第33話 分館に隔離された男が一人。そして……
季節は夏。一度外に出れば、額に汗が滲むこの季節。
そんな中、俺と飯島先輩はクーラーの効いた観光バスに乗っていた。ただし、飯島先輩は夢の中だが。
「まだ寝てんじゃん怜。寝すぎでしょ」
そう言うのは前の席から体を乗り出した冴木先輩。テンションはいつも通りだが、頭に被った麦わら帽子のせいで、楽しみだったことがバレバレだ。
「まぁ、直前まで鬼のように仕事頑張ってましたし、今日遅刻しなかっただけよかったんじゃないですか?」
「まぁ、それもそーだね。てか、日田、いつの間にか怜と本当に距離近くなったよね」
ちょっと嫉妬するー、なんて軽口を挟みながら冴木先輩は頬を緩める。
「そうですか? まぁ、最初がかなりひどかっただけで、今が普通なんじゃないですか?」
「うーん。まぁそういうことでいいかな。ま、これからもうちの怜を頼んだよー」
「は、はあ」
冴木先輩は麦わら帽子を被り直し、再び自分の席へと戻った。
※
「あつい……」
灼熱が身を焦がすような暑さ。お日様はサンサンでそれを遮る雲が一つもない。旅行日和と言うべきか、それとも灼熱地獄と称するべきか。
しかし、そんな暑さをものともせず、営業部の面々は有り余った元気をぶちかましていた。
「日田! 見て! 海!!!! 綺麗!」
と、はしゃぐのは飯島先輩。海を見ただけでここまでのはしゃぎ方、きっと疲れすぎている。
「そうですね……海、綺麗ですね」
確かに心の汚れが洗い落とされるような、キラキラと太陽の光を反射する海。ビーチには人の姿は無い。
バスを止めた駐車場からしばらく歩くと、そこそこ大きな建物が見えてきた。和、という感じが漂う、ホテルと言うべきなのか、旅館と言うべきなのか明言しがたい建物だ。
確か、こことビーチを社員旅行の為に貸し切りにしていると夏希さんから聞いた。相変わらず太っ腹だなぁ、と感嘆したものの、年々上がり続ける業績はこんなところに理由があるのかもしれないと思った。
まぁ、難しいことは考えずキャリーケースをガラガラと言わせ引きながら、ホテルの方へ入ろうとすると、玄関に夏希さんの姿。いや、今は社長モードのようだ。
偶にすれ違う社員さんと談笑を交わしたり、色々なことを取り仕切っている。
しばらく社員さんの列に並び、やっとこさ社長の元へたどり着き、夏希さんに一礼して中に入ろうとしたその時。
「あ、日田君。実は君、このホテルじゃないの」
「……え?」
ここ、旅館じゃなくてホテルだったんだー、じゃなくて。
「そ、それはどういう事でしょうか……?」
単純な疑問を夏希さんに向けて吐き出す。夏希さんはすこし申し訳なさそうな顔をした後で、指を左方向に差し向ける。
そこには目の前にあるでかでかとした和風ホテルには数段劣る、ぼろい三階建ての木造建築があった。
「…………もしかして……?」
「……ごめんなさい。もしかして、よ」
がくりとうなだれ、膝をつく。まぁ、女性社員さんばかりのこの会社の社員旅行に帯同させてもらっただけありがたいと思うべきなのだろうか。
「その、ね。一応ホテルの中でも部屋は別々なのだけれど、分館に泊まってもらうことになってしまって……本当にごめんなさい」
「い、いえ。仕方がないですよ……本当に」
俺は唖然とした表情を浮かべる飯島先輩と、営業部の面々にお辞儀をし、キャリーケースを引いて分館に向かう。
すると、後ろから「あ、ちょっと」と、声を掛けられ止められる。
何事かと後ろを振り向くと、すぐそこに夏希さんの顔があった。
「食事は本館で食べてもらうから! それと、夕食は七時からね? それまで自由時間。わかった?」
「はい」
夏希さんは再び申し訳なさそうな表情を浮かべ、それを背に俺は分館へと進んだ。
※
「なんか、うん。趣があっていいね!」
悲しさを感じないように、独り言を発して気を紛らわせる。
部屋は二階にあり、すこしぼろさは気になるものの、割と居心地は悪くなかった。それに、部屋が妙に広いのも唯一の救いと言えるだろう。
キャリーケースにまとめた荷物は軽く出し、整理する。一応水着なども持ってきたのだが、使うタイミングはあるのだろうか。
……うん。多分ない。
キャリーケースの奥深くに藍色の水着を封印しながら、改めて今回の社員旅行の日程を脳内で再確認する。
椿堂株式会社の社員旅行は三日間。初日と最終日は自由行動で、二日目が全体レクリエーションとなっている。
多分参加することのないこの予定表も、脳内の奥深くに封印し、窓際の椅子に座る。目の前にもう一つ椅子があるのがなんとも悲しい。
しかし、窓の外に広がる光景はあながち悪くなく、しばらく眺め続けられるくらいには良かった。
だが、やはり景色は景色。動かぬものを数時間も眺められるほど年を取っているわけではない。飽きが訪れたところで部屋の中を改めて探検してみる。
部屋はかなり大きく、その部屋を二つに区切れるようなふすまが真ん中にあり、収納はところどころに点在している。
浴室も一人にあてがわれる部屋とは思えないほど大きく、3、4人入ってもまだ余裕がありそうな程だ。
本館に泊まれなかった俺への配慮かな、なんて自己完結していると。
どんどん、と古いドアをノックする音が聞こえた。
ドアを前後に押せば自然となる音。ぼろい故にガサツな音になってしまうのには目をつぶらなければいけない。
俺は女将的な人だと思い、返事を返して玄関に向かう。室内用のスリッパを脱ぎ、鍵を開け、ドアを開く。
そして、目の前の趣のある廊下に立っていたのは、軽い手荷物を持った夏希さんだった。
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