第36話 二度あることは三度あるって本当ですか?(2)

 集会所の自転車置き場。相内お姉さんが、薄いコートを広げ、駆け寄ってきて、背後にかくまってくれる。天使に手首の拘束を解いてもらう。

 猫殺しは警戒して距離をとっている。死んだ目にも表情がある。怒っているような、怯えているような。

「小学生かな」

 相手はナイフをもっているというのに、相内お姉さんは意に介していない様子。体の前でナイフをかまえているんのだ、気づいていないってことはないはずだけど。

 腕をクロスして腰のあたりに当てる。

 今度は両手を広げ、上に掲げる。

 右手にカナヅチ、

 左手にタガネをつかんでいる。

 タガネというのは、金属に筋をつけたりするのに使う道具だ。ガッコウに相内お姉さんをたずねたときに見せてもらった。

 タガネを前に、カナヅチを頭上に掲げ、右足を引いて猫殺しに対し斜に構える。

 芝居がかっている。見てほしかったんだろう。

「降参するなら今のうちだよ」

「す、するかっ」

 猫殺しの右肩をなにかがかすめ飛ぶ。

「うおっ」

 となりで天使がパチンコを撃ったのだ。鉄串が刺さった肩を狙うなんて、えげつない。

「とりゃ」

 隙をついてお姉さんが右足を前に繰り出し、

 カナヅチを打ち下ろす。

 ナイフを持った手首を直撃、

 ナイフが落ちる。

 叩かれた手を胸の前に抱え込む。

 左足を払って倒し、叩いた方の腕を背中にひねりあげて、膝を落とす。

 容赦がない。

「すぐあずみさんきてくれるから」

 あずみお姉さんに連絡済みらしい。わかったとうなづく。天使は無表情。

「ところで、なんか縛るものある?」

「ある」

 天使がかけってゆく。さっきまで縛られていたんだ、そりゃ縛るものはあるさ。って、どこにかけって行ったんだ?天使は。すぐ足元に紐が落ちているというのに。

「相内お姉さんは、なんでここにきたの?」

「ん?自転車だよ」

「そうじゃなくて。理由」

「ああ、理由ね。先にそういってくれればよかったのに。ほら、あれだよ。うん、そうそう」

「そうそうじゃなくて」

「そうそうでわからないかな。イシンデンシンだよ。まだ知らない?そっかー、しょうがないな。うん、ハッキリいえば、取材かな」

「取材って?」

「わたしが取材って言ったら、つぎの作品の取材に決まってんでしょうが。そう、つぎの作品。ああ、アンジェちゃんありがと」

 天使が紐の束をもって走ってくる。縛り上げられたときに猫殺しがもっていたやつだ。あれで縛って、ちょうどいい長さにナイフで切ったんだった。さっきやられたように後ろ手に縛り上げる。紐は十分にあるから足首も縛る。あとはあずみお姉さんを待つだけだ。

「こいつ、猫殺してたんだ」

「げっ、そうなの?うへぇー、見せないでね」

「警察に捕まって、牢屋にいれられる?」

「うん、えっとね。大人とはちがうけど、閉じ込めていい子ちゃんにするんだよ」

「はい、返す」

 天使がパチンコを差し出している。おお、そうだった。せっかくの武器としてパチンコを撃つ機会を二度とも天使に奪われるなんて、不幸だ。天使が捕まってくれれば、パチンコで助けてやるのに。

「さっきパチンコでなに撃ったんだ?」

「これ」

 手のひらにパチンコ玉がキラッと光る。

「どこでそれ手に入れたんだよ」

「お地蔵さんの前に供えてあったよ」

「それ、おれが供えたやつじゃないか。使っちゃって、もう見つかんないぞ。残りはもどしとけよな」

「わたしに命令するなー」

 林を掃除しながら見つけ出したパチンコ玉だった。強盗犯のときは撃たなかったから、のこり三つだ。もともと五つしかなかったのだ。

「あのなんか降ってきたのはなんなの?」

「秘密基地の防犯装置」

 しまった。秘密基地って言ってしまった。口を手で押さえても出てしまった言葉は取り戻せない。あとに出てくる言葉を止められるだけだ。

「どういう仕組みだったの?」

「バーベキューの串だよ。バーベキューセットがゴミで出てたから、串だけもらっておいたんだ。家からももってきたけど。

 強盗がきたから、防犯装置が必要だと思って、串が降ってくるようにしようと思った。串にはケツのところに穴が開いてるんだよ。釣り糸を通して木に吊った。一方の端を枝に結んで、串を通して、糸を枝に引っ掛け、串、枝と交互に。で、もう一方の端っこをタヌキの置物の首に結び付けた。そんなのを何本もつくってあったから、タヌキの置物をパチンコで撃って壊せば、釣り糸がするするっとゆるんで串が降ってくる」

「ふーん、話で聞くとうまくいきそうにないけど、ちゃんと降ってきたからすごい」

「聞くからにうまくいきそうだろ」

「パチンコで直接その人撃った方が確実だったと思う」

 天使は怖いことを言う。

「パチンコで人を撃っちゃいけないんだぞ。あずみお姉さんとの約束だ」

 なぜか睨まれてしまった。

「ともかく、ありがとな、たすけてくれて。天使は命の恩人だ」

 返事は返ってこない。

 勢いよく赤い車が集会所の広場に侵入してきて、ぐぐぐっと砂を噛む音をさせながら目の前で止まった。あずみお姉さんだ。ドアの上部に手を当てて閉め、髪をかきあげる。高校生みたいな見た目だ、キマッタとはいいにくい。

「みんなケガはない?タイト、大活躍だな。名探偵にでもなるつもり?って、タイト!大丈夫?死ぬんじゃないの?」

「へ?」

「首」

「くび?」

 パチンコを尻のポケットにしまって、両手で首を絞めるようになでる。手はぬるっと、首はちりっと痛みが走る。手を見ると左手が赤く濡れている。血だ!もうダメだ。死ぬ。その場で尻もちついてへたりこんだ。

 あとから警察の車がまた集会所の広場を埋めた。あずみお姉さんに病院に連れていかれて首の手当てを受けた。病院についたときには血が止まっていたらしく、血を拭きとってクスリのついたガーゼを当てるだけで終わりだった。首に包帯を巻かれたし、ほっぺも肩も擦りむいていた、すごい重症みたいになった。


 傷はすぐに消えてもとどおり。タヌキの置物を調達できたらまた鉄串の仕掛けをしなければならない。メンドクサイ。

 そんなことよりも、いまは戦争だ。

 アリだ。

 だんだん暖かくなってアリが秘密基地に攻めてきたのだ。駄菓子を秘密基地の床に置くと、すぐにアリがきてたかってしまう。すわっていると体にも登ってくる。いっそ火をつけて燃やし尽くしてやろうかと思ってしまう。

「うわー、こんなところにヘンなもの作って」

 アリではなく天使だ。なんの用だ。ここは秘密基地なんだぞ、ちょっと前を通りかかったから寄るような場所ではない。

「ノックくらいしたらどうなんだ」

 頭を叩いてくる。

「はいってますか」

「うっさい」

 手を払いのける。

「うわっ、なにこれ。アリがいっぱい」

「うむ。アリの侵入を許してしまったのだ」

「許してしまったのだじゃなくて、降りてきなさいよ」

「うん?」

「あ、ごめん。命令じゃなくて」

 普段自分が命令口調で話されるのを嫌うから、こんな反応になるらしい。なぜ秘密基地を降りなければならないのかというつもりだった。

「秘密基地は男のロマンなんだよ」

「たしかによくこんなにゴテゴテと作ったと感心しちゃうけど」

 火事にみまわれたお地蔵さんの囲いを建てなおすとき出た廃材と端材をちょうだいして、木の枝の間に板を渡して床とし、棒状の木で手すりを作ったのだ。あと、入口に板と端材でノッカーとしたものを吊ってある。天使には通じなかったけれど。春になって葉が茂ったから秘密基地という雰囲気は十分だ。アリさえ攻めてこなければ快適なはずなのに。

「一緒に缶蹴りしてほしいの。チビたちが泰人と一緒がいいって」

「うむ、缶蹴りね」

 缶蹴りは得意中の得意だ。でも、ずっとそんな遊びはしていなかった。冬はじっとしているのがツラいからカクレンボ系の遊びは封印していたのだ。暖かくなるころには、みんなと遊ぶ機会がなくなってしまったし。

 天使の言うことに逆らうとロクなことにならない、秘密基地をアリどもにくれてやり、大人しく地上に降りることにした。

 公園にはチビ三人組が揃い、マーくんも狩りだされていた。天使と友達二人をいれて八人。缶蹴りをやるにはいい人数だ。

 アスカちゃんが缶を蹴り、オニは頼人。缶をセットし、数をかぞえはじめる。

 遊具の影、木の上、公園入口の壁、神社の方まで行って隠れてもよい。何度も缶蹴りをしているから、隠れる場所はほとんど決まってしまう。神社の林に駆け込み、木の幹に隠れながら、秘密基地まで。床を進み、手すりを乗り越えると壁に簡単に乗り移れる。壁の上にすわった状態から、手をついて向きを反転させ、足をついて飛び降りる。ここは暴走車が疾走していた狭い道路だ。

 道路を公園の周囲までくると、壁からフェンスにかわる。このあたりはフェンスの公園側に植え込みがあり隠れることができる。フェンスを進んで角を曲がったところからは植え込みがなくなって、姿がオニから見えてしまう。植え込みに隠れたところから様子をうかがう。マーくんとアスカちゃんが頼人に捕まり、いま天使が見つかったらしい。頼人が缶に足をかける。作戦決行のタイミングがきてしまった。

 頼人は神社の方を睨んでいる。隙をついて、腰を落としフェンスに沿って走る。このあたりは公園側の遊具だけが姿を隠してくれる。公園入口の低い壁にたどりつく。近くのパンダとカメの置物の影に、天使の友達がひとりづつ身を潜めている。

「タカカケ、缶蹴って」

 そのつもりだけど。自分たちは隠れたまま出てゆく気はないのか。

 フェンス側から様子をうかがう。頼人は缶からかなり離れて、林の先、お地蔵さんのほうに注意を向けている。なにかがチラチラ見えているのだ。青い帽子のツバだ。

「タイトくーんみっけ」

 缶を踏みにもどる。でも、あれは泰人ではない。泰人はここにいる。あれは泰人の帽子だ。

「タイトくん見つけたよ」

 みっけといったのに姿をあらわさないから不審に思っている。缶を離れる。

 いまだ。

 缶に向かって駆ける。

 泰人の青い帽子をかぶった英麗玖がパッと姿をあらわす。

 頼人が気づいて缶にもどる。

 英麗玖と泰人の名を叫ぶ。

 スライディングして缶を蹴る。

 缶は勢いよく飛んでいった。

「すごーい」

 アスカちゃんの声。

 頼人はズルーいといった。

 タイちゃんナイスといったのは英麗玖。

 マーくんはクールにニヤリ。

 ホコリを叩いて立ち上がり、お尻の横、足の付け根の外側をすりむいていることに気づいた。熱い。痛い。足の骨が出っ張っているところまで半ズボンとパンツをまとめてまくりあげ、血と土が混ざり合っているのを見つめる。天使が痛そうに顔をしかめている。男の子にケガはつきものだ。缶蹴りでそんなにケガすることも珍しいけれど。久しぶりで張り切りすぎてしまったようだ。

 夜、風呂にはいったときは死にそうにキズが痛んだ。一瞬、天国のおじいちゃんの笑顔が見えたほどだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る