第25話 二人の関係
第二十五話
「社長と日田って——付き合ってるんですか?」
静まり返る社長室。飯島先輩からは純粋な好奇心がにじみ出ている。
付き合ってない、のだが。それにしては言えないことが多すぎる。
同棲? もしてるし、朝昼晩の毎食共にして、それにTちゃんも見ちゃったし……。
なんだか自分から弁明と言うか、言い訳と言うか、否定と言うか、そう言ったものをするのは躊躇われた。
助けを求めるように俺は夏希さんを見る。飯島先輩も社長の方を見ていた。
「……どうしたの急に」
「え、だって、昼休憩のあと、日田いつも社長室から帰ってきてるじゃないですか」
「それは、毎回説教してるのよ」
「あぁ、それは日田から聞きました。でも、何を説教するんですか? 私から見てもとても日田は優秀です。そんな日田に説教することなんてあるんですか? それとも、もしかして昼ご飯でも一緒に食べてるんじゃないんですか?」
突然すぎる飯島先輩の褒め言葉に俺はつい、飯島先輩の方を見る。やはり夏希さんの方を見ていたが。
「えっ、飯島先輩? そんな風に思ってくれてたんですか!」
「あ。やっぱり撤回でお願いします」
「え、」
飯島先輩は一度もこちらを見る事無くそう告げた。それに対して社長も表情一つ変える事無く飯島先輩をじっと見つめている。
何かが起きそうな、起きてしまいそうな空気がしばらく停滞する。
そして口を開いたのは——
「社長、とりあえず付き合ってはいないんですよね?」
「……付き合っているもなにも、本当に何もないわよ」
「……そうですか! それなら良かったです! じゃあ私が——おっと。そろそろも仕事にもどりますね! 色々とありがとうございました」
パチン、と空気を断ち切るように手を叩いて鳴らし、飯島先輩はソファから立ち上がって一礼。飯島先輩は社長室から出て行った。
飯島先輩が出ても一向に良くならない不穏な空気に耐えられなくなり、俺は飯島先輩と同じく一礼して部屋を出ようとした、その時。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
扉に向かっていた俺を引き留めるように社長は俺の手を掴む。すこしひんやりとしていて気持ちがいい。
振り返ると、すこしだけ不満げな顔をした夏希さんが、反対の手をもじもじさせながら定まらない視線をやっと俺の顔に定めた。
「な、なんですか社長……?」
「その……何があったの? 怜ちゃんと……あっ、べ、別に気になるわけではないけれど、社長として……そう! 社長としてね!」
一応社長としての体裁は守っているつもりなのだろうが、もういつもの夏希さんが脳裏から離れない。
「えーと、本当に昨日話した通りですよ」
強いて言うならシャツが濡れたくらい。そこまで大きな秘密でもないだろう。
「本当かしら……」
遊ばせていた反対の手を顎にあて、目を細めながら悩む素振りを魅せる夏希さん。
と言うか、それよりも。
「社長、それよりも僕たち、どういう関係なのでしょうか」
はっきりとは明言されていなかったこと。俺は自分のことをペットだと思い込み、何とか目を背けてきたが、確かに飯島先輩に言われてみればそういう関係にも見えなくない。
社長を見ると、最近はあまり見なかった氷の冷たさをそのまま表情に移したかのような冷たい物を浮かべ、にこりともせず口を開く。
「私は昔に助けられたホームレスで、あなたはそのホームレスを助けた人。そして私は恩返しをしているだけ。それ以上でも、それ以下でもない」
「そう、ですよね……」
なぜだか、少し悲しいような、胸がきゅっと締められるような気がしたが、原因は全く分からなかった。
俺はそのまま部屋を出て、いつも通り仕事に戻った。
【三雲夏希視点】
日田君はどこか悲しそうな表情を浮かべ、社長室を出て行った。
あんなことを言うつもりは無かったけれど、どうしても現状を整理すると、結局それ以上でも、それ以下でもなくなってしまう。
たとえ私が色仕掛けをしたって、既成事実を作ろうとしたって、成功と言う成功はしなかったし、何より今この関係のままなのが一番の証拠だ。
だけど、私はもちろん彼とそういう関係になりたい。彼と、そういうことだってしたい。
だけど、怜ちゃんにとられちゃったら、今までやってきたことも全部全部無駄になってしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。どうにかして、無理やりな手口になっても、何が何でも新太君を振り向かせる。
そして、私は再び強く決心した。
新太君は、絶対私の物にしてやるのだ、と。
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