第5話 ルーバーも、二人で食べれば、めちゃおいしい
数時間に及ぶ荷物の山との格闘の末、無事荷ほどきが終わった俺は、夏希さんに呼ばれリビングに来ていた。
「お腹、空いたでしょ?」
「ま、まぁ。でも、夏希さん何も作ってませんでしたよね?」
と、俺が言ったところでポーンと、落ち着きのあるチャイムが鳴る。そのチャイムを合図に夏希さんの顔がぱぁっと明るくなる。
「ちょっと出てくるね!」
そう言ってぱたぱたと足音を立てながら玄関に向かう。俺はやることもなく、フローリングに座って待つ。
汗でソファや椅子を汚してはいけない。俺はまるで断頭を待つ武士のように姿勢よく正座をする。
少しすると両手一杯にビニール袋を持った夏希さんが「よいしょ、よいしょ」なんて声を漏らしながらこちらへ歩いてくる。そして、数年前を思い出す様にぱっちりと目が合う。
でも、今回は前回のように見合う事は無かった。
「なんで切腹する前の武士みたいな座り方してるの新太君?」
俺が想像していたのとはちょっと違うけど、あながち正解だ。
汗でカーペットやソファを汚してはいけないと思ったことを正直に伝えると「え、」と驚いた表情を一瞬見せて、それからすぐ笑いをこらえられないといった様子で噴き出した。
「そっ、そんな! 汗なんて気にしなくていいのにー」
目元に浮かぶ僅かな涙を腕で拭い、二つの大きな袋をダイニングテーブルの上へと置く。
夏希さんはその袋の中から、沢山の容器を取り出す。それと同時に漂ってくる香り。
これは……『高いやつ』の香りっ!
上質な素材と一流の料理人にしか作り出せない、あのひと嗅ぎしただけでごはんが三杯いけそうな上品でいて中毒性のある香り。
俺は断頭を、いや切腹寸前のお侍さんをやめ、痺れる足に鞭を打ちながら立ち上がる。
するとそこに広げられていたのは、必ず料理名の前に『高級』と苗字のように付きまとう料理たち。
高級塩タン弁当やら、高級うな丼やら、その他諸々。レパートリーがすごい。ここまで高級なものを並べられるともはや恐怖心に近い物さえ芽生えてくる。
「す、すごいですね」
「でしょでしょー! やっぱり入居&同棲祝いはぱぁっとやらなきゃね!」
「そうですね! って、同棲?」
「あ……同棲は、そのー。一緒に住むことを言うじゃん? ね?」
「え、でも普通カップルとか、そういう人たちが一緒に住むことを……」
「一緒に住むことを言うんだよね? 同棲って!!」
「あっ、そうです。そうでした。ちょっと日本語学びなおしてきます」
またもや就職氷河期のせいにできなくなってしまった。長年付き添ってきた言語ですら俺は不自由だったなんて。何たる不覚。
夏希さんは満足げに、にこやかな笑みを浮かべる。
とりあえずかわいいなぁ、なんて思いながら目の前の豪華なごはんに改めて目を向ける。
あれ? 全部にこやかな笑みを浮かべな夏希さんに見える。おいしそう。
「ほら! 座って座って!」
と、言いながらも大きな胸をスマホのスタンドにしながら写真を撮る夏希さん。角度を変えようとするたびにぽよんぽよんしてすっごい。なんかもうすっごい。
夏希さんのすごい姿を見ながら俺は席に着くと、写真を撮ることに満足いったのか満面の笑みを咲かせながら席に着く。
「それじゃあいっただっきます! 新太君も遠慮しないで食べたいのお好きに食べてね!」
「ありがとうございます。それじゃあ僕もいただきます」
二人で手を合わせて改めて目の前の高級な食事と対面する。どれ食べたい? なんて聞いてくる夏希さんの手元には早速いくつかの食べ物が置かれている。
俺はとりあえず塩タン弁当を頂く。夏希さんは「好きな物どんどん食べていいからねー!」と言って自分の食事に手を付け始めた。
ところで。豪華な食事に気を取られていたせいで気にしていなかったが。
「夏希さん? 野菜は……?」
うな丼から始まり黄金色に輝くとんかつやら、何もかもすべてが茶色い。比喩とかではなく、比率が10対0なのだ。もちろん茶色のおいしそうな物が10で野菜が0だ。
「……えへ」
と、夏希さんはいじらしくげんこつに握った手をこつんと自分の頭に軽く落とす。
えへ、じゃないでしょうが全く。かわいいから許す。
「まぁまぁ、そんなに気にしなくても今日だけだから野菜なんて忘れてはじけちゃお??」
「……はじけます!!」
「いぇーい! じゃあいっただっきまーす!」
と言って、夏希さんは目にもとまらぬ速さでプラスティックの蓋を開け、箸を持ち、うな丼を一口。
口いっぱいにうな丼を頬張り、ぱぁっと周りに花が咲いたのかと錯覚してしまうような笑顔を浮かべる。
「おいひぃー! ほっぺがおちひゃいほう!」
箸を持っていないほうの手で、頬を押さえる。あまりの可愛さに俺は目をしばらく目を奪われていた。
「ありぇ? たふぇない……の」
と、夏希さんが俺の方を見たことによって交錯する目線。それと共に紅潮する夏希さん。どうしたものかと変わらず見つめていると、
「そ、そんなに見られたらはずかしいよぉ」
と、消え入りそうな声で夏希さんは言った。俺はその言葉で、ハッと意識を取り戻し、目を逸らす。
あぁ、自分でもわかる。
絶対俺も赤くなってる。
そう思った俺は、気を紛らわすためにも塩タン弁当に手を付けた。
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