1-4 クローディア・メルヴィル

「仕事? またなんかあんのか? 市警の連中も大変だな。そんなに俺らに頼らなきゃいけない案件を抱えて」


 ハンコックは喉元を押さえながらぼやくように言う。


「いいや、今回の依頼主は俺達だ」


 ダミアンが部屋に入りながら言う。「やっぱりカズィ、お前はもう少し部下の手綱を握るべきだ」


「異常者の手綱なんか握れるかい!」


 カズィの抗議に対して肩を竦めて受け流し、ダミアンは話を始める。


「連邦捜査局がらみか。こりゃ、厄介だな」


 ハンコックは茶化すように言う。


 ダミアンは肩をすくめて皮肉げに笑って言う。


「ああ、お前のお仲間他のフォー・ホースメンがやらかさなきゃ、もう少し楽に済んだんだがな」


「ああ、あいつらはてんでなっちゃいねえ」


「よくお前がそんなこと言えるであるな・・・・・・」


 カズィがハンコックを睨みつけながら言うと、ダミアンは話を進める。


「ことの始まりは数日前。メイン州支局が、国内を股にかける密売グループの尻尾を掴んだ。確実に連中を確保するために、顧問契約を結んでいるPSCに声をかけたんだが、それが不幸の始まりだ」


 ダミアンは深いため息をついてタバコをスーツのポケットから取り出す。しかし、カズィに「ここ禁煙であるぞ」と言われて、悪態と共に舌打ちをして、それをしまって続ける。


「手が空いているのは、お前たちRCIだけで、すぐ駆けつけられるほど近隣にいたのが、ハンコック以外のフォー・ホースメンだったってわけだ。なあ、ジェフ。一体どうなったと思う?」


 いきなり水を向けられ、ジェフは困惑しながらも答える。


「えっ・・・・・・。その、更地とか・・・・・・?」


「ハハハハハハ。ちゃんと最悪を想定したか? 奴らはその斜め上のさらに斜め上をいく。更地になった挙句、拠点のあった土地は向こう百年は生物が存在できなくなった・・・・・・。唯一の救いは、ハンコックがいなかったことだな・・・・・・」


 ダミアンは、げんなりした表情で乾いた笑いを浮かべて言う。直接関わっていない彼でこれなのだから、メイン州支局の人間の心労は如何程だったのだろうか。


「いや、すんげえ抗議きたであるよ・・・・・・。『お前ら殺して俺も死ぬ』とか言われたの、我輩数百年前ぶりであるよ」


 そんなジェフの心情を察したのか、カズィが言う。彼の顔もまた、げんなりしていた。


「まあ、それは置いといてだ。奇跡としか思えねえが、帳簿の入ったパソコンやタブレット、取り扱われていた品物、そして犯人グループは無事に確保された。今回お前たちに依頼したいのは、その事件で確保された証人の保護だ」


「あん? 密告した奴がいるのか?」


 ハンコックが不愉快そうに言う。


「それならまだ良かったんだけどな。その拠点には、人身売買業者がいたんだよ。証人ってのは、その被害者だ。――入ってくれ」


 ダミアンに促され、まず、ニコールが入室する。続いて入ってきたのは、赤いフレームのメガネにスクールスタイルのファッションに身を包んだ、ウェーブのかかったプラチナブロンドを長く伸ばした小柄な少女だ。


「こちらは、クローディア・メルヴィルさんです。連邦捜査局との顧問契約に基づき、メイン州からこちらに身柄を移して、我々で警護を行うことになりました」


 ニコールが事務的な口調で言う。


 クローディアは物珍しそうに周囲を見回し、次に室内の面々を見ていく。


「ねえ、ジェフって誰?」


「あっ、僕だけど・・・・・・」


 急に名前を呼ばれ、ビクリとしてジェフはおずおずと手をあげる。


「ふーん。本当に頼りなさそう」


「えっ! ひどい!」


 初対面の女の子に、いきなり暴言を吐かれ、ジェフは少なからずショックを受ける。


「なあ、待て。マジで?」


 そこに口を挟んだのはハンコックだ。今のやりとりで、彼は完全に状況を把握した。


「んー? どうしたのかな? ハンコック君?」


 意地悪く言うクリスに、ハンコックは困惑気味に言う。


「ジェフに証人の警護やらせる気か?」


「そだよー」


 おちゃらけたノリのクリスに声を上げるのはジェフだ。


「いやいやいやいやいやいや! 無理に決まってるじゃないですか! 僕、まともに魔術使えないんですよ!」


「なーに言ってんのさ。さっきのバジリスク捕獲の時は、身体強化ブーストでビルの外壁を登ったんだろ? それに、君の訓練レポートは読んでるけど、構築クラフトも実戦レベルらしいじゃん」


「毎回綱渡りですよ! 必要だから使わざるをえなかっただけで! 大体、僕が魔術を使うとどうなるか、社長知ってるじゃないですか」


「知ってる。怖いよね、アルターエゴ。どうにもできないところが特に。無理に外から治すそうとすると危ないし、野郎としたら怒られたし」


 こともなげに言うクリスに、ジェフは口をパクパクさせて何もいえない。


 そこにカズィが頷きながら口を挟む。


「まあ、お前も実績があるではないか。スクールバス爆破犯、レッドキャップスによる銀行強盗、ソーマを服用したカルト宗教の戦闘員、すべてお前が無力化したではないか。お前に足りないのは自信である」


「そんなの、全部がやったことです! 僕じゃない!」


 話の中心にいるクローディアは、話の内容が飲み込めず、首を傾げるが、すぐに無関心な表情に戻る。


「アルターエゴにできることっていうのは、すなわち君ができることじゃないか。もっとうまくね。そう卑屈になるもんじゃないよ」


「――――――!」


 ケラケラ笑いながらのクリスの言葉に、ジェフは苛立ちを覚える。だが、彼が声を上げるよりも早く、ニコールが口を開く。


「クローディアさん、メガネを外してください」


 唐突な言葉に、ジェフは吐き出すタイミングを逃し、クローディアは警戒するように身を竦めた。

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