2-4 ロサンゼルス

 やがて、ジェフとクローディアは連邦捜査局へ向かう。


 ハンコックは窓越しに町並みを――その中に溶け込んだ二人を眺めている。


「以外だね。君はもう少し文句を言うと思っていた」


 ロバートからかけられた言葉に、ハンコックは溜息をついて肩をすくめる。


「冷静になったのさ。エリック・サージにはかなわなくても、その私兵ぐらいならワケねえよ。いやまあ、小銃が二桁になったらちょっと危ないけどな」


 笑って見せたが、その笑顔はどこか引きつっていた。


「信じてみせるのはいいことだね。だが、それならもう少しどっしり構えたらどうだい?」


「俺はあんたみたいに、高度三千メートルからパラシュートなしで弟子を突き落とすようなサイコとは違うんだよ」


 それを聞いていたカズィは、当時を思い出して「アレはマジで引いたであるわー・・・・・・」と呟いた。


「言ってくれるね。君は生き延びたどころか、そのままテロリストを確保して見せたじゃ無いか。君ならできると信じていたんだよ――いや、知っていたと言うべきかな?」


「元デルタフォースってのは、皆頭おかしいのか?」


「人の古巣を悪く言うんじゃないよ。Navy Sealsに比べたら遙かにまともさ」


「それ、ジェフの前で言うなよ? あいつの親父さんはSealsだ」


「ああ、それは気をつけなきゃね」


 ハンコックはもう一度溜息をついて話題を戻す。


「俺はあんたほどイカれた覚えはないし、古巣はくそったれのギャングか最低の刑務所だ。でも、あんたに習うことにしたのさ。あいつにエリックの確保は無理だ。でも、私兵なら確保できるだろうし、逃げるくらいならできる――それを信じてるんだ。いや、知ってるんだよ」


 その言葉にロバートは口元を緩める。


「弟子の成長はいくつになっても嬉しいものだね。ただまあ、もう少し口のきき方は教えるべきだったかなとも思うけどね」


「けっ! 言ってやがれクソジジイ」


 ハンコックは照れ隠しに中指を立てて見せるが、ロバートは気を悪くするどころかなおも嬉しそうに笑うばかりだ。


 少しの間のち、ハンコックは吹っ切れたように言う。


「まあ、気をもんでても仕方ねえからな、地下でトレーニングでもしてるわ。なんかあったら呼んでくれ」


「ああ、わかったである」


 ロバートともにハンコックを見送って、カズィはからかうように言う。


「お前も、弟子に気を遣うんであるなぁ。『もう少し文句を言うと思ったよ』ぉ? あいつ、おしっこ我慢する子供みたいになっていたではないか。そわそわそわそわって。それをよくあれだけの会話で落ち着けられるものであるな」


 ロバートは図星を疲れて少し気まずそうに笑う。


「もう二十五年の付き合いですよ? まあ、このくらいは・・・・・・。しかし、まあ、恥ずかしいものですね。見透かされるのは。六十五にもなって年甲斐も無いのは重々承知なのですが、どうしても弟子が心配で・・・・・・」


「お前ら、本当によく似た師弟であるよ・・・・・・」


 カズィの言葉に、ロバートは首をかしげる。


「僕はハンコックほど、弟子の指導を厳しくしていませんよ?」


 本気の疑問の言葉だった。


「アハハハハハハ。あーそう。うん、そうなんであるかー。ふーん・・・・・・」


 端から見て、ハンコックからジェフへの指導は厳しいなんてものでは無い。手加減が下手な奴が、才能無い奴を指導するので死にかけることもしょっちゅうだ。


 しかし、それでも現役時代のロバートが若い頃のハンコックを指導していたのに比べれば、海兵隊のブートキャンプと少年野球の練習くらいの差がある。手加減をする気が無い奴がそれなり以上の才能を持ったものを指導するのだから、当然だろう。

(ジェフは、こいつらみたいに苛烈な魔術師になってほしくないであるよなぁ・・・・・・)


 カズィに生暖かい視線を送られるも、ロバートはその意味がわからず首をかしげるばかりだった。



「うわぁ・・・・・・」


 思わず、クローディアは声を漏らした。


 ロサンゼルスのダウンタウンの町並みは、メイン州の田舎で生まれ育ったクローディアにとっては新鮮で、思わず声を漏らす。この数日前から逗留してはいたのだが、車でニコールのマンション、RCI本社、郊外のRCI研究部の施設を行き来するだけだったので、実際歩くとなると、また別の感慨がある。


「なんで、そんなに下向いて歩いてるの? 危ないよ」


 側を歩くジェフに言われて、少しむくれる。


「癖なの。どうでもいいでしょ」


 以前は以前は蛇の髪を揶揄され、同世代の人間に出会えば石を投げられる日々だったのだ。


「町並みに感動してたのに?」


「うるさい。どうでもいいでしょ」


 さっきよりも強く言葉をぶつけてやるが、ジェフはどこ吹く風という風だ。


「目立ちたくないのは分かるけど、そんな歩き方してると余計に目立つよ。今はほら、髪の毛は普通なんだし。君も目立ちたくはないでしょ?」

 

 腹の立つ物言いだが、一理ある。


「ほら、これでいいんでしょ?」


 クローディアはヤケクソ気味に顔を上げ、ジェフに吐き捨てる。


「そうそう。楽しいものはいっぱいあるんだし、人に紛れたいならそれが一番だよ」


「知った風な口聞かないで」


 苛立ちの理由をそのままジェフに叩きつけてやる。


 しかしジェフは短くため息を漏らすだけで、クローディアに言う。


「まあ、経験談だよ。僕も、それなりの理由でここにいるからね」


 そう言って、歩き始める。クローディアもそれに続いた。


 街には、田舎では見なかったものが溢れていた。


 人種どころか種族の垣根を超えたグループが、観光やビジネスに勤しんでいる。


 ビルの屋上には、エルフのファッションモデルがイメージキャラクターを務めるブランドの看板が掲げられている。キャッチコピーは「Trendyかっこいい? No,いや、 I am trndierその上を行くのさ!」だ。


 少し進んだところで見た街頭ビジョンでは、人魚だけで構成されたパフォーマンスグループの新曲のプロモーションビデオが流されている。


 そのどれもが、自分の産まれたシュルヴァンスではありえない光景だ。

 住んでいるのは人間だけだし、外から来るのは納品業者や宅配便のトラックだけ。


 人間ならば人種は気にされないが、人魚の歌手の歌を聴いているなんて言えば、それだけで虐めのターゲットになりかねない。


 だから、クローディアの心には、違う感情が渦巻く。


「前にも言ったけどさ、RCIには副社長以外にも神代の系譜がいっぱいいるし、街にはもっといる。いい街だよ、本当に。でも、僕はサンディエゴの方が好きだけどね。もう三年、実家には帰ってないけど」


 どこか影のある物言いに、クローディアは気づかなかった。


 渦巻く感情は、さらに強まっていく。


(いい街? そうね。そうかもね)


 暗い感情は渦を巻き、やがて具体化していく。


(それなら、なんで私はここにいなかったの? なんで私はあんなに苦しんだの? なんでみんなこんなに笑っていられるの?)


 生まれて初めて、神代の系譜の――メドゥーサの能力を使った時のことが頭をよぎる。

 小学校に入ってすぐの頃だったろうか。母親から家を理由もなく叩き出された時、同級生たちが車に轢かれた子猫を囲んでいた。


 誰がどう見ても助からないほどの大怪我を負ったその子を見て、みんな口々に哀れみの言葉を言っていた。


 クローディアには、自分ならば助けられると言う自負があった。能力の使い方は、手足と同じように、生まれた時から知っていた。


 果たして、子猫の傷は癒えた。まず安堵して、次に期待があった。みんなの輪に入れると。


「気持ち悪い・・・・・・」


 だが、帰ってきた言葉は、クローディアへの恐れであった。


 それから彼女はしばらくの間敬遠され、自分たちにとって無害と気づかれると石を投げられるようになった。


 元々家に居場所など無かったが、とうとう外に出てもいじめられるようになったのだ。


 だが、この街の亜人種はどうだ。

 スーツを着たドワーフの男が、白人の部下にセールスのコツを説いている。


 樹人(トレント)の女が自ら水を被って、身体中に綺麗な花を咲かせ「Buzz With me!」と書かれたスケッチブックを掲げると、若者達がこぞって写真を取りに行く。


 ライカンスロープの店主が経営するフードトラックには、長蛇の列が並んでいる。

全てが、妬ましかった。


 人間と違う存在のはずなのに、その全てが受け入れられている。


 亜人でこれならば、神代の系譜はどうなのだろうか。


 受け入れられているのだろう。人間にも、亜人種にも。


 自分は、ただ拒絶されてきただけなのに。


 それが、たまらなく受け入れられなかった。


 ――なら、全部『拒絶』すればいいじゃない?


 頭の中に声が響いた。一年くらい前から聞こえるようになった声だ。


 いつも同じ事しか言わないはずなのに、今日はその先があった。

 

 ――みんな、『拒絶』しちゃえばいいのよ。傲慢な人間も、それにへつらう亜人も、奴らの崇める神も。


 それは、ひどく名案に思えた。


 もとより、声に不快感を感じたことなどなかった。それどころか、今は魅力的に感じる。


「クローディア? どうしたの?」


 声に身を任せようとしたところで、ジェフに声をかけられる。


「なによ・・・・・・。急に声かけないで」


「いや、連邦捜査局、ここだからさ。通り過ぎちゃうところだったよ」


「・・・・・・」


 クローディアはジェフを無視してロサンゼルス支局のビルにズカズカと入っていく。バツの悪さをごまかした形になったのは、自分がよくわかっていた。


 受付を済ませたところで、声が聞こえなくなっていることに気がついた。そのことに、まるで理解者を失ったような一抹の寂しさのようなものを覚えていた。

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