1-6 マーブル・ホーネット

 マーブル・ホーネットを知らない者は、国内の裏社会ではモグリ扱いされる。


 彼らの密売ルートは全国に及び、主催する市場や、ただ出品しただけのオークションも含めて、彼らが関わらないブラックマーケットはほとんどない。


 商品の仕入れ先は全世界に及び、オノゴロのヤクザ他、南西大陸の麻薬カルテル、ユーロ地方各地のマフィアをはじめとする犯罪組織とも手を結んでいる。


 この組織を運営するのが、エリック・サージという男だ。


 そんな彼の姿はメイン州アンドロスコッギン群の山中、どこかの物好きが山林に建て、その死後は放置された山小屋にあった。


 その目の前にはボロボロのパイプ椅子が並べられ、縛り付けられている者達は、一人を除いて一様に項垂れている。その顔は発疹に覆われ、呻き声を漏らしてさえいる。おそらくもう五分もしないうちに事切れるだろう。


「もうやめろエリック! 今回の件、ミソ付けたのはあんたらの方じゃないか!」


 唯一意識を保つのは、他の者と違い、激しい暴行を思わせる青痣に顔を染めた男――人身売買業者のボスだ。


「いやいや、失敗を犯したのは君たちだろう? 君たちの動きが連邦捜査局に漏れ、我々はメイン州における重要拠点を失った」


「待ってくれ! 違う! 話を聞いてくれ!」


「いいや。やめておくよ。こういう時の主観的な話は、不愉快な言い訳でしかないと相場が決まっているからね」


 エリックは、左手の五指から黒い触手を伸ばす。彼の得意とする魔術――禁術である病毒イルネスと構築を組み合わせたものだ。男は、これで敵対者やヘマをした部下を処断する様子を何度も見てきた。


「君たちのせいで、私たちは何を失ったかわかるかい? もちろん、拠点の話じゃあない」


「やめてくれ・・・・・・頼む・・・・・・わかっているから・・・・・・」


 触手が、わずかに鼻先に触れて、もう懇願することしかできない。


「いいや、わかってはいないだろう。私が失ったのは、何よりも、メンツだ。裏社会においてそれを傷つけられることがどれほどブランドを下げることか。私が五年間探し続けたメドゥーサも奪われた。あれを活用する理論は完璧だ。しかし、今回の件で大幅に時間をロスした。スポンサーも顧客も、君の言い訳など聞きはしない。ただ、私の能力に疑いを持つだけだ」


「すまない・・・・・・。本当に・・・・・・」


 エリックは、ボロボロの状態で懇願する誘拐業者にため息をつく。


「ああ、そうだな。もういいだろう。確かにこれ以上は無意味だ」


 その言葉に、男は安堵の笑みを浮かべ、直後に血塊を吐き出した。みるみる内に全身が紫色に変わり、縛られたまま激しくうなずきながら、血混じりの泡を吹いて、やがて事切れた。


「死んだ人間に何を言っても無意味だからね」


 エリックはそう言って、山小屋を出る。入り口の脇には、側近が控えていた。


「中はどう致しますか? 放置しても、この辺りに人は寄り付きませんが・・・・・・」


「馬鹿を言うな。これは狩りのための小屋だ。今後、誰かが獲物を追いかけた末にここに出る可能性がある。であれば、完全に処分すべきだ」


「わかりました。では、死体処理を――」


「いや、小屋ごと燃やしてくれ。少し気が立っててね、感染力の強い細菌を使ってしまった。中に入らず、対炎性の結界で周囲を包んで焼いてくれ。煙が漏れないように、あとバックドラフト現象にも気をつけてくれ」


「では、そのように」


「ああ、ついでにもう一つ頼んでもいいかな?」


「もちろんです。ボス」


 側近の頼もしい言葉に、エリックはうなずきながらいう。


「国内便のチケットを手配してくれ。君なら私偽名は全て覚えているだろう?」

部下は、エリックの言葉の指すところを察して言う。


「もちろんです。では、直接ロサンゼルスに?」


 側近の問いに、エリックは不敵に笑って答える。


「知ってるだろう? 私は、仕事の重要な局面は、自分で手を下さなきゃ気が済まないんだ」

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