第6話 勝負下着はエッチな下着


 タワマンの最上階から眺める外の景色。夜でも昼のように明るい都市は上から見てもいつもどおり健在だ。


 その景色を眺めながらたっかそうなグラスを持って水を飲んでいる。優雅にソファに座りながら、ではなくフローリングに直で正座だ。そうでもないと気が落ち着かない。


 フリーリングが俺の体温で温もってきたところで俺の足も同時に限界を迎えた。なので立ち上がり、広々とした部屋をすこし散歩する。


 ご飯も食べさせてもらって、住むところも提供してもらって、部屋の中で散歩して、お風呂も先に頂いちゃって。なんだか夏希さんに買われているペットみたいだ。


 夏希さんは俺をヒモにしてあげたいって言ってくれていたけど、今は働きたい気持ちの方が大きいし、もしヒモになっても世間様のお目目が痛いのでいざとなった時の最終手段として取っておくつもりだけど。


 そんなことを考えていると浴室から出てきたのかガラガラと扉が開く音がする。浴室からリビングまでは二つの扉を介するため、おそらく一つ壁の向こうで夏希さんが一糸まとわぬ姿なのだと考えると息子が愚息になってしまう。


 愚息にメッしながら飼い主を待つ犬のように夏希さんが出てくるのを待つ。


 女の人はお風呂上りにもかなり時間がかかるらしいと、どこかの記事で呼んだ気がするので気を長くして待とうとしていたのだが。


 ガラリ。


 予想よりもかなり早く開くドア。あれ? という言葉を漏らす前に全開になった。


 そして全開になった先には、煽情的なブラとショーツだけの、本当に一糸纏っただけの夏希さんの姿。あふれ出しそうなぽよよんは、ブラという防波堤のおかげでぎりぎり俺の理性にロックを掛ける。


 一旦双丘に張り付いた自分の目線を夏希さんの顔に向ける。と、お風呂上がりだからか、火照って耳まで真っ赤に染まっていた。


「あ、え、あ、その、いつもの癖で……ごめんねっ!!!!」


 途端に破裂音。すごい勢いで夏希さんはドアを閉めた。


 何だったんだ。と言うか、ほぼ全裸で毎日徘徊してたのか夏希さん。その姿を考えるとあぁ息子が。なんという事か。息子が愚息に進化してしまった。


 さっきから失礼にならないようにいろいろ気を付けていたんだけれど、さすがに愚息を夏希さんに晒すわけにもいかない。


 というか元々大した用もなく、ただ家の所有者よりも先に風呂に入って部屋でダラダラするというのもなんだか憚られたからリビングで正座をしていたんだけど。


 俺はすこし頭を働かせた結果、自分の部屋へと戻った。


 きっと恩返しするためだけの同居人からそういう風に見られていたというのも夏希さん嫌な話だろうし。


 とりあえずどうしようも無くなった俺は寝慣れたベットに横たわる。可もなく不可もなくなベットの寝心地はいつもなら俺を安心で包んでくれるのだが。


 今日ばかりはどうにも落ち着かない。それが新しい家のせいなのか、それとも部屋にカーテンがないせいなのかわからなかった。


 だが、そんな状況でもお風呂上がりの熱が冷めだして、心地よくなってくる。安心感は感じられないけれど、いいように考えればホテルにいるかのような気持ちにもなってくる。


 ゆっくり、じっくりと、睡魔が確かにのしかかってくる。いくつかの壁越しに聞こえてくる夏希さんのドライヤーの音も心地よく感じられてきた。


 そして、沼に溺れるような感覚を最後に、俺の意識は底なし沼へと沈んでいった。



【三雲夏希視点】



「えへへ。新太君の入ったお風呂。えへへ」


 私は緩む頬を気にすることなく、ゆっくりと、足から味わう様に新太君の残り湯につかってゆく。


 指先、ふくらはぎ太もも、そして、腰。じっくりと、すこし温くなったお湯に入る。


「ふわぁぁ……」


 効く。これは効く。どこぞの入浴剤の十倍くらい効く。(確信)


 最近なかなか取れなかった肩こりも心なしか取れて来た気さえする。


 それにしても。


「ふとったかなぁ」


 眼下でお湯と戯れている自分の胸を見る。いつからこんなに大きくなってしまったのだろう。


 最近も成長してきてる気がする。少し前のブラがきつくなってきちゃってるし……。


 少なくとも、ホームレスの時、すべてに絶望していた時はこんなに大きくなかった。平均的なサイズだった覚えがある。


 だけど、あの時から、ご飯もしっかり食べるようになってから、少しづつ大きくなり始めて。


 今となってはこんなにも立派になってしまった……。新太君が大きいのが好きなら嬉しいんだけど、小さいのが好きだったらどうしよう……。


 少しでも瘦せようと自炊もかなり前からやり始めたけれど、一向に小さくなる気配はないし。


 それなのに、少し太ったらすぐ大きくなる。栄養分もっていきすぎじゃない? 


 効能がすごいお湯に肩まで浸かる。最近凝っていた肩をじっくりと肩をもみほぐされているような気さえする。新太君の湯しゅごい。


 ふぅ、とため息をつきながら、どうしようかと頭を悩ませる。


 というのも、同棲するところまでは、上手くいった。予想以上だ。


 だけど、ここから、どうやって結ばれようか……。


 告白する?


 いいや、私にとっては運命の人でも、彼にとってはつい最近再会したばかりの美人な人だし……。


 じゃあすこしづつ距離を縮める……?


 いいや、そうしたら新太君が取られちゃいそうだし……。


 じゃあ……そうだ。


 そうなったら既成事実を作る、しかないよね!!?!


 大きいのが好きか、小さいのが好きかは賭けだけれど、少なくとも迫られて断る人なんていないでしょう!!


 そうと決まれば話は早い。私は名残惜しい新太君の残り湯に別れを告げて浴室を出る。


 そしてバスタオルで体をせっせこと拭いて、頭上にまとめていた髪を下ろす。下ろしたロングの濡れ髪は効果抜群だってどこかで聞いたからあえてそのままに。


 そして最後に、最近部下に選んでもらった勝負下着を身に着ける。淡い水色の生地に上品な花柄があしらわれた私から見てもかわいいと思える下着。


 私に似合うかは別として。


 最近買ったこともあって、割とサイズはちょうどいい。しかし、これで新太君の目の前に行くのかと考えると顔が熱くなる。


 だけど。これが最適解なんだと自分を納得させてバスタオルを置く。ふぅっと、深呼吸。


 顔の熱さは取れないけれど、多分時間がたてば経つほどに行けなくなってしまう。


 意を決してドアを開く。多分部屋にでも戻っているのだろうと踏んでいたのだけれど。


 何故かカーペットやソファがあるのにフローリングの上で正座をしている新太君が居た。


 新太君はほぼ全裸な私を下から上へと目線を移動させる。なんか、新太君が二人に見えた。うん、それはそれでめっちゃ嬉しいんだけど、絶対に幻覚だってわかる。


 そういう幻覚を見るほどには脳内がバグっていた。まさかリビングにいるはずがない、という予想と、この姿を見られた恥ずかしさで、だ。


 そして、ゆっくりとした動きで私の目と新太君の瞳が触れ合う。 


 こんなの耐えられるわけがない。


「あ、え、あ、その、いつもの癖で……ごめんねっ!!!!」


 我ながら痴女染みた言動をして、ドアを閉める。勢いよく閉めたせいでかなり大きな音が鳴ったけれど、そんなことどうでもいい。


「み、みられちゃったぁ……」


 心から漏れ出す言葉を抑えきれない。恥ずかしさと、恥ずかしさと恥ずかしさで潰れてしまいそう。というか無理じゃない? これより布面積狭い、というかゼロの姿で向かい合うのなんて!?


 というか、将来のことを考えるよりも今は今のことを考えなくちゃ……。


 もしかして、変なことをしようとしたことがばれちゃったりしてないかな。それとも、ビッチにみたいに思われちゃったかなぁ。


 でも、さっきの行動は冷静に考えると普通に痴女だよなぁ。私、まだなのに。今更ながらなんであんな事やっちゃったんだろう……。


「ま、まぁ、今考えてもしょうがない……かなぁ? 少なくとも、私のこれ《おっぱい》、嫌いじゃないって分かっただけ、収穫とおもっておかなきゃ」


 目が合った瞬間の新太君の顔の赤さ。妙に長かった私の胸への視線の時間。社会人として働くようになってから培った観察眼がそう言っている。


 冷静さを取り戻しても、未だに顔の熱い自分をそう言い聞かせ、まだ濡れている髪の毛をしっかりと拭き始めた。


 

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