3-2 行動開始

 甘いコーヒーに舌と胃をやられ、顔を青ざめさせてジェフはクローディアとともにコーヒーショップを出る。

窓の外はすでに西に傾いていた。

「そろそろ、帰ろうか。買い忘れはない?」

「いっぱいある。服や日用品は買えたけど、それ以外の娯楽系のものは全然買えてない。誰かさんがグロッキーになってたせいでね」

一切の遠慮のないクローディアの言葉に、ジェフは申し訳なさを覚えて閉口する。

「あー……。うん。ごめん……」

半分正直に、半分不承不承といった形で謝る。

「――そう思うんなら、事件が解決した後、また付き合ってよ。私はロサンゼルス近郊か、アンタの実家の近くの里親に引き取られるんでしょ?」

「うん。そうみたいだけど……。えっ? なんで僕?」

純粋な疑問を口にすると、鋭い目で睨め付けられる。

「いやだって、新しい友達っていうか、男の僕より女の子に付き合ってもらった方が――」

「そんな人に荷物持ちなんて頼めないでしょ?」

憮然としたクローディアの言葉に、しかしジェフは納得する。

「ああ、うん。そうだね」

言っていて、少し虚しくなった。

(やっぱり、この子、可愛いけどめちゃくちゃ怖いよなぁ……。っていうか、ニコールさんに似て来てないか?)

そんなことを思いながら二人で歩きながら地下鉄の駅を目指す。

すると、いきなり周囲をガラの悪い連中に囲まれる。

「おい、このガキじゃねえ?」

無遠慮にクローディアをスマートフォンの画面と見比べながら何かを相談している。

「行こう、クローディア」

 彼らを迂回してジェフは彼女の手を引いて、駅へ向かおうとするが、彼らは素早く二人の前に回る。

「いや、そうもいかねえわ。俺らも仕事なんでな」

「そのガキ置いてけよ兄ちゃん」

「別に変なことしようってワケじゃねえんだよ? 俺たちロリコンじゃねえしな」

 なにが面白いのか下卑た笑いを上げて笑い始めるチンピラたちに、ジェフはため息をつく。ハリウッドは世界一のエンタメの中心であり、そのせいもあってか治安はロサンゼルスの中でも比較的いい方だが、それでもこういう輩がいないわけではない。

「僕よりバカなや人って、いるんだなぁ……」

ポツリと呟くと、それが耳に入ったのか、一人のチンピラが顔中に青筋を走らせてがなる。

「ああん? てめえもっぺん言ってみ――」

しかし、不意にその言葉が途切れ、表情が凍る。

「全員動くな」

 警告を発するのは、チンピラの後頭部に、魔術記号が刻印された小銃を押し付けるSWATの隊員がいた。その背後には装甲車からフル装備で飛び出してくる他の隊員たち。

 明らかにチンピラ相手に過剰戦力だが、今回の事件の概要をする人間からすれば、当然の備えと言えるだろう。

 野次馬たちが何事かと見守る中、三十秒もかからない間に彼は流石の手際でチンピラたちを制圧し、装甲車に押し込めていく。

「お出かけは、しばらくやめたほうがいいかもなぁ……」

 その様子を眺めながら、最初に小銃を突きつけていたSWAT隊員が残念そうに言う。こうやって作業に参加していないあたり、彼が一番偉いのだろう。

「そう、ですね。悪いけど、クローディア――」

ジェフが言い切らないうちに、彼女は頭を振って応える。

「ううん。わかってる。これから、聴取はダミアン達にRCIに来てもらうことにする」

 相手はおそらくはマーブル・ホーネットに雇われたチンピラたちなのだろうが、この次はなにがくるかわからない。それこそSWATと遜色のない装備の傭兵や私兵かもしれないし、フリーランスの非合法魔術師が呪詛を放ってくるかもしれない、実働部を警戒したエリック・サージがいきなり直々に出てくることだってあり得る。

「まあ、今日のところはもう帰ろう。送って行ければ良いんだが、俺たちの車はあのチンピラを載せちまったら――」

SWAT隊員が装甲車に目を向けながらいうと、その言葉は爆発音にかき消された。

 悲鳴を上げながら野次馬たちが散っていくその中心には、爆炎をあげるSWATの装甲車があった。周りの隊員は暴風に吹き飛ばされていた。

「見るな!」

 ジェフ達と話していたことで唯一難を逃れたSWAT隊員が、ジェフとクローディアの前に体を滑り込ませる。しかし、ジェフは見てしまった。押し込まれたチンピラ達が火だるまになって装甲車から飛び出し、やがて力尽きるのを。

 爆発音と同時にクローディアを庇うことができたのは僥倖だったと言っていいだろう。そうでなければ彼女はこの光景を目にしてしまっていたはずだ。

「逃げろジェフ君!」

 SWAT隊員はそう言って、照準を宙に向かって構える。やがてセミオートで発砲。その銃口は、背の低いビルの屋上、対戦車ロケットランチャーを構える男に向けられていた。

それだけではない。今までどこに隠れていたのか、一眼でギャングとわかるような連中が一斉に飛び出す。

 今までジェフ達を守っていた私服警官達もそれに応じるべく飛び出し、ハリウッドの一角はものの三十秒の間に、銃声が響き魔術が炸裂する戦場の様相を呈した。

その光景に正体を取り戻し、ジェフはクローディアの手を引いて走り出す。

「いくよ!」

「あっ、ちょ、ちょっと!」

 同じく呆然としていたクローディアは、ジェフに引っ張られてようやく状況を理解したようだ。最初は戸惑うばかりだったが、すぐにその足は動いた。

それから数十メートルも走らないうちに、爆発音が続いた。

 思わず背後を振り抜くと、さっきのSWAT隊員が同僚――あるいは部下を――庇いながら、ロケットランチャーの男と渡り合っている。

だが、爆発音の元はそれだけではなかった。

「なんだよこれ……」

ジェフは思わず声を漏らした。

 視線の先にはロサンゼルスの市街地――そこから、いくつも黒煙が立ち上っている。まるで、テロの被害にあったか、戦場に成り果てたかのようであった。

「みんな、大丈夫かな……」

クローディアは不安げに言って、ジェフの手を握る。

「うん。大丈夫。あそこにはまだ師匠がいる。それに、カズィさんやニコールさん、副社長も。だから、あの人たちは大丈夫だよ」

 虚勢でも励ましでもなく、本当にそう思っている。実働部の大人達は心配するだけ無駄――というより彼らを心配するのは失礼だと思うほどだ。そして、彼らがいる以上、本社ビルや系列の病院は大丈夫だろう。それに、市と協力して設置した結界もある。

だが、クローディアは言葉だけでは安心できないらしく、彼女の手は少し震えている。

 これ以上は励ましの言葉をかけるより、さっさとRCI本社に戻った方がいいと考え、ジェフはまた彼女の手を引こうとする。背後からクラクションに呼び止められ、二人で体を硬直させてしまう。

「連邦捜査局のボーマンだ! 君たちを助けに来た! すぐに車に乗ってくれ!」


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