第27話 見てはいけない物

【飯島怜視点】


 ホテル……ホテルって、そのー、そういうホテルだよね……多分。


 ラブが付くホテルだろうし……ラブが付いてるってことは、そうういうことをするってことだし……それって、実質告白なのでは……?


 信号が赤に変わったので、車を減速させ止める。


 ふと横を見ると、頬杖を突きながら窓の外を見ている日田。あんな破廉恥なことを言ったのに動揺一つしていないなんて……。


 もしかして……。


 さぞかしすごい決心をしてきたのだろうか。それだったら微動だにしていない事にも理由が付く。


 そっか。日田君にはその覚悟があるのか……じゃあ私も一肌脱がなくちゃ。二つの意味で。


 信号が青になり、車をしばらく走らせるとスマホでナビをしていたホテルに着く。


 如何にも、という感じではないが、しっかりラブなホテルらしい。


 駐車場に車を止め、エンジンを切る。日田を揺さぶると、うめき声を上げてこちらを向いた。


 瞳がうつろになっている気もしたが、まぁ、暗いし誤差かな。


 自分一人で歩けるようにまでなったようで、ふらついてはいたが、なんとか受付を済ませて部屋に向かう。


 廊下は、独特な甘くて、体が火照りそうな香りで充満していた。部屋に着くと、そこにはガラス張りのお風呂と、大きなベットがあった。


 他にも、ラブなホテルにしかなさそうな自販機だったり、コンドームが備え付けられていた。


 途中から肩を貸していた日田をとりあえずベットに寝かせ、重要なことを、本当に重要なことを聞く。


「ひ、日田……その、汗臭いかもだから、シャワー浴びても……いい?」


「……ど……ぞ」


 声色が死んでいるが、きっとお酒で喉がやられたのだ。きっとそうだ。


 私は、緊張から震える手を使い、肩掛けのバッグを机に置き、ジャケットを脱ぐ。


 一応ガラス張りではあるが、日田は紳士なようで、ガラスに背を向けながらベットに横たわって居た。


 私はごくりと唾をのみ、ガラス張りの内側で服を脱ぐ。どうせ見られてしまうのだから、ここで見られてもいい、と思ったのだが。


 一枚、また一枚と自分で衣類を脱いでいくにつれて、顔が熱くなってきた。それに、気のせいか、お股もなんだかむずむずして……。


 いやいやいやいや。今ここで発情してしまってどうするんだ私。頭を振り、こべりつくような思考を何とか遠ざける。


 そして、ブラとショーツだけにまでなった。それでも、日田はこちらを向かない。


 私は意を決してまずはブラのホックを外す。そこまで大きくはないけれど、形は……良い自信が……ある……。


 だけど、まだ日田はこちらを向かない。


 なんだか、逆に気分が上がってきた。ドキドキしながら、最後の、ショーツを脱ぐ。


 はらり、と赤色のショーツが地に落ちる。私は今、思い人の後ろで全裸。人生で経験したことのないような気分が、顔の熱さが私を襲う。


 今更ながらにどうしようもないほど恥ずかしくなってきて、早く済ませてしまおうと、シャワーヘッドを握る。


 ちらりと後ろを見たが、日田はまだこちらを見ていない。


 蛇口をひねるとシャワーヘッドからすこし熱いお湯が出る。それから私は、全身を隈なく洗い終わり、ガラス張りのシャワールームを出るまで一度も日田の方を見なかった。



 ※

【日田新太視点】



 あぁ、頭が痛い。とてつもなく痛い。


 でも何故か俺は、ひんやりと冷えるふかふかのベットで寝ている。


 重い瞼を何とか開くと、目の前には白いシーツ、そしてピンクのカーテン。


 ぼーっとしていようかとも考えたが、よくよく考えればここがどこかわからないのに、このままにしているわけにもいかない。


 何とか寝返りをうち、天井を一度見て、その勢いで反対方向を見る、と。


 ほんのりと曇ったガラス張りの中で、飯島先輩が生まれたままの姿でシャワーを浴びていた。


 え?


 いやいやいやいやいや。待て待て俺。さすがにこの見間違えはやばい。


 もう一度天井を見て、再びガラス張りのシャワー室らしきものをみる——が。


「う、生まれたままの姿……」


 生まれたままの飯島先輩を見て、なんとなく思い出した。確か、家がダメだって思ってホテルに行こうって……。


 俺のせいじゃん。


 そうは思っても、綺麗な先輩の体躯に自然と引き寄せられる視線。すらっとしたくびれのあるウェストに、大きくはないが、形の良い乳房。


 まるで、芸術作品を見ているような気分にさえなる先輩の体に、しばらく見惚れていた。


 だが、さすがにやばいと思って再び天井を見て、反対方向、元の体勢に戻る。


 目を瞑るが瞼の裏に焼き付いた景色が離れない。一ミリも離れてくれない。


 それに、生えてなか……うん。


 当の昔に息子は起動してしまっていて、シャットダウンしようとしても全く反応しない。フリーズしている。物は熱いけど。


 しばらくがちがちに緊張した息子を治めようと努力していたが、それよりも先にドアが開く音がした。


 高鳴る心臓がばれないように、おっきした息子がばれないように、なんとかそれらを庇いながら目をつぶる。


 たん、たんと俺に近づいてくる足音。出てからそんなに時間は経っていないはず……そんな短時間で体を拭いて、服を着れるのか……? 


 否。たぶん否。


 どうしよう。全裸、は無いにしろ薄着で近づいてきているってことで……あ、息子よダメっ! もう一段階進化しちゃだめぇぇっ!!


 なんて、頭の中では忙しいが、体はピクリとも動かさず寝たふりをしている。


 そして、ついに飯島先輩が座り込んだのか、俺の背中辺りのベットが沈む。


 ふんわりと香る、お風呂上がりの匂い。


 だが、なぜかその匂いがだんだんと近づいているような気が——


「ひた、もうねた……?」


 吐息を吹きかけられながら、そう耳元で呟かれる。咄嗟に体がビクリと跳ねそうになったが、ぎりぎりのところで耐える。


「ねぇ……ひた」


 艶めかしく、湿った声が耳を撫でる。どうしようもできず、少しだけ体が動く。


「……ふぅん。自分から誘ったのに。先に寝ちゃうんだぁ」


 相変わらず耳元で囁いているから、吐息が耳の穴に入ってこそばゆい。


 てか、自分から誘った……? 誘ってなんか……そっか、ここホテルだ。


「寝ちゃってるなら、何しても文句はないよね?」


 起きるべきか、一瞬迷ったが、多分起きたらもっと悲惨なことになってしまいそうな気がして、寝たふりを続けることにした。


 と、その刹那。


 ぴちゃり。と、水音。それと同時にしびれるように耳に流れる快感。


 生暖かく、ぬるりとした何かが耳を撫でている。もしかしなくても、舌だ。


 しかも、その音と快感は止まることなく、どんどんと耳の中へと侵入してくる。


 くちゃ、ぴちゅっ、ちゅぱっ。


 身が悶えそうになるのを何とかぎりぎりのところで我慢しながら、早く終わってくれ、と強く願う心と、まだこのままでもいいかもしれない、と言う感情が交わり合い、気持ちが悪い。


 ぱちゅっ。


 俺の耳を舐めることをやめ、飯島先輩は一度、大きく息をつく。


「うーん、起きないかぁ……」


 むぅ、なんて声を漏らしながら、そう呟いた。


 起きてるんです。実はすっごく起きてるんです。罪悪感を感じながら、これ以上はさすがにしてこないだろうと思い、唸る息子に強い念を送り、しぼんでくれることを念じるが、思いも虚しくがっちりしていた。


 しばらく飯島先輩が何かをぼそぼそと呟く以外は静かな空間が保たれていた。


 が、そんな空間は束の間の平和だったことを認識させられる。


「じゃあ……これも、良いのかな……」


 そう言って飯島先輩は俺の布越しの息子に手を回した。

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