第24話 果たして本当に純粋なのか。


 いつも通りに出社し、俺は自分のデスクへと向かう。昨日は色々とあったが会社全体で何か変わっていることは特に見受けられなかった。


 デスクに到着すると、超高速でキーボードを叩く音が聞こえる。俺は何事かと右横を見る、と。


「……修羅だ……」


 手がもう二本増えて四本でタイピングしているのかと錯覚してしまうほどのスピードで、パソコンに文字を入力していた。


「あ、王子さ……王子産のリンゴって知ってる日田? 知らないとクビよ」


「なんですかその理不尽な問題……」


「冗談」


 一瞬ちらりとこちらを見て、再びパソコンに向き直る飯島先輩。なぜか耳が赤い。疲れているのかな。


 って。その前に。


「そういえば飯島先輩、昨日の今日で大丈夫なんですか?」


 昨日のあの一件。少なからずとも飯島先輩にダメージはあると思ったのだが……。


「え、うん余裕。てか、あんなので休んでたら他の仕事が溜まっちゃう」


「そ、そうですよね……はは」


 あまりの仕事ぶりに関心と不安を感じる。だけど、すこし幼い綺麗な顔に昨日泣き顔の跡は全くない。すごいなぁ。


「あ、それと飯島先輩ってエナジードリンクとか飲まれます?」


「飲むけど、なんで?」


「あ、そうですか。じゃあこれ、良かったらどうぞ」


 俺はバッグの中から細長く、三本のラインが入った黒いエナジードリンクを取り出し、飯島先輩の机に置く。


「あぁ、ありがとう助かる。でも、こういう時って普通コーヒーじゃない?」


「……言われてみれば確かにです」


「でもまぁ、今はちょうどいいわ。ありがたくもらっとく」


 飯島先輩は片手でエナジードリンクのプルトップを慣れた手つきで開き、ノールックで自分の口へと運ぶ。


 その姿を見ながら、邪魔をしないように俺も仕事を始めた。



 昼休憩後。


 今日は色々とやることがあるからと、社長室で一緒にご飯を食べることは無かったが、弁当はいつも通り作ってくれていて、それをデスクで食べた。


 真奈美さんや、奈那子さんが珍しがって「誰がつくったのー?」だとか、聞いてきたが、それっぽく濁した。


 真奈美さんは何かに勘づいているようだったが。


 あ、あと奈那子さんが「もしかして、新太君彼女持ちっ!? 私が新太君とシちゃったら浮気だね……えへへ」なんてことを言ってきたけどガン無視した。


 そして午後の作業を開始してしばらくした時、真奈美さんに社長から呼ばれているという事を伝えられた。


 おおよそ話される内容は察していた俺は、特に何を思うでもなく社長室へ向かいノックをして夏希さんの返事を待ち、部屋に入る。


 人数的にはいつもの昼休憩をイメージしていたのだが、そこにはいつもならいないはずの人物が座っていた。


「あ、飯島先輩。それと社長もどうも」


「日田君。とりあえず怜ちゃんの隣に座って」


「はい、わかりました」


 俺は言われた通り、飯島先輩の横に座り社長の言葉を待つ。


 夏希さんはまぁ、予想は付いているとは思うけれど、と一言言って言葉を続ける。


「昨日の件についてよ。まず、事の発端となった種田幸雄は解雇される事になったわ。また、今まで会社内で横行していたセクハラや、パワハラまでもが一気に明らかになって裁判沙汰になりそうだ、という事」


 飯島先輩は特に顔色を変えるわけでもなく、社長の言葉にただただ耳を傾けている。


「そして、次に、商談を続けたいという趣旨のことを伝えられたわ。もちろん、今回の件に関しては怜ちゃんの自身の事だし、色々あったから私からは何も言わないわ。そして、最後に」


 サファイヤブルーの瞳をさらに鋭くさせながら社長は口を開く。


「怜ちゃん。営業部から異動してもいい——」


「いいえ。大丈夫です社長。私はまだまだやれます。いえ、やりたいんです。やらせてください」


 強い意志が、心の熱さが直接伝わるような真剣な声色で、真剣な眼差しで社長からの貫くような視線を飯島先輩は跳ね返す。


「…………そう、それなら良かった。これからも頑張って頂戴ね。期待しているわ」


 ふぅ、とため息をつきながらソファの背もたれに軽くもたれて脱力する夏希さん。


「ありがとうございます社長」 


「今回私は何もしていないわ。感謝を伝えるなら隣の日田君にね」


「いえ、そんなことは無いですよ。社長のお力添えいただいたおかげでここまでスムーズに事が進んだんです」


 飯島先輩は再び社長に頭を下げて、俺の方へと向き直る。


「日田もありがとう。改めて本当に助かった」


 社長に行ったお辞儀を再現するかのように、俺に頭を下げる。


「い、いえ。それこそ僕は何もしてませんよ」


「謙遜はいいって。本当に助かった。ありがとうね日田」


 嫌味の無い、純粋な笑みを浮かべる飯島先輩。こんな表情を向けられたの初めてだからなんだか泣きそう。


「うん。それじゃあ、私の伝えたいことは終わったから、二人とも仕事に戻っていいわよ」


 社長モードの時には珍しく、薄い笑顔を浮かべて言った夏希さん。その言葉で、終わりの雰囲気が流れたため俺は立ち上がろうとしたのだが。


「そういえば社長! 気になってることがあるんですけど、一ついいですか?」


 真面目な雰囲気はいつの間にか抜け去り、いつもの飯島先輩が社長に向かってそう言った。


「ん? どうしたの怜ちゃん」


 俺と同じく立ち上がろうとしていた社長は再び腰を下ろし、飯島先輩と目を合わせる。


「社長と日田って——」


 なぞなぞを解く純粋ピュアな子供のような眼で、表情で、飯島先輩は言った。


「——付き合ってるんですか?」


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