3-3 参戦
「どうなってんだこりゃぁ……」
地下のトレーニングルームで自分を落ち着かせるのがすっかり日課になったハンコックは、オフィスに戻ってスポーツドリンクを飲んでいた。
なんの気無しにつけていたドラマの再放送が緊急速報に変わり、ハリウッドでの暴動が報じられ、彼は大きく目を見開いた。
「流石にこれは、ジェフには荷が重いな……」
空のペットボトルを握りつぶしてゴミ箱に投げ入れると、そのままオフィスを飛び出す。
自動ドアが開くのももどかしく感じていると――
「ウヒャア!」
情けない声をあげるカズィが目の前にいた。
「ビビらせるなであるよもー」
「悪い、部長。今それどころじゃねえ」
「ああ、ハリウッドな。ジェフリーとクローディア嬢を迎えにいくんであろう?」
「ああ。流石に暴動の真っ只中はキツい」
カズィは少しため息をついて言う。
「その前に、情報部のオフィスに来るである」
「ああん?」
自分でもわかるほど、怪訝な顔をして苛立ちを滲ませる。しかし、それを一気に放つことはしない。普段のカズィなら、「やりすぎるなよ。言っても無駄だとは思うであるが」と見送ってくれるはずし、それを察することができるくらいには冷静だ。
「状況は、我々の想定を大きく超えていたのである」
「わかったよ」
くぐり抜けるのは無理でも、自分が行くまでやり過ごすことはできるだろうと、一旦は弟子を信じて、ハンコックは頷いた。
それからすぐに情報部のオフィスに移動する。
ダミアンとその部下の連邦捜査官が、情報部のエージェントと真剣な顔で話をしている。彼はこちらに気づくと、一言断ってこっちに駆け寄ってきた。
「悪いハンコック。こっちのミソだ」
「どうしたよ? ジェフは無事なんだろうな?」
ダミアンはすぐには答えず、自分の禿頭を掻く。
「話すと長くなるんだがな――」
「短く言え。別にアンタを殴ったりしねえから」
「妙な動きをする捜査官を調べたら、入れ替われてることが分かった。ほんの三十分前だ。本人は家の天井裏で白骨死体になってた」
「マジかよッ……」
想定外の事態に、ハンコックは舌打ち交じりに吐き捨てた。
「顔どころか生体情報も騙せるんだから、魔術社会ってのは忌々しいね。俺みたいなオークが言うことじゃねえんだろうけどさ」
ダミアンは肩を竦めて続ける。
「それで、だ。その入れ替わった偽捜査官は、今日も普通に出勤していた。俺たちが気付いた頃には、ウチの車でドロンだ」
「居場所の特定はできねえのか?」
「できるに決まってるだろ。オイ、頼む!」
ダミアンが声をかけると、彼の部下が走る車を映したタブレットを持ってくる。ライブ映像のようだ。
「入れ替わられた捜査官の名前は、ナサニエル・ボーマン。最悪なのはな、暴動の最中、この車に――」
それ以上聞く必要はなかった。
「ジェフとクローディアが乗ったんだな?」
ダミアンは申し訳無さそうに頷く。
「うちの部隊が向かっているが、なんせこの暴動だ。車も思うように進まねえ。だから――」
ハンコックは、ニヤリと笑う。ダミアンにはその反応が意外だったようで、一瞬目を剥いていた。
「いやいい。わかった。わかったよ。その代わりだ――」
「ああ。犯人の口がきければ、あとはどうなってもいい。うちの車が廃車になるのは、荒事になれば日常茶飯事だからな」
「オーケー、任せな」
ハンコックはダミアンの肩を叩いてやると、カズィに目を向ける。
彼は頷いて言う。
「犯人とジェフリーたちの無事は疑わん。だが、余計な被害を生むなよ? どうせ無駄だとは思うであるが」
投げやりに聞こえるその言葉は、今度こそゴーサインだった。
ハンコックが床を蹴って情報部のオフィスを飛び出そうとしたその時、警報が響き渡る。
「おいおいおいおい今度は何だぁ?」
情報部長が苛立たしげに言うと、エージェントがモニターを操作し、ビルの外を移す。
「あー、マーブル・ホーネットだっけ? あいつらなに? イカれちゃってんの?」
情報部長の言葉に、ダミアンは深くうなづく。
「ああ、お前らのお仲間と同じなくらいにな。ベクトルは違うがな」
モニターには隣国、メヒカーノスの陸軍正式採用型の戦闘ヘリが映し出されていた。数は八。このRCI本社ビルを取り囲む形で近づいてきている。
カズィはうんざりする様子でため息をつく。
「優先順位はわかるな?」
ハンコックは唇を歪める。
「あんた一人でどうにかなるだろ?」
「上司を顎で使うな! ここが落とされたら何にもならんであろうが!」
ハンコックはげんなりしたため息をついて、「へいへい。言ってみただけだっつーの」とぼやくいて、即座に顔を引き締める。
「悪いけど、俺は北側の半分しかやんねえぞ」
「ああ、吾輩は南側をやる。ジェフリーとクローディア嬢を頼むぞ」
カズィの言葉にハンコックはニヤリと笑い、スタート位置につく寸前の短距離走選手のように、ポーンポーンとゆっくりジャンプする。
「なあ、オイ。マジで? そうゆうことする?」
「ああ、する」
何が起こるか具体的に想像してしまった情報部長にニヤリと笑い、ハンコックは答えると同時に、身体強化を発動――書類や機器を撒き散らしながら、窓をぶち破って外へ飛び出す。
もうすでに戦闘ヘリはビルを取り囲む位置に来ていた。
ハンコックの姿を見て北側の四台は一斉に機銃やミサイルを撃つ。並の魔術師――いや人間ならば、自らの死も理解できないうちに赤い霧に変わるこの攻撃を、しかしハンコックは気流を操ることで急激に上昇して回避。
彼に殺到していた弾丸やミサイルは、その背後のRCI本社ビルに直撃する――しかし、弾丸の着弾箇所のすぐ上に薔薇色の燐光が浮かぶ。それはすぐにビルの外壁を包んでいき、カズィがハンコックに遅れて窓を飛び出し、そこが緊急用シャッターで塞がれるのと同時に、外壁を完全に密閉する。
しかし、それだけでは終わらず、燐光はダウンタウン――いや、ロサンゼルス全域へと広がっていく。
『テロ攻撃を感知しました。これより、RCI本社は対テロ防護モードへ移行。術式精霊の家を発動。屋外の市民の皆様は、急いで近くの建物へ避難してください。この措置はカリフォルニア州魔術犯罪取締法に準じており――』
RCI本社から響くアナウンスを耳に、ハンコックは風属性の向きを変えて急降下。狙うべきは戦闘ヘリの直上――ローターの中心点だ。
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