1-5 神代の系譜
「なんで? 今、私関係ない」
「いいから、外してください。どうせ、あと数分もすれば全員が知る話です」
「分かった・・・・・・」
クローディアは不承不承と言った様子で、眼鏡に手をかける。
(わかるよ・・・・・・。ニコールさんって、逆らえない怖さがあるよね・・・・・・)
普段彼女からホームスクーリングで勉強を教わっているジェフは、一方的な共感を覚えた。しかし、それを口に出すことはなかった。クローディアに気を使ったのではない。彼女の変化に戸惑ったのだ。
クローディアがメガネを外すと、彼女の髪は赤黒い光に包まれ、うねり蠢く無数の白銀の蛇に変じた。
「ご覧の通り、彼女はゴーゴンの神代の系譜――魔力の計測結果から、メドゥーサと判明しました。同時に、これこそが彼女が人身売買業者に売られた理由です」
ジェフは、呆気にとられていた。
神代の系譜とは神話の時代や伝説の中に生きた、神や怪物達の能力と容姿をもって生まれた人間を指す。
例えば、アラクネの神代の系譜ならば、下半身が丸々蜘蛛となる。
例えば、ネフィリムの神代の系譜ならば、巨人族を遥かに上回る巨躯を持つ。
例えば、両面宿儺の甚大の系譜ならば、二つの顔と、四本ずつの手足を持つ。
彼ら、あるいは彼女らが持つ固有の能力は、幾つもの魔術の元になったという。
しかし、その容姿と特異な能力から、人間のみならず亜人種からも恐怖の対象とされ、酷い差別にさらされている。
「どう、驚いた?」
クローディアは卑屈さと苛立ちまじりの笑みにも似た表情を浮かべ、ジェフを見据える。
「いや、別に? でも、苦労はしたんだろうなって。ウチの会社にも、神代の系譜の人は何人もいるけど、話聞くと本当に大変そうだもん」
ジェフの言葉に、クローディアは毒気を抜かれ、戸惑いの表情を浮かべる。
「・・・・・・えっ?」
「いや、僕はバロールの人によくしてもらってるけど、あの人が本当に苦労してきてるのを知ってるから。君も、今まで散々嫌な思いをして来たんだろうけど、大丈夫。RCIに神代の系譜を差別する人間はいないし、ロサンゼルスっていうか、都市部でそんなことを大っぴらにする人間は袋だたきに合うから」
ジェフの言葉に、ハンコックはうんざりしたため息を漏らす。すぐにやらかしたことに気づいたのか、彼はクローディアを見て気まずそうにいう。
「あー。勘違いすんなよ嬢ちゃん。俺は別に神代の系譜を差別してねえ。ただ、こいつが言ったバロールの神代の系譜ってのが俺の師匠でな。あのじーさんが苦労してきたのは俺ももちろん知ってるが、それ以上に俺は苦痛を味わされてきたんだよ」
「つまり、似たもの師弟だね」
楽しそうにいうクリスに、ハンコックは顔を目一杯しかめて見せた。
「さて、話を戻しましょう」
ニコールは、眼鏡を直しながら、クローディアに「もう眼鏡をかけていいですよ。よく頑張りましたね」と声をかけて続ける。
「ジェフリーさん。弊社には貴方の言う通り、他のPSCと比べても多くの神代の系譜がいます。バロール、斉天大聖、ガネーシャ――貴方は、彼らのいずれとも交流を持っていますね。であれば、こちらのクローディアさんの苦痛も理解できるはずです」
「それは、まあ・・・・・・」
「であれば、どうお考えですか?」
その問いかけには、彼女特有の穏やかな圧力を感じた。
「そりゃ、僕が手を差し伸べてどうにかできるならしたいですけど・・・・・・」
「ちなみに、警護任務中はずっとクローディアさんのそばにいてもらう必要があるため、座学は大幅に減免、日によっては完全免除になりますが?」
「やります!」
即答であった。周囲の人間のほとんどがドン引きするほどに力強く。
「決まりですね」
無関心だったクローディアでさえ、目を剥くこの状況で唯一冷静であった――いや、見る者が見れば「計画通り」とわずかに口元でほくそ笑むニコールが言うと、クリスが呆気にとられた表情でいう。
「君、ハンコック君の代わりにジェフ君の師匠やらない?」
「貴方がちゃんと働いてくれるなら、検討しますが?」
「ハンコック君、引き続き頑張って!」
ハンコックは、「いや、あんたは普段からちゃんと働けよ」と呆れながらつぶやいた。
「水曜日の朝にコミックストアに行けない人生なんて、死んだも同然さ!」
その言葉に、ニコールはため息をつく。その額に小さく青筋が浮かんでいることは、クローディア以外の全員が気づいていたが、誰も触れなかった。誰も藪蛇はごめんだ。
「さて、ゴキブリ――もとい社長の不快なジョークはさておいて、ダミアンさん、続きの説明をお願いしていいですか? 我々は一度技術部に行かないといけませんので」
クリスの「えっ、いつもより罵倒酷くない・・・・・・?」と本気で傷ついた様子の言葉をスルーして、ダミアンが答える。
「ああ、わかった」
そこに口を挟んだのハンコックだ。
「なんかあるのか?」
「ええ、クローディアさんのメガネはまだ不完全です。なんと言っても、メドゥーサの能力や存在強度は、他のゴーゴンとは比べ物になりません。完全に制御し切るまで能力を封印する必要がありますから。連邦捜査局のオフィスで証言してもらうのは、それが完成してからです」
「あー、なるほどね・・・・・・」
ニコールの言葉に納得したものの、いまいち状況には納得していない様子だ。
「では、行きましょうか、クローディアさん」
「分かった」
ニコールに伴われ部屋を出るクローディアの背中を見送り、カズィが口を開く。
「どうしたであるかハンコック? いつものお前なら、ジェフのパーカーのフードを引きずって、『仕事に取り掛かるまで数日あるなら、修行するでマッスール! ジェフをサイドチェストの似合う男にするでマッスール!』とか言い出すところであろう?」
「おい、そんなクソみてえな語尾使ったことねえぞ!」
ハンコックは、深くため息をついて続ける。
「正直な、賛成しきれねえ・・・・・・」
「意外であるな。散々弟子に無茶を押し付けてきたくせに」
その言葉にジェフは激しくうなずき、師匠に頭をこづかれる。
「できないことをやらせた覚えはない。さっき社長も言った通り、アルターエゴに出来ることは、こいつにもできることだ。キマイラも、すぐに逃げ出せると踏んで目の前にぶん投げた」
「うん、最後がイカれきっておるな。馬鹿じゃねえのお前」
「とにかくだ。これがケチな密輸業者とかだったら、何も言わずにジェフを送り出してる」
その言葉に、ジェフは「やっぱ師匠おかしいですって」と言って、もう一発小突かれた。
「でも、気がかりなことがあるんだよ」
『?』
ハンコック以外の四人が、一様に首を傾げる。
「全国に股をかける密売業者ってのは――」
「ああ、心配するな。俺たちも、市警も、情報部もジェフの様子はちゃんと監視する。本当にやばくなったら、お前達が出られるようにな」
ダミアンがハンコックの言葉を遮ってのやや早口な言葉に、彼は訝しげな表情をする。
「なあ、やっぱり今回の事、マーブ――」
「ジェフ君、お小遣いいる? ほら、最後になるかもしれないし、正式に仕事が始まるまでの数日間、遊び歩きなよ」
財布を取り出しながらの遮るクリスの言葉に、ジェフは慄く。
「なんでそんな不吉なこと言うんですか・・・・・・」
「やっぱり、マーブル・ホーネットが関わってるよなぁ・・・・・・。わざわざ連邦保安官じゃなくて、俺たちに護衛を依頼するあたり、ボスのエリック・サージが出てくる恐れがある――あるいは、もう出てきてるんじゃねえのか?」
ハンコックの言葉に、ダミアン、クリス、カズィは、一斉に目を逸らした。
「話してもらおうか」
ハンコックにすごまれ、ダミアンは気まずそうに頭を掻きながらいう。
「逮捕した犯人を護送するときに、メイン州支局がミソつけちまった。さっきは散々こき下ろしたが、フォー・ホースメンをクローディアの移送だけじゃなくて、そっちにもつけとくべきだったよ」
「被害は?」
「護送車を破壊された上に容疑者を全員拉致された。たった一人にだ。誰かはわかるな」
「エリック・サージか・・・・・・。奴の実力はフォー・ホースメン級じぇねえかよ・・・・・・」
「最悪だよ。メンツに拘ったメイン支局長は馬鹿野郎だ」
勝手に話を進める中、状況を十分に飲み込めないジェフはダミアンに尋ねる。
「あの、ダミアンさん、なんなんですか? その、マーブル・ホーネットって。それに、その、エリックって人も・・・・・・」
言いながら、嫌な予感が全身を駆け巡る。
スポーツで鍛えた直感が、「ヤバい」と連呼する。
そして、ジェフの勘はよく当たる。
「マーブル・ホーネットってのはな――」
その説明を聞いて、ジェフは、自失茫然となる。
「なあ、やっぱりこいつに任せて大丈夫か?」
ダミアンの言葉に、カズィとクリスは肩をすくめ、ハンコックは「だよなあ・・・・・・」と心配そうな声を漏らす。
「はっ・・・・・・!」
意識を取り戻し、ジェフは状況を整理する。
銀行強盗やカルト宗教が、パーティードラッグでハイになった高校の不良グループに感じてしまうような相手だと言うこと。そしてこれから自分は、サファリパークでライオンに与えられる肉塊よりもヤバい状況に飛び込むのだ。
「僕、死ぬのかなぁ・・・・・・」
理解が及ぶと、そう茫然と呟くことしかできなかった。
「ダイジョーブダイジョーブ。ほら、僕も君の修行の成果は見てきてるからさ、できないことは言わないよ。まあ、でも、エリック・サージを見かけたら、クローディアちゃん連れて逃げてね。絶対にカズィ君もハンコック君もいない状況で立ち向かわないように」
呑気な物言いのクリスに、ジェフは思う。
(今からでも、小遣いって言って財布の中身全部分取ってやろうかな・・・・・・?)
もちろん、そんなことをする度胸は、ヘタレの彼にはない。
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