4-7 過去も恐れも乗り越えて

「ハハハハ! やるじゃないか! ジェフリー・バックマン! アルターエゴを制御できたようだね!」

やたらテンションが高く、声もでかい。それがひどく不気味に見えた。

「なんだアンタ? クスリでもやってんのか?」

「クスリ? ああやっているとも! 君の師匠に殺されかけたからね! ハハハハハハ!」

なるほど、病毒の魔術で覚醒剤かモルヒネでも作って、自分に投与したのだろう。

 それがどれほど相手の調子を取り戻させているかを考える暇もなく、エリックはジェフ目掛けて左手を向けると、触手を伸ばす。

「くっ・・・・・・」

身体強化の乗ったステップで回避するが、距離が離れてしまう。

「ハハハハハハハハハハ!」

 エリックは高らかに笑いながら、右手でコンソールを操作――祭壇が起動し、それを囲む柱の間に白い燐光が舞って壁を形成する。

「ジェフ――」

クローディアの顔が恐怖に青ざめると、そのまま意識を失って倒れ込んでしまう。

「クソッ――!」

 儀式が始まったことにジェフは毒づいて、踏み込んで前へ進む。再び襲いかかる職種は、脇によけてナイフで切り払った。

「もういいだろう? ジェフリー・バックマン。君の負けなんだよ! ハハハハハハハハ!」

ハイになったエリックは、さっきまでの冷徹さからは想像もつかないほど高らかに笑う。

「かもなあ! だったら、こうすればいいだろ!」

 ジェフは床を蹴って方向を転換――エリックから祭壇へ標的を変え、祭壇を囲む柱目掛けて突進する。

眼下では、倒れたクローディアが見えない力に引きずられ、中央に移されていた。

(このクソ祭壇をさっさと――!)

「ハハハハハハハハ!」

 ぶっ壊れた狂笑が響き、ジェフと祭壇の間に黒い壁が――エリックが両手から伸ばした触手を展開したものだ――現れる。

「うおおおおおおおお!」

 思わず声をあげ、防護用の壁を構築しようとするが、間に合わず、ジェフは肩から触手の壁に突っ込んでしまう。

その反動で床を転がり、ジェフは自分の失敗に顔を青ざめさせる。

(クソッ! 迂闊に飛ぶんじゃなかった! あいつの触手は――)

「――――――――ん?」

しかし、変化は一向に訪れない。

先の発疹のような症状はおろか、目眩も発熱も痛みも何もない。

病毒が付与されていないただの触手なのかと思ったが、

「ハハハハハハハ。おしいねえ。まともにぶつかっていれば、死んだのに。ハハハハハハハ、残念だ」

エリックはハイな声で全く残念じゃなさそうにいう。

 その様子から、彼が嘘をついているようには、というか、つけるような状態でないのは一目瞭然だ。

「だとすれば――」

 ジェフは、勉強はできないが、勘働きは悪くない。その様子に覚えた違和感を元に、思考を全力で回転させる。

 思い出すのは自分が受けた攻撃、そしておぼろげな視界の中でハンコックが触手を受け止めた瞬間。

「これなら――」

 続く「どうだ!」という叫びは噛み潰して、構築を使用――両手を多くシンプルな手袋を作り出し、追撃する触手を握り込み、残りの三本は蹴り飛ばす。

「・・・・・・よしっ!」

果たして、病毒がジェフの体を蝕むことはなかった。

「ほう・・・・・・」

それを見て、エリックはハイになっていた精神を落ち着かせる。

「気づいたのかね? 意外に洞察力はいいようだ」

魔術を解除しながら言う声には、ほんの少し苛立ちが混じっていた。

触手が霧散して、両手を握りしめるジェフは、エリックに向き直り、不敵に笑う。

「ああ、お前の触手は、直接地肌に触れなきゃ効果を発揮しない。俺には首に巻きつけたし、師匠は素手で握らせた。だから、服やグローブ、靴で触った俺はピンピンしてる。違うか?」

「やれやれ、こうも不調では、楽に勝てる相手ではなかったか・・・・・・。まったく、君ごときに全力を出すことになるとはね」

 エリックがぎこちなく両腕を持ち上げるのを見て、ジェフはパーカーのフードを被り、両手のグローブに魔力を通し、持続時間を伸ばす。

 ジェフが駆け出すと同時、エリックは再度触手を展開する。しかし今度は、それを両手に巻き付けた。まるで、手首から先にこちらへ向けて砲身を形作るかのように。

直感が全力で警鐘を鳴らす。

「――ッ!」

 砲身から粘液の塊が放たれる瞬間、ジェフは床を蹴ってキャットウォークへ飛び上がる。過剰とも言える回避行動だったが――

「マジかよ・・・・・・」

その判断は正しかった。

 祭壇を囲む魔力バッテリーや機器類、それらをつなぐケーブルを包むように着弾した粘液は瞬時に黒く染まり、その内側を黒い何かで包んで蒸発。後に残ったのはグズグズに崩れた魔力バッテリーの残骸と、綺麗なコンクリート製の床だけだった。

「私が独自に作り出した、魔力を食うカビさ。森羅万象あらゆるものには魔力が流れ、それを食い尽くされると言うことは、消滅することを意味する。それが――」

「この結果ってワケね・・・・・・」

キャットウォーク目掛けて放たれるカビ胞子を内包した粘液が、再度ジェフに迫る。

「やれやれ万全なら、もっと命中精度もあげられるんだが・・・・・・。――まあ、空気や光にひどく弱いから、売り物にならないし、ウィラード・ハンコック相手には風で飛ばされるから、使い処がなかったが、君相手には十分効果を発揮するようだね」

「ああ、クソッタレ! てきめんだよ!」

 あわてて飛び降りて、頭上の通路がまるまる霧散する音を聞きながら、ジェフは壁を蹴って軌道修正――エリックを飛び越えて祭壇の反対側へ。

 追いかけてこないのは、さっき腕の動きがぎこちなかったことからみるに、やはり体が万全ではないのだろう。もしかしたら、魔力は練ることはできても、体を十分に動かせるまでは回復していないのかもしれない。

(ああちくしょう! 恐いなあクソが!)

 アルターエゴの影響で、目つきと言葉遣いが別人のようになったとはいえ、ジェフの本質は何も変わらない。

心の中で弱音を吐く。

――なんだ、まだ自分が何を恐がるべきかわかってないのか?

アルターエゴの嘲笑が聞こえた気がした。

 もちろん、あれはもはやジェフの一部になっているし、今までの頭に響く感覚とは違う。ジェフの心が生み出した幻聴だ。

だがそれでも、ジェフは言い返さずにはいられなかった。

「言ってやがれ!」 

 何も変わらないからこそ、その決意は、覚悟は、恐怖程度では幾分も揺らがない。

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