4-8 決着
エリックからただ逃げたわけではない。
自分のやるべきことは、クローディアの救出だ。であれば、それ以外はどうでもいい。さっさと救出して、カズィに助けを求めればいい。恐怖もプライドも、後から文句を言われるだろうという情けない気持ちも、今は捨て置くことにして、構築で手袋の上からナックルダスターを形成、燐光の壁を殴りつける。
「なっ・・・・・・」
しかし、なんの手応えもない。弾性が強いとか、硬い壁を殴って強い衝撃が返ってくるというわけではない。いや、壁に拳を止められたという感覚すらない。何もない場所に拳を突き出したような、本当に何もないような感覚に目を剥くと、頭上から、カビを内包した粘液の砲弾が迫る。
「クッソ! 本当に死にかけかよ!」
毒づいてこれを回避すると、また接続される機器がカビにくわれていく。
「いいことを教えてあげよう。もはや祭壇はこの世にない。この柱は、祭壇とは別の触媒でね、囲んだ範囲を隔絶する効果がある。この中はもはや、神代なんだ。見たまえ、ジェフリー・バックマン。儀式はもう大詰めだ」
ジェフが顔を上げると、クローディアの体が宙に浮かび、貼り付けられるようにその両手を広げる。
だが、ジェフの顔に、一つのアイディアが浮かぶ。
行動は早く、早速身体強化も何も使わず、柱を蹴飛ばしてみる。
「んんッ・・・・・・!」
足が痺れるほどの衝撃が走って思わず涙目になるが、確信は得た。
「おいエリック!」
ダメ押しの確認をするために、声をあげる。
「何かね? それと、一応は年上なんだ。ミスターくらいはつけてくれても良くないか?」
曲射でカビの粘液を撃ちながらとはいえ、応えてくれるあたり、まだハイな気分を抑え切れていないのかもしれない。それを回避しながら、着弾地点を観察し、タイムラグを測る。
「この柱、これ自体は隔離されてねえんだよな? つか、なんでこんなに数があるんだ?」
「ハハハハ! そうだよ。だが、君の身体強化の出力がウィラード・ハンコックのレベルに達していなければ、破壊は無理だろう。それに、この柱はサイズの割に効果範囲が狭くてね、このサイズの祭壇を囲むのには、どうしても十三本必要だったんだよ。メドゥーサが逃げ出さないようにね。それが、どうかしたかね?」
回答とともに、再び粘液が飛んでくる。
今度は完全に回避せず、只の棒を構築。着弾前の粘液を絡め取る。純粋に魔力だけで編み込まれた物体だが、内臓魔力量は普通よりも濃いため、カビに食い尽くされるまでの時間は、他の機器よりも長い。
(魔力バッテリーは残骸があるからもしやと思ったが・・・・・・、このカビ、魔力が濃いものは食い尽くせないんじゃねえのか? 魔力を食って成長しても、粘液の外に出たら霧散しちまう・・・・・・。だったら――)
ジェフの顔が我知らず喜悦を浮かべる。クローディアの意識があったら、それだけで「こっち見ないでくれる?」と冷たく言い放って目を背けるやばいツラだ。
「どうかしたかね?」
「別にぃー。俺の勝ちだってだけだよ」
不敵に言いながら、四度目の粘液の曲射を、構築で作った棒で絡め取る。今度は、船のパドルのように、先端部分が平たくなっている。そして、カビがそれを飲み込むよりも早く、祭壇を囲む柱に叩きつける。
「なっ・・・・・・!」
柱が黒い胞子に飲み込まれると、エリックは驚愕の声を漏らす。
「やってくれたな貴様ああああああああああああ!」
やがて柱が霧散して、結界にノイズが走ると、エリックは怒号をあげる。
(あーあー、ヤダヤダ。冷静さを失った大人ってみっともねえな)
心中で軽口を叩きながら、柱を避ける以外は狙いも何もない粘液の連射を回避しながら前進。同時に構築を都度再発動してパドルで絡め取ると、次々と柱になすりつけていく。
やがて柱の半分が消滅し、結界が消えると同時、エリックの姿を捉える。同じくジェフを捉える彼の表情は――
「――なんてね」
――喜悦に歪んでいた。
彼は両手の触手を融合させる。一度は長大になったそれは、エリックの組んだ両手をすっぽり覆う程までに圧縮された。
ジェフはすかさず盾を作り出し、前方に構える。こちらはジェフの体をまるまる隠すほどに巨大なものだ。
「まったく、想定外の連続だ。君に、この手段を使わなければならないなんてね!」
砲身から高速で液体が飛び出す。病毒で生み出された水銀に、触手内で圧力を加えウォーターカッターとしたのだ。
「だが、この後に及んでの突撃は愚策――なっ!」
斜めに振り上げられた水銀は、なんの苦もなくシールドを切り払った。しかしそれだけ――ジェフの姿はどこにもない。
その姿はエリックの直上、逆さまの姿勢で天井の鉄骨目掛けて飛び上がっていた。エリックの注意が縦に向き、水銀を放ったと同時に跳躍したのだ。
最大出力を出したので、流石に体が軋む。だが、幸いにしてドラッグの影響を受けているエリックに気づかれずに済んだ。
そのまま着地と同時に、鉄骨を蹴って再度跳躍。
エリックが気付いた頃には、ジェフは狙いを定めていた。
「これで――終わりだあああああああああああああ!」
ニードロップので飛び込んでくるジェフに、エリックは触手を展開するまもなく身構える。
しかし、攻撃はその脇をすり抜ける。
そして、破砕音が響く。
「なっ・・・・・・」
制御装置が粉々に砕け、その破片を撒き散らすのを、エリックは呆然としてみていた。そしてその顔面に、ジェフの堅く握られた拳が突き刺さり、機能を失った柱に叩きつけられた。
「クローディア!」
ジェフは敵に構わず、祭壇を見上げる。儀式を止めるために手っ取り早いと考え、制御装置を破壊したのだが、彼女の体は以前宙に浮いたままだ。
そして、ジェフを焦らせるのはそれだけではない。
「髪が・・・・・・」
クローディアの髪、それを形成する蛇は、元々は白銀だった。だが、それが今や血をぶちまけたような赤色に染まっている。
「ふ――フハハハハハハハハハハ!」
エリックがよろよろと立ち上がり、哄笑を上げる。
「遅かったね、ジェフリー・バックマン!」
彼は祭壇に直設手をついて立ち上がっていた。
「儀式は中断されたが、私の目的の半分は成った! クローディア・メルヴィルはもうここにはいない!」
その宣告が、ジェフの目の前を暗くする。
「メドゥーサは、降臨した!」
「証拠、あんのか? 儀式の影響でクローディアの髪の色が変わっただけなんじゃねえの?」
「かもしれないねえ。では、試してみよう」
右手を祭壇について体を支えるエリックは左手を苦痛に顔を歪めながら持ち上げ、触手を伸ばす。しかしそれはクローディアに巻きつくことなく、その首筋を掠めた。一拍の間を置いて、クローディアの首筋から血が溢れ出した。
「テメエ!」
叫んで飛びかかるジェフも、クローディアの首筋から降り注ぐ血液も意に介さず、エリックは触手を引き戻し、そこに付着した血液を舌で掬いあげた。
「メドゥーサの動脈の血! これで――」
そして、変化が起こる。
「これで、私の目的は果たされる」
たった血液のひと舐めで、エリックの動きからはぎこちなさが取り払われ、異常な興奮を見せていた表情が落ち着きを取り戻す。
「ふむ・・・・・・。自ら実験するのも悪くないようだ。だが、二度とはごめんだね。さあ、ジェフリー・バックマン。命が惜しければ、そこで見ていることだ。彼女が無為に死ぬ前に、この儀式の終わりを――」
万全を取り戻したエリックの言葉は、ジェフの耳に入らなかった。
メドゥーサの血の効果で、薬物の興奮作用が取り除かれてなお浮かれていたエリックは、クローディアの首筋の傷が塞がっていることに、そして空気が一変していることに気づいていないようだった。
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