第12話 密着は強制進化イベント
あの後、少しづつ飯島先輩に会社のことを教わったり、新人の仕事を説明してもらった。
と言ってもやれることは少ないため定時で帰ることになった。皆さん結構まだのこっててなんだか気まずかったです。
今日は大変だったがいい人ばかりであんがいやっていけそうだな、というのが初日の感想だ。
そんな俺は今地下駐車場で夏希さんの車を待ってた。
少しすると、静かに唸る猛獣のようなエンジン音の車が近づいてきた。漆黒のボディにところどころにあしらわれているシルバーのパーツが映える。夏希さんの車だ。
「ごめんなさい、待たせたかしら」
「いえ、自分も今来たところです」
「そう。返事としては満点に近いわね。それじゃあ乗って」
はい、と返事をしながら俺は助手席に乗り込む。シートの座り心地は言うまでもなく最高だ。
変装のためなのか、サングラスをかけた夏希さんが一度こちらを見て、アクセルを踏む。滑らかに、地下の少し冷たい空気を切り裂くように車は走り出した。
※
「鍵、開けるわね」
相変わらずこの部屋の前に車で一言も会話を交わさなかった。と言うか、交わせなかった。
あまりにも重苦しくて、一言でも喋れば窒息してしまいそうで。
鍵が開いたようで、一度後ろにいる目配せをした後、部屋の中へと入ってゆく。
俺もそれに続いて入り、ドアが閉まる。オートロックの音が静かな部屋に響き、玄関にいる俺と夏希さんの二人の耳に入る。
そして、その音がトリガーだったかのように、突然夏希さんが後ろにいる俺の方へと振り返る。
夏希さんのすぐ後ろをついて部屋に入ったせいで生まれる至近距離。
俺のすぐ後ろはオートロックのドア。夏希さんが前に、部屋の中へと進まない限りはほぼ密着しているようなこの状態。
ぎりぎり何とか、夏希さんの凶暴な双丘が俺の胸と腹の間を撫でるか撫でないかの瀬戸際をさまよっている。
俺はどうにも動けず、身じろいでいるとやっと夏希さんが動いた。
何故か俺の方へ。
「えっ、ちょっ!?」
押し付けられる双丘。数枚布を挟んでいてもわかるその柔らかさ。さては夏希さん、俺の息子を愚息へと強制進化させようとしてるな?
という冗談はさておき、マジでこの状況はまずい。スーツだから、息子が起動してもある程度までは何とかこらえられる。
けれど、それも何とかの範疇に収まればの話。
ちょうど俺の股間の位置は、夏希さんの下腹部。胸がここまで押し付けられていることを逆算すれば、下腹部までの距離は数センチ。
大体俺の息子が八割起動したら終わり、っていうところだろう。
で、今偉そうに計算していたけど、実は今9割なんですよね。はは、オワタ。
興奮していることがばれないように、下心を感じさせないようにこの二日頑張ってきたつもりだったんだけど、どうやら俺はここでお終いみたいだ。
と、思ったが、夏希さんは何を言うわけでもなく、ただじっと俯いている。
夏希さんの香水の匂いがふわりと香る。俺は、どうしようもなく、心臓の鼓動を感じる。俺のか、夏希さんのかわからない鼓動を。
どれくらい経っただろうか。とにかく高速でどちらのかわからない鼓動を数十回刻んだ頃。
「その、新太君」
「は、はい」
もしや、ばれてしまったのだろうか。俺の愚息が夏希さんの下腹部にあたってしまっていることを……。
「きょ、今日、会社大丈夫だった?」
俯いていた視線を俺の目の高さまで持ってきたことによって重なる視線。夏希さんの顔が今までにない位に近い。
唇の艶、潤んだ瞳、長いまつげ。すべてがありありと見える。
「あ、えっと……」
「何も問題はなかった? いじめられなかった? いないとは思うけど、もしそんな子がいたら私、えーと、えと、どうにかするよ?」
夏希さんは止まらない。
「もし、もし、会社が合わなかったら私のヒモでもいいんだよ? というか、それをお勧めするよ???」
「夏希さんっ!」
「あっ、ごめん、どうしたの?」
体を一度ビクリと震わせ、まっすぐ通い合っていた目線を少し下げる。そのせいで上目遣いになっていてずるい。かわいすぎる。
気持ちは落ち着かないが、思っていることをきちんと伝えた方がいい。そう思った俺は意を決して口を開く。
「会社はいい人達ばかりでした、もちろん女性ばかりで緊張もしましたけど、案外やっていけそうかもなぁーって言うのが、今日の感想です」
はっとしている夏希さんに続ける。
「だから、ありがたいんですけど、今は働きたい気持ちの方が大きいので働かせてください。お願いします」
本来なら頭を下げてお願いしたいところだが、密着状態にあるのでどうにも動けない。だけど、俺の意志はどうやら伝わってくれたようだ。
「そっか……なら良かった!」
夏希さんは一瞬、真顔に戻ったが、すぐに笑顔を取り繕う。そして、やっとお胸様による拘束を解いてくれた。
圧迫感からの解放による清々しい気持ちと、もう少し、と言うかあと小一時間ほど味わっていたかったという気持ちが葛藤してなんだかむず痒い。
それから夏希さんは特に変わった様子もなく、中に入ろうか、と一言言って部屋に入った。
そして、俺は息子を必死に抑えながら思った。
別にあんなに密着して聞かなくても良かったのでは、と。
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