第3話 孤独な散歩者(1)

 下校したら玄関からランドセルを放り投げて遊びに出かける。泰人の家は住宅団地のはずれの方に位置している。年寄りの多い団地だけれど、同じ年くらいの子供もいないことはない。子供の遊び場は集会所と公園と神社がごっちゃに合体した一画だ。家から歩いて行くと、まず集会所がある。前の広場に子供がしゃがんでいる。

「なにしてんだ?」

 声に反応して全員の顔が見上げてくる。

「アリの巣はあるのに、アリいない」

 ほそい木の枝でアリの巣を掘り返していたらしい。頼人、英麗玖、アスカちゃんの三人だ。

「アリの巣なんてよく見つけたな。冬は見かけることないのに」

「こうやってね、棒でびしびしやってたらでてきたんだよ」

 英麗玖がほそい木の枝を地面に平行になるくらいにもって振る。枝の先が弧を描いて地面の表面をこすり、砂を飛ばす。下から固い地面が顔を出す。

「もっと掘れそうか?」

「無理みたい。穴がうまっちゃう。この先がどうなってるのかわかんない」

 まわりの土も掘って大きな穴ができている。穴の中心にアリの巣が口を開けているはずだけれど、崩れてしまってもう見えない。目印のほそい木の枝が穴に刺さった状態で土に埋もれている。アリの巣は地面深くまでつづいているものだ。

「なにかほかのことして遊ぼうか」

「木登り」

 英麗玖は男の子らしい乱暴な遊びが好きみたいだ。

「アスカちゃんがいるから木登りはやめておこう」

 神社のまわりは林になっていて登りやすい木がいっぱい生えている。男だけで遊ぶときはたまに木登りをする。ドングリの季節は木に登ってドングリを落として遊ぶ。ドングリを集めてもどうということはなくて、あとで捨てにくるハメになるのだけれど。

「イロオニは?」

 アスカちゃんはイロオニをご所望らしい。うん、イロオニ、今日のアスカちゃんは強そうだ、カラフルな服装をしている。イロオニでは自分の服装に多くの色があることが勝利のポイントなのだ。

「いいよ」

 頼人も英麗玖もアスカちゃんには服従。アスカちゃんは年長さんで、年中組の頼人と英麗玖よりひとつ上。子供の世界は厳しい縦社会だ。

 神社の前をとおって公園に移動。ジャンケンでオニを決める。アスカちゃんのオニからスタートだ。

「じゃあね、黄色」

 オニが指定した色を逃げながら探す。指定の色のものにタッチするまでオニに追いかけられる。捕まれば、つぎのオニにならなければならない。

 黄色黄色、みんなで色を叫ぶ。遊具に、黄色がない。なぜだ。黄色なんてメジャーな色を使わないなんて。なんらかの謀略だろうか。それとも法律で禁止されているかな?公園の遊具に黄色のペンキを使用してはいけないとか。

「つかまえた!」

 頼人がアスカちゃんにつかまった。ジャンパーの背中をつかまれている。

「黄色ないもーん」

 みんなで集まる。イロオニは鬼ごっことちがって止まって休める時間があるからよい。オニは公園の中にない色を指定してはいけないルールになっている。アスカちゃんは黄色いものがどこにあるかを明らかにしなければならない。

「ここにありましたー」

 泰人はアスカちゃんに頭を指ささている。帽子をとる。ブルーの野球帽。ペンギンのバッヂがついている。アスカちゃんの指がやってきて、バッヂを指す。コウテイペンギンの首の横のところに黄色の羽の部分がある。これか。

「ズルーい。こんなちっちゃいの、ひとりしかタッチできないもーん」

「大きさなんてルールにないからいいの」

 ここではアスカちゃんがルールだ。頼人はむくれている。

「つぎは黄色!」

 一斉に逃げ出す。黄色は頭の上にあるんだった。かぶりなおした帽子をまたとってバッヂにタッチ。アスカちゃんは自分の服の袖に黄色があるのを見つけて腕をかかえるようにした。英麗玖は頼人に追いかけられながら走ってきて、アスカちゃんの腕にそっとタッチさせてもらう。オニは頼人のままだ。

 このあと、黒、赤、緑と色が指定され、パンダの置物、すべり台、鉄棒とタッチしていった。オニも入れ替わる。適当なところで泰人がオニになった。小さい子と遊ぶときは適度に手加減してやらなければならない。

「マーくんだ」

 集会所の方から歩いてくる姿が見える。クラスはちがうけれど、同じ小学校の同じ学年なのだ、もっと早く遊びにきてもいいはずだ。道草食っていたのかな。いや、宿題かな。

「イロオニだよ。オニはおれ。色はね」

 もうみんな走り出す。

「シロ!」

 マーくんはすぐに立ち止まった。ジャンパーのジッパーをさげて、中に着ているスウェットシャツにタッチしている。がおー。のこりは三人。頼人がケンケンで何歩か飛びながら止まった。靴下が白かった。頼人の動きを見ていた英麗玖も靴下を選んだ。あとはアスカちゃんだ。食べちゃうぞー。追いかける。マーくんのシャツにタッチさせてもらえばいいのに、自分の服を一生懸命チェックしながら走っている。遊具に白は使われていない。汚れが目立つからだろうか。いや、パンダの置物は白がある。白地に黒だから、黒という意識はあるけど白は忘れられてしまうのかもしれない。

 あっ。べちゃっと地面に突っ伏してしまった。足がからまったらしい。

「アスカちゃん」

 みんなで駆け寄って起き上がらせる。土ぼこりをはたいてあげる。アスカちゃんは泣きだしてしまった。膝をすりむいて血がにじんでいる。泰人は集会所に走る。玄関の横に水道があって、ハンカチを濡らしてもどる。アスカちゃんの膝のよごれと血を拭きとる。もう一回か。

「なに女の子泣かしてるの」

 アスカちゃんの足もとにしゃがんだまま顔をあげる。うしろに立っていたのは天使だ。本物のテンシではない。天使と書いてアンジェというヘンな名前の女の子。同じ小学校の同じクラス、英麗玖の姉でもある。英麗玖というのもヘンな名前だ。エレクと読む。天使は女の子らしく髪の毛を伸ばしている。それに、見た目は名前のごとくテンシだ。

「ああ、膝をすりむいたのね。鷹翔なんかと遊んでるから。こっちきて。水道で洗って、絆創膏貼ってあげる」

 アスカちゃんは手を引かれ連行されてゆく。絆創膏を貼ってもらえるならよかった。

「あんたたちもきなさい。お姉ちゃんたちが遊んであげるから」

 英麗玖について頼人も行ってしまう。弟のくせに、この裏切り者!マーくんまで。マーくんは公園を出て家の方に去って行った。まだきたばっかりなのに、帰ってしまったのだろう。バイバイくらい言ってもいいのに。

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