第3話 社宅がタワマンの最上階でしかも同棲ってマジ?


 俺の反論なんて耳にも入れてもらえず、半分無理やりに社長の運転する高級車に乗せられた。


 何が起こっているんだ? 社長と高級タワマンで二人暮らし? 同棲? 確かにこんな美人でスタイルの良い人と付き合えるのなら、まんざらでもないけど!


 そもそも付き合ってすらいないのに、本当にどういう事なんだ?


「社長……なんでこんな……」


「静かに」


「は、はい」


 俺の一言一句すべて潰すつもりなのだろうか。そう言った圧をひしひしと圧を感じる。


 車内は軽く暖房が付いているハズなのだが、なぜか身震いしてしまうほどに寒い。それと怖い。


 そんなこんなで高級車の静かなエンジンを聞くこと数分。


 見上げようとすれば、首が直角になってしまいそうな馬鹿でかいタワーマンションに到着する。


 車を駐車し、管理人さんに会釈をして、エレベーターを昇る。その間にも俺の発言権は取り戻せなかった。そもそも取り返す度胸なんて持ち合わせていないけど。


 荷物を送った宛名通り、最上階へと向かうエレベーターは止まることを知らない。


 チリンッと、到着したことを知らせる音が鳴る。さすが、高級タワマン。音まで高級そう。


 そしてエレベーターのドアが開くとシックな雰囲気の廊下が現れた。社長は迷う事無く進んでゆき、突き当りのドアのカギを開ける。


 一度、俺に目配せをした後部屋の中へと入ってゆく。ついてこい、と言う事だろうか。


 ドアが閉まり、オートロックの無機質な音が部屋に響く。社長に続いて部屋に入ると、一面ガラス張りのリビング。街が一目で見下ろせる。さすがタワマン、さすが最上階。


 部屋に入った俺を社長はどうぞ、とリビングにあるソファへと案内する。俺は案内されるがままにソファに座り、なぜかその隣にちょこんと座る社長。


 え、そこに座る? とは思ったものの、口に出せる雰囲気ではなかった。重くのしかかった沈黙。それにそもそも俺には発言権が無い。


 だが、そんな沈黙を跳ねのけたのは、社長だった。


「その……私のこと、本当に覚えてない……の?」


 部屋に入るまでの冷徹な様子はどこへやら。甘える子猫のような声色で俺に問いかけてくる。


「それは、どういうことですか? って、いうか、本当に社長ですか?」


「ど、どういうこと……あ、そうだ。ちょっと待ってて」


 そう言って俺の隣に腰かけていた社長は小走りでリビングに面しているドアへ入ってゆく。寝室か何かだろうか、中からドタバタと聞こえてくる。


  何なんだ。どうしたんだ。会社ではめっちゃ冷たかったのに、タワマンに入った途端、めちゃくちゃ柔らかくなったぞ。


 数分にも満たない、色々なことを考えすぎて落ち着かない時間を過ごした後。ガチャリ、とドアが開く。


「これで、思いだしてくれました……か?」


 そこにはぼろっぼろなマフラーを幾重にも巻き付け、ぼろっぼろできつきつな上着を着ている社長の姿。サイズが違う服を着ているせいか、凶暴な双丘も数段目立つ。


 だが、今ばかりはその双丘に視界を引き寄せられることはなかった。

 

 何故なら、俺は思い出したから。


 ホームレスのようなその姿にサファイヤブルーの綺麗な瞳。


 お胸様の凶暴さは格段に違うけれど、確かに見覚えのあるその容姿。


 それはまさしく、五年前、全財産をもってかれたホームレスの姿だった。


 ※



「あの時お世話になったホームレスです」


 と、ぺこりと髪の毛とマフラーを地面に垂らしながら頭を下げる社長。鶴の恩返しかと言うツッコミはさておき。


「そ、そうだったんですか……もしかして俺を採用してくれたのも……?」


「その通りです。その、あの時のお金がなければスーツも買えず、就職もできず、あのまま野たれ死んでいたでしょう。でも、あなたが助けてくれたから、私は今こうして良い生活が出来ています。あの時はほんとにありがとうございました」


 相変わらず深々と頭を下げる社長。頭を上げると、さすがに暑かったのか幾重にも巻いたマフラーを外し、より明瞭になった声で言った。


「だから、お願いです。……私と暮らしてくれませんか?」


 なんで二人で暮らすになるのかはよくわからないが、瞳を潤わせ懇願してくる。


 必死のお願いに、俺は断ることが出来ずにいた。


「いや、でも……」


「働くのが嫌と言うなら私のヒモにでもなってください! というか正直、私のヒモにしてあげたいし、そのためにこの家も買ったんですけど就活してたので、働きたいのかなぁって……もしかして、いや……ですか?」


 焦っているのか言っていることも支離滅裂で、なんだか俺が座っているところに一歩ずつ近づいてきているような気がするが。果たしていいのか。本当にこれで。


 悩んでいる内に、社長は俺のすぐ傍まで来ていて、そっと俺の肩に手を回してくる。抗うこともできず、ただただそれを受け入れる。社長の首筋から甘い匂いがふんわりと香る。


 大きな双丘もいつの間にか俺の腕に押し付けられていて、それを動力源に俺の息子が強制起動しそうだ。というか、起動しかけている。


 どうしよう、という考えは段々と少しづつ、されど確かに希薄していく。


 そして、ついにとどめを刺された。


「だめ、ですか?」


 甘くて、とろりと今にも溶けだしそうな声で囁かれてダメじゃないです! と叫ばない男はいないだろう。もちろん俺も叫んだ。


 社長はすこしビクリと身を震わせたが、気にしない様子で口を再び開く。


「ほんと! よかったぁ」


 なんて言いながら社長は全身を使って喜びを表していた。


 それと同時にお胸様がぽよんぽよんしてて、ぽよんぽよんでした。


 うん、眼福かな。


 悩み事がなくなったら一気に頭が楽になった気がする。見えなかったものまで見えるようなもするし。


 そこで、ふと、ぽよんぽよんから目を覚まし、ずっと心の奥底に引っかかっていた疑問をぶつける。


「なんていうか、社長、会社と家ではキャラが全然違いますよね……?」


「え……あぁ。会社だとどうしても仕事モードに入っちゃうから、ね。なんか恥ずかしい……」


 うぅ、と呻きながら紅潮してきた顔を隠す社長。多分こっちが素なんだろうな、なんて考えるとすこし得した気分だ。


「あ、それと、できれば社長、じゃなくて、家では本名で呼んでもらってもいいかな……?社長って呼ばれるたびにちょっと身構えちゃうんだよね……えへへ」


 むぅん。かわいい。


「わかりました。じゃ、じゃあ、三雲さん、でいいですか?」


「あ、苗字もちょっと、会社モードに入っちゃうんだよなぁ……?」


 ちらちらこちらを見ながら、如何にも察してという空気を出しまくっている。


 すっごくかわいいから察します。喜んで察します。


「じゃ、じゃあ、夏希なつき……さん」


「はわぁ! うん! それでお願いっ! 宜しく新太君!」


 幸せそうにぽよんぽよんしている社長……じゃなくて夏希さんを見ていると、五年前の自分を褒めた称えてあげたくなった。



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