第23話 気まずい空気
髪を乾かし、洗濯を回し。
リビングに出るが、夏希さんの姿はない。
「やっちまったぁぁぁぁ……」
呟くように漏れる言葉。マジで、やっちまった。
とりあえず、お風呂上がりの荷物を持ちながら、ビニールに入った牛丼を持って部屋に向かう。リビングで食べている時に夏希さんとばったり、なんてことあったら笑えない。
リビングには目もくれず、部屋へと入り、すぐにドアを閉める。届いたカーテンはもうすでにつけている。
牛丼を膝丈くらいの小さな机に置いて、ベットに腰かける。ぼふんっ、とすこし跳ねて腰にとどまる。
ぼーっとしながら、ビニールに手を伸ばし、袋の中から牛丼を出すと箸が無いことに気が付く。素手で食べちゃおうかな、なんて一瞬考えたがすぐにその考えを消し去りリビングに箸を取りに行く。
腰を上げ、ドアを開ける。と。
「あ」
「あ」
「あ……ぐ、偶然ですね……はは」
「……ひゃっ、ぐ、ひゃひっ」
夏希さんが居た。それも、ありえないほどにてんぱっている夏希さんが。
「だ、本当に大丈夫ですか?」
「…………っっ!」
夏希さんは一瞬ためらいを見せた後、すばやい動きで反対を向き、両手で自分の頬を叩いた。
「え、な、なにして——」
「ごめんなさいね。ちょっといろいろ伝えたいことがあるの」
俺に被せてそう言った夏希さんの声色は、社長の時の声色だった。夏希さんはほんのりと赤く染まった頬を気にすることなく続ける。
「まず、改めて、今回の件、本当に感謝するわ。それと、先方とも話が付いて、種田幸雄の処分が決まり次第連絡が来るそうよ。それと、商談はできることなら続けさせてほしい、とも」
段々と赤みがます夏希さんの顔。頬を自分で叩いたときよりもさらに紅潮させている。
「は、はい……わかりました……」
「以上よ…………うん……」
「…………」
どちらかが終わらせなければいけないような、だけど終わらせられない微妙な空気感。夏希さんから見えないところで手を遊ばせ、自分の手に小さなささくれがあることに気づいた頃。
「あっ……そ、そういえばさ……ゲーム買ってるんだけど……よかったら新太君一緒にしない?」
いつもの夏希さんに戻った声色と、リラックスしたその表情で、困ったこの状態をどうにかしたいというような気落ちが見え透いている。けれど。
「い、いいんですか?」
もちろんそれに乗らせてもらうしかない。
「も、もちろん! やってみたかったんだけど、ずっとやれなかったからよかったらと思ったんだけど……よかったぁ」
胸に手を当てながら、ふぅ、と一呼吸置いて、「取ってくる!」と一言残し、大きな双丘を揺らしながら自分の部屋へと戻っていった。
※
舞台はリビング。時は来たれり。ホットパンツとオーバーサイズの半袖シャツという、中々に防御力の無いいつもの格好で夏希さんは家庭用ゲーム機、プイッチを馬鹿でかい液晶テレビに接続していた。
テレビを置いている台の上にプイッチを置こうと、夏希さんはお尻をこちらに突き出す様にして諸々の線などの整理をしている。
ふと、太ももとホットパンツの間が、僅かに少し開いていることに気づく。すこし俺が屈めば見えてしまいそうな……俺は紳士だ、俺は紳士なんだ。
俺は窓の外へと視線を向ける。だめだ。みちゃダメ…………。
……すこしならきっとばれない。下心もきっとばれない。だから大丈夫。きっと。
俺は意を決して段々と、少しづつ体を屈めてゆく。額からは汗が滲み、緊張感から心臓は鼓動を早く刻む。
そして、ついに白色の——
「できたぁっ!」
ぱぁっとゲームの待機画面が写し出される。その光は俺の邪悪な心を焼き払おうとしているかのようだ。
「……どうしたの新太君……? そんなに仰け反って……?」
「……これはその……僕のダメな心にメッ、してました」
「…………? よくわかんないけど、できたからやろっ!」
コントローラーの一つを俺に渡しながら、ソファに座っている俺の横に座る夏希さん。夏希さんがボタンをポチポチっと押すと、派手な演出のゲームが始まった。
「夏希さん、これ、どんなゲームなんですか?」
「えーとね、これは一対一で戦う……いわゆる格ゲーってやつかな?」
「へぇー、夏希さんこんなゲームやるんですね」
「あ、いや私は一回もやったことないよ。流行ってるらしいから買ってみたの。新太君はやったことある?」
「いえ、僕は一度もしたことないです」
「そっか! じゃあ私がちょっとだけ有利だね!」
へへ、と太陽のような雲一つない笑みを浮かべながら俺を見てくる。先ほどの罪悪感からか、なんだかやりきれなくて、俺は派手な演出が終わったゲーム画面を見る。
「よし、じゃあやろっか新太君!」
「はい。手加減お願いします」
こうして俺と夏希さんの格ゲー対決が始まった。
※
——そして、終わった。10戦10勝。ちなみに俺が10勝のほう。
「な、なんで? なんで全然倒せないのぉぉっっ!?!?!?」
か弱い腕で、ソファを怒りに任せて殴りながら、叫びに近い声をあげる夏希さん。殴り疲れたのか、肩を上げ下げしながら呼吸をしている。
「普通にチュートリアルにある通り、色んな技を組み合わせたりすれば……」
「それができないのよぉぉぉぉぉ!?!? 一緒のタイミングで押さないと全然別の技になっちゃうし、後半からイライラしてただボタン連打になっちゃうしぃぃぃぃ!!!!」
「……まぁ、才能の差じゃないですかね?」
「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!! 知らないっ! もう新太君知らないっ!!!」
腕を組み、ぷくりと頬を膨らませ反対側にそっぽを向いている。いじけてるのだろうか。初めて見る表情だな、なんて思いながらいじけている夏希さんに話しかける。
「ま、まぁ、こういう時もあります——」
「こういう時って、新太君が煽ってきたじゃん!!!! 知らないっっ!!」
相変わらずぷんぷんしながらこっちを向いてくれない。
「……夏希さん、別のゲームとかってあります? もしかしたら夏希さんがこのゲーム苦手だっただけかもしれないですし……」
「……あることには……ある」
僅かにこっちを向いた夏希さんが空気で膨らませた頬をすぼめ、潤んだ瞳で俺を非難するように見ながら言った。
「じゃあ、それやりましょう?」
「……いいよ……まってて」
夏希さんはオーバーサイズのシャツの裾で涙を拭う。少しだけ覗かせたおへそと、くびれたお腹。あのくびれであのおっぱ……ゴホンゴホン。
……とりあえず沈まれ我が息子。早いぞ。さすがに起動が早い。最近HDDからSSDに変えたパソコンみたいに高速化するのやめて。
それっぽく息子の成長した姿を隠しながら、夏希さんが再びカセットを入れ替えるのを待つ。再び腰を突き出すような格好になっていたが、俺は静かに目を瞑り、黙想を始めた。
すこしすると、夏希さんからおーいと声を掛けられ目を開ける。息子は……もう大丈夫。夏希さんは隣に腰かけようとしている直前だった。
「次はどんなゲームなんですか?」
ぼふん、と夏希さんはソファに勢いよく腰かけて、二つの極限にまで柔らかいのであろう双丘をたゆんたゆんさせながらはずみ、こちらを見てにやける。
「レースゲーム! 次こそは私、自信あるんだよねぇー!」
「へぇー、夏希さん、このゲームよくプレイするんですか?」
「いや、はじめて」
「え?」
俺は驚きのあまり夏希さんの方を見る。夏希さんは至って真剣にキャラと車を選んでいる。
俺はなんとなくこの後を察し、起こる出来事に気を重くしながらゲームを始めた。
※
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! なんでがでないのぉぉぉぉぉ!?!?!?!」
僕が聞きたいです……。このゲーム、運の要素も大きいから初心者でもそこそこ勝てるはずなのに……。
「10戦10……敗……それに、夏希さんが全部最下位……まじすか」
「もぉぉぉぉっ!!! 絶対このコントローラーが悪いんだ ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そう言いながらコントローラーを全力で振っている。それにつられてプルンプルン。何とは言わないけどプルンプルンしてた。
「も、もう一個だけあるからぁ! それで勝負だ新太君!」
「あぁ……わかりました……」
この勝負の結果は……お察しの通りです。
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