬く間に一変した。
全身を人間と同じ姿に戻したカズィは背下から床に落下し、ハンコックが全身に漲らせた魔力も、すっかり霧散している。
「はい、そこまでー」
代わりに響いたのは、オフィスの入り口に柏手を打つ姿勢で立つクリスの声だ。
「いや、見てて面白いんだけど、流石に社屋が壊れるとまずいし、ね?」
ニヤニヤ笑いながら、彼はカズィを見る。
「いやあ、カズィ君、ちゃんと仕事の話を伝えって言ったのにねえ。ウヒヒヒヒヒ」
その嗜虐的な口調は、ニコールに「人格破綻者」と言われるのも、無理からぬ話だと、ジェフは一人で納得する。
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