第39話 終わりと始まりのビーチバレー


 時間は過ぎて、二日目。午前の九時に呼び出された俺たち社員一同は朝食を済ませた後、水着を持ってビーチへと向かっていた。


「確か、最初は部署対抗ビーチバレーだったわよね日田」


「はい、確かそうです」


 いつも通り素っ気なく話しかけてきてくれたのは飯島先輩。昨日部屋を出ていく時にはかなりテンションは低かったようだが、今はいつも通りのすこし冷たい飯島先輩に戻っていた。


「あ、じゃあここで一旦お別れね。早く着替え終わっても覗きなんてしないでねー」


 と、軽口をたたきながら飯島先輩は女子更衣室に向かう。そんなことしませんよ、と声を大きくして反論したかったが、今は沢山の人が居るからやめた。


 男は俺一人なので、自然と男子更衣室に向かうのは俺のみ。どこか悲しさを感じながらも、何とか不安定な砂浜を踏み歩く。


 そして男子更衣室に到着し、中に入ると意外にも広い中に驚きを隠せなかった。ロッカーは数十個、下手すれば三桁単位のロッカーがずらりと並んでおり、このビーチもとい、このホテルがどれほど繁盛しているかを示しているようだった。


 そんなホテルを貸し切りにするなんてさすがだなぁ、なんて感心しながら上着を脱ぎ、下を脱ぐ。そして、水着にぎりぎり着替え終わったその瞬間。


 だだっ広い更衣室に反響する声。その凛としていて冷たい声色は、緊張感と同時に安心感を与えてくれる。


 って、今は安心感もくそもない。


「やっほー新太君」


「いややっほーじゃないですよ夏希さん!?!? なんで男子更衣室に居るんですか!?」


「うーん。気分?」


「いや、気分で男子更衣室に入ってくる女の人は痴女しかいないんですよ」


「え、新太君は私の事痴女だと思ってるの?」


「そんなことは無いですけど……ですけど、男女が同じ部屋で水着に着替えるのはどうかと思いますけど……?」


「まあまぁ。昨日一緒に豪華な夕ご飯を食べた仲じゃーん!」


「いやそれが一緒に着替える免罪符になるとでも?」


 まぁまぁ固いことは言わずにー、といつもよりもテンションの高い夏希さんに押しこまれ、俺の後ろで夏希さんは着替え始めた。


 するり、するりと衣服が擦れ落ちる音が聞こえてくる。この人には羞恥心ってものが無いのだろうか。


「あ、今更だけど見ないでねー」


「見ませんし、そんな心配するならここで着替えないでください!」


 と、俺の声が響いてもやはり着替えは止まることなく。数分緊張感に包まれた後、こっちを向いていいよ、と許可が出た。


「て、テンプレだけど……ど、どう?」


 振り向くと、白色のハイネックビキニを着た夏希さんが立っていた。夏希さんのスタイルに抜群に似合っている。


 しかし落ち着かないのか、腰をもじもじさせながら夏希さんはちらりちらりとこちらを見ながら、視線を漂わせる。


「…………」


「……え、あ、あんまりだった……?」


「あっ、いや、そんなことなくて……その、似合ってます……」


「あっ、ほんと……それは……良かった……」


 夏希さんも顔を恥じらいからか赤く染め、きっと俺の顔も赤くなっているだろう。だって、めちゃくちゃ顔熱いし。


「そ、その、そろそろ行きますか……」


「う、うん。あ、でも私、ここから出たら怪しまれるからかなり遅れてから行く……」


「あ、はい……そ、それじゃあ……」


 それじゃあなぜここ男子更衣室に入ってきたのか、と聞きたくなったが、まぁ、大した理由もなさそうなので聞かないことにした。


 ※


 更衣室を出て砂浜に出ると、すでに数人砂浜で待機していてその中に営業部の面子が居ないかを見渡す。すると、こちらに大きく手を振っている人物が一人。


 俺は顔をしかめながら、近づいていく。奈那子さんのほかにも、冴木先輩と手をつないだ飯島先輩が居た。二人の距離感こんなに近かったっけ? なんてことを考えながら、今はそれよりも気になる事に目を向ける。


「な、奈那子さん、なんでスクール水着なんですか……?」


 俺の目の前には、卑屈な笑みを浮かべながら、少しきつそうなスクール水着を着ている奈那子さんの姿。数年前の水着を着ているせいで、胸が零れそうだ。


 って、いうか普通そこじゃない。なぜ、いまスクール水着なのか。そっちの方が気になる。


「あ、あぁ……あの、一応水着は毎年買うんですけど、結局これが一番落ち着くと言うか……」


「あー日田。奈那子がスク水なのは毎年恒例だから。会社全体にそういう人だって認知されてるから」


 と、口を開いたのは飯島先輩の頭を撫でる冴木先輩。飯島先輩は嫌がる素振りをしているが満更でもなさそうだ。それに、身長差的に、中の良い姉妹に見えないこともない。


「えっ、私ってそんな風に見られてたんです!?」


「うん。今更?」


「ひぃ……」


 と、先ほどまでの卑屈な笑みはどこかへ飛んでいき、途端に真っ青な顔色に変化させた。


 そんな事をしている内に、段々と他の部署の社員さんたちも集まってきて、砂浜のざわつきが増す。そして、真奈美さんが来た五分ほど後、社長がどこからともなく砂浜に現れた。


「はーい。みんな注目」


 ぱんぱんっ、と二回手を叩いて視線を集めるのは夏希さん。先ほど更衣室で見た水着を着ていた。


「みんな知っているとは思うけれど、今から部署対抗ビーチバレーをします。ルールとかは……きっと大丈夫ね。怪我をしないように気を付けて楽しみましょう。それじゃあ三十分後に一回戦を始めるから、それまでに体をあっためておいてね」


「「「「「はいっ」」」」」


 と、社員全体の声が砂浜に響いた後、あ、それともう一つ、と振り向きざまに夏希さんが言った。


「優勝した部署には景品があるから頑張って」


「「「「「はいっっっ!!!!」」」」」


 先ほどよりも一段と大きな返事が、砂浜に轟いた。

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