第5話 マーくんといっしょ(1)

 朝は得意だ。目覚ましが鳴るとすぐに起きだす。ご飯を漬物でかきこんで朝食を済ます。宿題が終わっていないときは宿題を完成させなければならない。お母さんは宿題を終わせてからでなくては学校に行ってはいけないという方針を打ち出している。宿題はそれほど重要事項らしい。それで、たまに遅刻することになる。

 学校へは集会所に集合して班ごとに集団登校する。なぜか逆方向にあるマーくんの家の前でマーくんと合流してから集会所へ向かう。逆方向といっても、となりの家だからほんの数歩の貸しだ。マーくんも宿題が終わらないことがあるのか、お母さんが出てきて先に行けと言うことがある。マーくんは朝が得意ではない。寝ぼけたような顔をしてあくびを連発しながら玄関から門まで歩いてくる。メガネがズレるらしく、あくびをしてはメガネを直す。

 マーくんはノンビリ歩く。朝は特にノンビリだ。集会所まで走って行くわけにいかない。いつも同じ道ばかりを歩いていると飽きてしまう、できるだけいろいろな道をとおって集会所へ向かうことにしている。マーくんはついてくるだけだ、どの道をとおったかなんて知らない。

 秋月の家のまえを通る。天使と英麗玖の家だ。アンジェとエレクなんて名前だけれど、お父さんかお母さんが外国の人というわけではなくて、ただの趣味でそんなかわった名前というか、こじつけの名前にされたそうだ。ベランダに洗濯物が干してある。この家のお母さんかお父さんは早起きして洗濯したみたいだ。

 集会所にはたいてい最後の方になって到着する。マーくんを迎えに行くし、ノンビリ歩くし、道を遠回りすることもあるからだ。班長のうしろにマーくんと縦に並ぶと全員集まったということになり、班長を先頭に出発する。天使はとなりの班だ。意味はないけれど、天使の班より先に出発すると気分がよい。

 校門を入ると班は解散。泰人は鉄棒まで走り、ランドセルを近くに放置して鉄棒に飛びつく。マーくんは教室へ向かう。小学校にあがるまえから逆上がりは得意だ。何度も逆上がりをしたあと、鉄棒にすわる。バランスがむづかしい。前後に倒れそうになる。いまも前方にバランスが崩れてしまった。ちょいとお尻に力を入れて、その勢いで鉄棒の前に飛び降りる。

 失敗失敗。

 学校まで距離のある地域に住んでいる生徒は時間に余裕をもって通学してくる。たいてい先に鉄棒にひとりふたり取りついている。それでも鉄棒に空きはある。泰人が鉄棒をしているあいだ、鉄棒がいっぱいになることはない。それほど人気というわけではないらしい。

 今度は鉄棒の上に立ち上がり、足をいれかえて向きをかえる。腰をかがめて両足の間の鉄棒をつかみ、そのままお尻から背中方向に倒れ、くるっとまわって足から着地する。グライダーという技だ。くるっとまわるときに頭に感じる浮遊感が気持ちいいし、足で勢いをつけて跳ぶことで飛距離を稼げるのが満足感につながる。つま先の位置に靴で線を引いてシルシとする。つぎはもっと遠くへ飛びたいと野心が燃えあがる。男の子は誰でも野心家だ。そうでもないか。

 そのうちに朝の会がはじまる。ずっと遊んでいられるわけではない。鉄棒をつづけると手のひらが痛くなってしまうし、ちょうどよいところで鉄棒をあとにする。

 担任はおばあちゃんみたいな人だ。梅干しみたいといってもよい。干からびたような、体がしぼんでしまったような、皺くちゃのような。おばあちゃんなのは見た目だけではない。声も皺くちゃだし、動作もゆっくりしていて、腰がいくらかまがっている。きっと歳をごまかして先生をやっているのだ。担任はカッコいい男の先生かやさしい女の先生がよかった。それに、梅干し先生はなにかというといろいろなところに正座させるから嫌いだ。床の上、イスの上、机の上、教壇の床、廊下と、泰人はすべての正座を制覇している。泰人だけが正座させられるわけではないけれど、すべて制覇しているのは泰人だけだ。どんな悪いことをして正座させられることになるのかは、よくわからない。

 学校の授業は嫌いだ。休み時間が待ち遠しい。それと給食。パンの日よりご飯の日がよい。家でいつもご飯を食べているけど、家のご飯より給食の方がおいしい。お母さんの炊くご飯は水が多すぎるのだ。ベチャベチャして、口の中ではネチャネチャする。給食のご飯はおいしいのに、食パンはパッサパサでマズい。たぶん焼いてから三日くらいたっている。飲み込むときノドにひっかかるから危険だ。コッペパンなら水分が残っていそうに思うけれど、すべての期待は裏切られると運命づけられている。

 学校における唯一の希望、給食にまでも裏切られた日はつい飲みすぎてしまう。牛乳を飲みすぎると満腹になってしまい、夕食が食べられずお母さんに叱られる。さらにはお腹を痛くしてしまう。大人の二日酔いみたいなものだ。牛乳の飲み過ぎなんて二度とするかと心に誓っても、理不尽な目に遭わされた日には飲まずにいられない。男の子なんて弱い生き物だ。生徒の幸せのため、給食の質には気をつけてもらいたい。


 学校が終わって校舎を出たら、すぐ近くにあるジャングルジムに取りつく。手足を素早く動かし、外周をまわる。できるだけ速く。もっと速く。いやもっとだ。ジャングルジムを独り占めできるわけではない。ちんたらしている子は抜かしてゆく。背中に覆いかぶさるようにして、遅い子の先にある棒に手を伸ばすのだ。そんなことをされたら気分が悪いというのはわかるけれど、ほかに方法がない。地面に降りるわけにはいかないのだ。

 ジャングルジムの遊び方には鬼ごっこもある。オニにタッチされたり、地面に降りたりしたらオニ交代になる。むづかしいのは、追いかけられているときに棒の抜け部分をうまくやりすごすことだ。注意が散漫になって、棒の抜けているところをつかもうとしたり、足をかけようとしたりすると、ジャングルジムに顔から激突したり、足を踏み外してアゴを横棒に打ちつけたりする。地上の鬼ごっこよりケガをすることが多い。危険だけど、やりがいはある。上級者になると、外周をまわるだけじゃなくて足からすっとジャングルジムの内部に入り込んでいける。そうするとオニは追って行くのがむづかしい。実力至上主義の世界なのだ。

 追い越しや、タッチしたしないでケンカになることもある。どちらにも言い分があるのだから、こぶしで決着をつけようということだ。ケンカにならなくても、ジャングルジムでしばらく遊ぶと手のひらが痛くなる。痛みに我慢できなくなったら、やめて下校する。

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