第35話 二度あることは三度あるって本当ですか?(1)

 二度あることは三度ある。よくそんなことをいう。一度あることは二度もありそうだし、二度あることは三度だってありそうだ。小学生だってそのくらいわかる。わざわざ大人が大切なことのようにいう感覚がわからない。百年に一度しかないようなことに遭遇したら、きっと二度目を経験することはないだろう。けれど、日常に生活していて百年に一度しか起こらないことなんてありそうにない。このありそうにないというのは、出会わないという意味ではなく、百年に一度遭遇するような事象が存在しないということだ。ということは、一度あることは二度もあるというのは、正しそうだ。ただ、その頻度は問題になる。一度あったあとに時間が経って忘れてしまってから二度目がやってきたら二度目だということに気づかない。すると、一度あることは二度もあるという命題に疑問をもたれることになる。つまり、二度目まで覚えているくらいの頻度で起こることが対象なのであり、すると三度目も起きるし、覚えていられるという、それだけのことなのだ。特に、日常生活というのは一日一週間一年とサイクルをもっている。二度や三度なんてケチなことは言わずに何十回何百回何千回と起きることばかりだ。

 具体的に考えよう、いまの状況はどうだろう。一年のサイクルの影響下にあるだろうか。まったくそうは思えない。むしろ、人間が一生のうちで一度こんな目に遭えば、二度目はそうそうなさそうなことだ。これは統計にしたがったわけではない。個人の感覚による判断だ。日常生活といえども安泰ではないということだろう。日常生活の中に異常なことが紛れ込むことがあり、容易に日常を逸脱してしまうのではないか。たとえば、強盗犯に拳銃を突き付けられることは日常生活の一部ではないだろう。たとえ、その瞬間まで日常生活を送っていたとしてもだ。結局、命が奪われそうになるなんてことは日常ではないし、サイクルなんてクソ食らえだ。二度目に遭遇してしまった。不幸だ。今の状況が二度目として、もし慣用句が真実であり三度目がやってくるなら、そのときまで生きていられるということだ。三度目はできるだけ遠い未来を希望するけど。二度あることは三度ある、本当だろうか。

 つまり、いま殺されそうな目に遭っているという、そういうことなのだ。

 つまらない考えごとをしている間に安全なところに逃げるなり隠れるなりすればいいと人は考えるかもしれない。いわせてもらおう、そんなことができるならもうやっている。というより、すでに試みて失敗したのだ。自分の命がかかっているのだ、他人がするよりも何倍も真剣に自分の心配をしているに決まっている。具体的に何倍とか、計量できる問題ではないから、表現は適切ではないかもしれないけど。

 三度目を望んでいるからと言って、殺されそうな目に遭いたいと思っているわけではない。誰だって、殺されそうな目になど遭いたくないし、もちろん殺されたくはないだろう。いや、誰だってというのは言いすぎた。殺されたいという人だっているかもしれないし、そういう人がいたってよい。要は、いま殺されたいとは思っていないし、殺されてもいいとも思っていないということだ。

 殺されそうなのだ、助けてくれ。

 誰か助けてほしい。誰かが自分であってもよいのだけれど、地面に倒され、背中に尻をついてのしかかられ、紐で手を縛られようとしている男の子に、足をジタバタする以上になにができるというのだろう。

 誰か知恵を貸してもらいたい。誰かが自分であってもよいのだけれど、と繰り返したところで役に立たない。小学二年生の知恵なんてたかが知れている。しかも、多くの人はこんな場合に役に立つ知恵をもってはいないだろう。肺が押しつぶされ、声をだすこともままならないのだ。

 ポケットにいれていたパチンコが引き抜かれてしまった。遠くで地面にモノが落ちる音。もちろんパチンコを投げ捨てられてしまったのだ。ぐぐ、人の宝物を粗末に扱いやがって。とにかく解放してくださいと、上に乗っている人間に訴えたい。

 上に乗っている人間というのは、さっき集会所の奥の林で猫を殺し、首を斬り、体を切り裂いてなにやらやっていた、若い男のことだ。どうだろう、年のころは中学生くらいだろうか。高校生かもしれない。小学生が下校してすぐという時間に中学生や高校生が猫を殺しているというのもヘンだ。中卒でブラブラしているのか、登校拒否児なのか、本人に聞いてみないからわからない。

 若い男の所業を目撃し、目が合ってしまって、ゴミ袋とつかむやつを投げ出して駆けった。もちろん逃げたのだ。お稲荷さんをすぎ、神社の角をまがって、お地蔵さんが見えたところでとっ捕まり、地面と仲良くやっているというわけなのだ。お地蔵さんに慈悲の心があるなら、助けてもらいたいものだ。そうしたら、週一とはいわず、毎日でも掃除にきてやろう。なんなら駄菓子をお供えしてもよい。このまま行くと、あの地面でくつろいでいた猫の頭と同じ運命をたどることになってしまいそうだ。

 足も縛られるのかと思ったけれど、そんなことはなく、表へ返されて上体を起こされた。立ち上がれということらしい。膝を折って足を折り畳み、膝に体重をかけて膝立ちの状態になる必要がある。なかなか困難だし、地面についたお尻をもちあげるには力が必要だ。ふんがっと力をこめてなんとか膝立ちになり、膝立ちになれば立ち上がるのは容易だ。体中が土まみれ。

 走る。

 腕が振れないのは不利だ。おかしい。走るのは足なのだから腕を振る必要はないように思うけれど、どういうメカニズムだろうか。

 そんなことを考える間もなく、転んで膝と肩、それに顔に痛みが走った。痛かったのだろうか。いまは熱い。もちろん、若い男が転ばせたのだ。走りだした足の甲を手でつかまれた。それで足が前に進まずに倒れた。肩から落ちたけれど、手が縛られているから、顔を地面にこすりつけることになった。

 これが元の木阿弥。せっかくの世阿弥という言葉があるかは知らない。せっかく立ったのにあっという間にもとの地面にうつ伏せ状態になってしまった。秘密基地に逃げようと思ったのに。秘密基地へ行ったからと言ってどうにもならないのだけれど。

 また表に返されて上体を起こされる。

 天使だ。

 しゃがんでなにかしている。お地蔵さんのまえあたり。なにをしているんだ。

 地面からなにか拾い上げ、目の前にかざす。

 パチンコだ。

 さっき投げ捨てられたパチンコはお地蔵さんの前に落下し、いまは天使の手の中にあった。以前にもこんなことがあった。二度あることは三度ある。生きていればまた誰かに捕まり、パチンコを投げ捨てられ、天使が拾うときがくるのだろうか。

 天使はまだこちらに気づいていないはずだ。もうどっか行け。猫殺しの若い男に見つかる前に。立ち上がって、確かな足取りでこちらに歩いてくる。林になんて用はないはずなのに。

「泰人を放しなさい」

 腰に手を当ててエラそうにしている。

 ああ、もうこれでダメだ。猫殺しの若い男に見つかってしまった。

 男の手が後ろから視界にはいってくる。ナイフの刃が暗い光沢を見せ通りすぎる。もちろん、首にナイフがあてがわれているはずだ。猫の首を落とし、体を切り裂いたナイフにちがいない。猫よりは苦労しそうだけれど、人間の首だって切り離すことができるだろう。

 小学二年生の女の子が相手にするには邪悪すぎるし、強力すぎる。

「首、き、きるぞ」

 人と話すのはちょっと苦手らしい。

 天使はパチンコをこちらに向け、ゴムを引き絞る。

 おいおい、どうするつもりだ、首が切れてしまうぞ。

 特に作戦はない様子。ナイフをもっていると知らなかったのか、困ったという顔をしている。

 なんてこった。

 目線を送る。

「え?なに?なに言いたいの?」

 口で言ったらナイフを突きつけている男にバレてしまうから目線を送ってるんだっていうのに。目でモノをいってもらいたい。

 あっちだよあっち。

「なに?向こうになんかあるの?」

 口に出すなっていうのに。いや、目で訴えているのだけれど。

「あれ?あれをどうするの。撃てっていうの?本当に?それでいいの?」

 天使が立っているところからは距離がある。むづかしいかもしれない。

 ダメならダメで、逃げてもらえばいい。

 天使が狙いをつける。

 びゅっと、なにを打ち出したのか知らないけれど弾が飛んでゆき、

 林の奥で、もちろん、カシャンだ。すごい。命中だ。

 うまくいってくれ。

 きたっ。

 上を見上げる。

 危ない。

 足を引いて体につける。団子状態。

 ひゅんひゅんと、上から鉄串が降ってくる。

 これはどこに落ちてくるかわからない。

 安全性のかなり低い仕掛けで、自分の身も危険だ。

 頭の上に降ってきたらどうか知らないけれど、死ぬほどではないだろう。

 仕掛けと結果を知っているということだけが有利な点だ。

 猫殺しの腕がはずれた。目の前をナイフの刃が横切ったから一瞬の恐ろしさを味わったけれど。

 また苦労して膝立ちになり、立ち上がって駆けだす。

 天使はあちこちに降り注ぐ鉄串をながめて、ぼうっと突っ立っている。

「逃げるぞ、天使」

「え?ああ、うん」

 腕が縛られたままだ、パチンコは天使に持たせたまま、走る。

「誰?いまの」

「知らないやつ。猫殺し」

「猫?殺してたの?」

「がはっだよ」

 首が切られた感じを演出したのは通じなかった。がは?と聞き返されてしまった。

 お地蔵さんの前を通り抜け、神社に沿ってまがる。

 まがり角でちらっと振り返る。

 猫殺しは右肩を押さえている。運よく鉄串が刺さったのだ。

 神社前の広場を突っ切る。

 もう一度振り返る。

 げっ、ナイフもって追っかけてきてる。神社の角から姿をあらわしたところだ。

 チャリンチャリン。

「はーはっはっはっはっはっは」

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