ホームレスに全財産を渡した五年後、就職氷河期真っ只中になぜか冷徹な美人女社長に拾われました。
和橋
第1話 ホームレスと就職氷河期
あれはどれくらい前のことだろうか。
確か、高校二年生の正月。去年よりも増えたお年玉を手に、俺は街に繰り出していた。
しかし街に繰り出したのは良いものの何も考えず、もらってすぐ家を出たもので、開いている店がコンビニくらいしかなかった。
さすがにコンビニで数万円を豪遊するほど馬鹿じゃなかった俺は、おでんでも買って帰ろうと思っていた。
その時だった。
えらく目の綺麗なホームレスを見つけたのは。
※
何の前触れも無かった。強いて言えば風に乗った雪が目に入らないように横に顔を逸らしたことくらい。
ぐっと、目を瞑って開くと、ばっちりとあってしまった。いつもなら目を逸らして知らぬふりをする、その存在と。
ボロボロなマフラーを顔いっぱいに巻いていて、唯一見えるサファイヤブルーの綺麗な瞳は、その外套やぼさぼさな髪の毛とはあまりにもミスマッチだった。
どちらが視線を逸らすわけでもなく、運命の糸でもつながっているのではないかと言うほどに俺と目の前のホームレスと見つめ合う。
目の前にいるホームレスはまつげに張り付いた雪の結晶を気にする様子もない。
——あぁ、もう。これだから嫌なんだ。
俺は通い合っていた視線をぶっつりと断ち切って、俯きながら近づいてゆく。
結局は座っているホームレスを上から見下ろす形になったのだが、すぐ済む用だ。
「これ、どうぞ」
俺は懐からおじいちゃんにもらったお年玉の袋をホームレスに押し付ける。目の前のホームレスは寒さで血の通っていない手を出して受け取らない意思を見せている、が。
「これ、僕からのお年玉です。何か暖かいものでも買ってください。それじゃ」
半分無理やりに押し付け、踵を返す。なにか、もごもご言っているみたいだがマフラーを幾重にも巻いているせいで不明瞭だ。
だが、俺は礼を受けるつもりもなかったため、気にすることなく帰路へ着く。買おうとしていたおでんもなんだか気分じゃなくなった。
少し歩いて信号を待っていると、後ろのホームレスから「あのっ!」と、声を掛けられた。
振り返るつもりは無かったが、予想よりあまりにも若くてか細い、まるで鈴のような声だったからつい振り返ってしまった。
「あっ、ありがとうございます! だい————」
何か言っているようだったが、段々強くなってきた吹雪と共に声と姿はかき消される。
この吹雪がもっと強くなったら面倒だ。そう思った俺はそのまま帰路についた。
※
「で、家に帰って気が付いたんですけど、実はおじいちゃんのお年玉の袋にその年のお年玉と、その時持っていたお金をまとめて入れてて、その当時の全財産渡しちゃったってオチなんですよね、はは」
目の前のえらく美人なお姉さんは笑みも浮かべず、淡々と俺の話に耳を傾けている。
というのも、面接の結果をファミレスで一人反省会をしていた時にこのお姉さんは唐突に現れ、「あなたは五年ほど前にホームレスにお年玉を渡したか」と聞いてきたのだ。
でも、本当にこの人が聞いたんだよな。あまりにも興味なさげに聞いているからそう自分を疑ってしまう。
「なんでそのホームレスにお金を……お年玉を渡したの」
相変わらず無愛想な表情を浮かべながら機械的にも思える口調で質問を飛ばしてくる。名刺を渡してはくれたけど、きっとこれに答えてもきっと俺は就職氷河期を乗り越えられないんだろうな。なんて思う。
だって、名刺を軽く見る限り女性用化粧品の会社だし。
だからと言ってここで会話を途切れさせるのも人間としても就活生としてもどうかと言う話だ。俺は、少し悩む演技をした後、心に溜まっていた言葉を吐く。
「それは家訓と言うか、血、というか。助け合いがなければお前は生まれてなかったんだぞ、なんて小さな時から口酸っぱく言われてましたから。さすがに全財産持っていかれたのは予想外でしたけどね」
ふむ、と手を口に当て、悩むような素振りを見せるお姉さん。もとい、社長さん。社長さんが悩んでいる隙に名刺を凝視したらにそう書いてあった。でも、採用はどころか面接すら受けられないと思うけど。
あぁ、思考回路が就活に占拠されている。そんな自分に嫌気を感じながら、社長さんの言葉を待つ。
「そう。じゃああなた、採用。うちの会社に来なさい」
「はい。まぁそうですよね。俺が女性用化粧品の会社なんて……え?」
「それじゃあ行くわよ」
俺の言葉を無視して反対の方向へ進んでゆく社長。ハイヒールが高いせいかふらついているようにも見えたが、他の社員らしき人が来たときには千鳥足も姿をくらましていた。
いきなりすぎる出来事に理解が追い付かない俺。ぽつりと椅子に座っていると、女性社員がちらりとこちらを向くのにつられて社長もこちらを見る。
「何しているの? 早くしなさい」
「え、いや、そんないきなり言われましても……まず椿堂って、たしか女性用化粧品の会社だったじゃないですか!? それなのになんで僕を!?」
正直、一社も内定を勝ち取れなかった俺にとってはありがたい。ありがたすぎるお話だ。
だけどそれと同時にあまりにも怪しすぎる。なんで女性用化粧品会社に男が入れる? というかそもそも面接も受けていないのになぜ一発採用なんだ? 全てが全くつながらない。
そもそもいきなり俺に話しかけてきたところからそうだし、すべてが謎すぎる。
しかし、俺が不満に近い言葉を漏らす前に、その言葉をせき止めるかのように、社長さんは言った。
「なんでって……強いて言うなら、出世払いってところかしら?」
まるで俺のことをからかう様に、社長は悪戯な笑みを浮かべながらサファイヤブルーの瞳を細めた。
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