第15話 夕飯とワンちゃん。
「んもー! そんなところに座らなくてもいいのに! 早くこっちおいで」
ぷんぷんしながらこちらへ歩いてくる夏希さん。キッチンからはなんだかいい匂いが漂ってきている。
俺は言われた通り立ち上がり、こちらへ来た夏希さんと共に席へと戻る。
テーブルの上には二つのランチョンマットが敷かれていて、そのランチョンマットの上には野菜のたっぷり入ったミネストローネスープや、うまい具合に焼かれたポークソテーなど、さっき言った品数より一つ多くなったおかずが並べられていた。
「なんとなく茄子の素焼き食べたくなっちゃって焼いたんだけど……どうかな?」
「僕も茄子、大好きなので嬉しいです」
「そ、そう! 良かった! じゃあたべよっか!」
これお好きにかけてねーと、醬油と鰹節のパックを渡して夏希さんは手を合わせていただきまーすと、一言。それからごはんに手を付け始めた。
ところで。
「ミネストローネの野菜とか、茄子は食べられるんですね」
俺の机には先ほど言ったミネストローネスープと、ポークソテーと、ご飯、サラダ、ヨーグルト。それにさっき言った茄子の素焼きの五品。それに比べて夏希さんは、サラダを抜かした四種類。
「あー、私、生野菜がやっぱり苦手なんだよね……はずかしながら」
えへへ、と夏希さんは人差し指でこめかみを書きながらそう言って、照れ隠しの笑みを浮かべる。
自然と頬が緩むその顔に俺はそうなんですね、と返し、微笑ましく感じるその光景をしっかりと目に焼き付けてから箸を持った。
※
「ふぅー。お腹いっぱいです」
「そうだねー。さすが男の子。いっぱい食べたもんね」
夏希さんはえらいえらい、と付け加えながら笑みを浮かべてそう言った。めちゃくちゃおいしかったし、今度はもっといっぱいご飯食べよう。
「あ、新太君。食後の飲み物いる? コーヒー、紅茶、緑茶とか、いろいろあるけど、何か飲みたいものあるー?」
「えーと、じゃあ緑茶でおねがいします」
「わかったー」
と、夏希さんはキッチン近くの棚を開き、そこから緑茶やコーヒーの粉状のスティックを取り出し、おっとっと、なんて言いながら電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる。
すこしすると、電気ケトルから湯気が立ち上がりピーっという音と共にお湯が沸き上がった。
緑茶と紅茶を似たようなカップに入れて、そのカップを両手に持ちながらテーブルへと戻ってくる。
「はいおまたせー」
「あ、どうも」
「いえいえー。熱いから気を付けてねー」
と言いながら夏希さんは席に着いた。それから夏希さんは自分のマグカップに口をつけて——
「あぢっ! あつ、あっつ!!」
「えぇ」
自分でフラグを回収していくなんて、さすがです。
「ひや、思ったよりあひゅかっら」
べーっと、舌を出しながら言葉をしゃべっているせいで、滑舌がだいぶ悪くなっている。それと、夏希さんの舌を見るとさっきの光景が思い出されるからよくない。
「沸かしたてのお湯で作ってるのに、冷ましもせずに飲もうとするからですよー。氷いります?」
「ご、ごめんなひゃい……氷をお願いしまひゅ……」
まったく。こんな姿会社じゃ一ミリも見せないのに。なんて考えながら製氷機からいくつか氷を取り出し新しく取ったコップに入れる。
そしてどうぞ、とコップを目の前に差し出すと、それを数秒眺めて座っていた夏希さんは立っている俺の顔に視線を向ける。悪そうな顔をして。
「ねーねーあらひゃくん」
「……なんですか」
「こほり、わらひのべろにあへへくれにゃひ?」
「なんて言ってるかわからないのでとりあえずコップ机に置いておきますね——」
「私の火傷していたいいたいしてる舌に新太君が氷を当ててくれなーい?」
と、目を潤わせ、懇願するように俺のパジャマの裾を掴んでくる。てか、普通にしゃべれるじゃん……。
「らめ?」
一度口内に戻した舌を再び外に垂らしながら言った。これ以上見せられてもこっちがどうにかなりそうだ。
「わかりました。早く終わらせますよ」
「やっらー!」
無垢に見えるその笑顔の奥にどんな考えを宿しているのか。まったくもって謎である。
手に触れる部分だけティッシュを覆い、ティッシュの無い部分で夏希さんの舌にぴたりと氷を当てる。
すこし当てるとひゃっ、という声をいちいち漏らしてくる。いや、良いんですよ? いいんですけど、すごく悪い。どこにとは言わないけど。
「はひゃぁー、ちめたいね、こほりっへ」
「それはそうでしょ。氷なんですから」
「そうだね、えへへ」
全くなんなんだこの生き物は。かわいいを集めて集めてぎゅっぎゅしてやがる。
「そろそろ大丈夫そうですか?」
「うん。あふぃがと」
「どういたしまして」
溶けて水が滴って腕に伝ってきてたからとりあえずそれを払って、氷とティッシュを分別し、氷はキッチンに捨て、ティッシュはゴミ箱に捨てる。
夏希さんの方へと振り返ると未だに舌を出している。まだ火傷の痛みが残っているのだろうか。それなら病院にでも——と、思ったが。
「なんか、いぬみひゃいだよね、いま」
「…………はい?」
「ほりゃ、こうひゃってずっと舌を出してて……。わんっ……わんっわんっ!」
「ちょ、ちょっと夏希さん」
ニコニコしながら、両手をグーにしながらすり寄ってくる。絶対悪いテンションになってるぞこれ。
「わんっ、わんわんっ!」
ベロを出したりしまったりしながらわんわん、わんわんと言いながらついに俺の胸へと到着する。
到着してからも俺の胸筋当たりをグーにした両手ですりすりしてくる。
「わんわーん。わんっ!」
へへへ、と嬉しそうな顔を浮かべながら、ついには頭をすりすりと俺の胸に擦り始めた。
「いいにおいだわーんっ」
何度香ってもいい匂いすぎる夏希さんの匂いが鼻腔を刺激してくる。それに段々と密着度も高まってきていた。
本当にそろそろやばい。夏希さん自体もなかなかやばいが、俺もやばい。特に俺の息子がっ。
そう思った俺は今日三度目の密着をしている夏希さんの肩を持ち、俺の体から剥がす。
「な、夏希さんっ!! しっかりしてください!」
「あっ…………あっ。……えーと、えーと。こ、ここはどこ? 私は誰?」
まるで今から梅干しになるのではないかと言うほど羞恥に顔を染め上げ、頭から蒸気を出しながらプルプルと震える夏希さん。それはそれでかわいいけれども。
「記憶喪失の真似してもダメですよ。強いショックを受けてないです」
「…………ちょ、ちょっと、私は部屋に戻るね……」
そう言って夏希さんは揺れる足取りで自分の部屋へと戻っていった。
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