第38話 進みゆく事象②


 ぼうっと外の景色を、先ほどまで冴木先輩が座っていた席に座りながら眺める。特に面白みは無いが、それが逆によい。今の虚無感とマッチしている。


 今現在の時刻は午後五時。夕飯には早すぎるし、昼寝をするのには遅すぎる。どうにもできない時間がしばらく流れ、コンコンッと、これまでに比べたら控えめなドアをノックする音が鳴った。


 今度は誰だ。冴木先輩だとか、飯島先輩が忘れ物を取りに来たのだろうか。それとも、夏希さんがもう来たのか。


 とりあえず出てみない事にはわからないのでドアを開ける。するとそこには、なぜか奈那子さんが立っていた。


「あっ、えっと、ここ、一人……だよね? へへ」


 あぁ、この人。俺が分館に隔離される事聞いたとき、一人だけ目を輝かせていた気がする。


「ま、まぁ、おじゃましま——」


 バタンッ。


 俺は無言でドアを閉めた。その後にしばらくドアがドンドンなっていたが、無視してスマホを開いた。



 スマホを開いた俺は、しばらく色々見た後、夏希さんのトークを開いた。


 そして、今日の晩御飯は自分の部屋で食べてもいいですか? という趣旨のメッセージを送信。すると、ものの数秒で


【食べるのが一時間くらい遅くなるけどそれでもいいなら】


 と、返事が来た。


 返事が早すぎるのは正直怖かったが、自分のわがままを受け入れてくれたので感謝だ。


 そして、再び虚無の時間。スマホには動画投稿サイトくらいしか娯楽のアプリを入れていない。それに、そのサイトもチャンネル登録しているチャンネルの動画を一通り見終わってしまった。


 確か、社員での夕食が七時。そして、この部屋にご飯が来る時間は多分八時。まだまだ時間がありすぎる。


 畳に寝転がり、天井を見上げる。木でできた天井はところどころにシミがあって、子供の頃だったらビビったりしてたんだろうな、なんてことを思う。


 いつの間にか数えていた天井のシミ。それが両手で数え切れなくなってきたころ、段々と朦朧としてきた意識を手放した。



 どんどんどん、とドアがなる音で起きた。すこし怠い体を起こし、ドアへと向かう。お腹はいつの間にか空腹の限界を迎えていたのでちょうど良い。


 きっと女将さん的な人が持ってきてくれたのだろうと思いながらドアを開く。


 あくびを手で押さえながら、右手でドアを開けると。


「持ってきたわよ」


 と、女将らしき人と共に二食分のご飯を持ってきた夏希さん。一応社長モードではあったが、どこからかあふれてきた笑みが漏れそうになっていた。


「あ……どうも。それと、もしかして、夏希さんも一緒に食べるんですか……?」


「? えぇ。もしかして嫌だったかしら?」


「い、いえ、そんなことは全くありません。じゃあ、どうぞ?」


 まさか、二食分も食べるなんてなぁ。という感心に似た心意気を持っていると、女将さんが膝丈くらいの大きな机に配膳し始めた。


 向かい合うように二食分の配膳が終わり、一礼して外へ出た。そしてドアが閉まり、本当の二人っきりになった途端。夏希さんが口を開く前に俺が口を開いた。


「夏希さん、もしかして二食分も食べるんですか……?」


「!?!? なっ、なわけないじゃんっっ!!!!」


 ぼうっ、と途端に顔を赤く染め上げ、俺の言葉を身振り手振りも使って否定する夏希さん。そして、赤くそめた頬を手で隠しながら言う。


「わ、私は社員が一堂に集まったところで司会をしなきゃいけなかったから、遅くなっただけで、け、決して二食食べてるわけじゃないからっっ!!」


 声を荒らげながら、そう言って涙目で震える夏希さん。食いしん坊だと思われたのがよっぽど嫌だったのか。


「すいません、そんな事知らなかったもので」


「もうっ。心外だった!!」


「本当にごめんなさい」


 今まで無だった感情が、段々と湧き出てきた笑みに塗りつぶされて、こぼれ出た。


 それを見た夏希さんも笑みを浮かべて。俺と夏希さんは互いに笑い合って、部屋は笑顔で充満した。


 俺は、やはり夏希さんの笑みを見るのが好きなんだと、ずっと夏希さんの笑みを見ていたいと、そう思った。

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