第2.5話 相内沙莉からお断り

 相内沙莉です。ここでページをお借りして読者の方にお断りしておきます。

 ここまで読まれた方はお気づきのことでしょう、この小説の主人公は小学一年の男の子、鷹翔泰人くんです。いいづらいですね、タカカケタイトくん。その泰人くんの視点を通して、すべてが語られます。

 読者の中に小学一年生がいるとは思いません。みなさんは小学一年生だった経験はあるはずですけれど、そのころのことはほとんど記憶に残っていないでしょう。担任教師の名前、クラスメイトにどんな子がいたか、一日はどんな風にすぎていったか、いろんなエピソードの前後の記憶。わたしはあまり覚えていません。久保田さんはもっと忘れているでしょう。男の人は、すぐ都合の悪いことを忘れてしまいます。

 小学一年の男の子というのはどういう生き物なのでしょうか。わたしには男の子になった経験がないのでわかりません。泰人くんを観察したわたしなりの捉え方です。

 こうしたらどうなるだろうと実験するように行動している。

 大人に考えを伝えるのが苦手どころか、考えること自体ができない。

 話を半分くらいしか聞いていない。

 嘘をついている意識もなく嘘をつく。

 いかがでしょう。小学一年の男の子を観察する機会のある方は納得いただけるのではないかと思います。悪さをした男の子を問い詰めても納得のいく答えが得られないというのはこのあたりの特性からくると思います。特に何の考えもなく行動するため、あとでなぜそんなことをしたのかと聞かれても、自分でもわからないのです。そういう経験を繰り返すと、現状を説明する話をでっちあげようとします。でも、考えることがうまくできないから、大人にはおかしなことをいってごまかそうとしているように聞こえます。あるいは、嘘をついているように。

 久保田さんとの間に子供ができて、これは希望ですけれど、男の子で小学一年生くらいのときは、悪さをしたときにその理由を問い詰めることはしないように気をつけます。行動に理由のうらづけができるのは、もっと成長してからだと思うからです。

 そんなわけでして、小学一年生の男の子の視点で小説が成り立つのかはなはだ疑問です。解決策として、わたしこと、相内沙莉のフィルターを通してしまうということが考案されました。前にあげた小学一年生の男の子の特質をある程度残しつつ、大人の目で必要な部分を補うことで小説を成り立たせるという、そんなのありかって感じの方法を、この小説では取ります。あくまでもフィルターです、泰人くんの心の中の声として表現されます。どうも、相内沙莉ですなんていって毎回しゃしゃり出てくるようなことはありません。すでにお読みになった水族館のシーンのような雰囲気で小説は進みます。そうです、すでに相内沙莉フィルターは有効に設定されていたのです。


 フィルターの性質を知っておくことは小説の続きを読むのにいくらか役に立つかもしれません。簡単に自己紹介といきましょう。

 相内沙莉は群馬県高崎出身です。国立芸術大学美術学部彫刻科で金属彫刻を専攻しています。現在は大学二年生、二十歳です。大学のある太田で一人暮らしをしています。直下型地震が起き、プレートの沈み込みとかいう現象で関東平野のほとんどが水没したのは八歳になった年です。そのあと、東日本はグンマとして日本から独立しました。館林が海に面することになり、念願の海を手に入れた群馬県は、首都特権を振りかざし、館林に国立水族館をつくりました。ついでに言うと、芸大が太田につくられたのも同じころです。この辺の歴史は読者の方もご存知のはずですけれど、国立水族館と芸大は小説の舞台になっていますから、念のため復習しておきました。好きなものは、芸術とおいしいものと、久保田さんです。久保田さんとは家に泊まりに行くほどの仲です。泊まると言っても本当に泊まるだけで、ロマンチックなことは、残念ながらほとんどありません。やっとお近づきになってからというもの、久保田さんとの間には何箇月も進展がなかったわけですけれど、十月にとうとう、わたしから、久保田さんに、告白しました。お恥ずかしい。まあ、不可抗力のようなものでしたけれど。久保田さんの答えは保留にしてもらっています。だって、断られそうなんだもん。いつも、同じくらいの歳の人と付き合った方がいいといわれているのです。

 ところがですよ、よく聞いてください、段落もかえました、なんとハロウィンの日に、なんとなんと、キスしました。ひゃっはー。といっても、ハロウィンの仮装をしたまま久保田さんの部屋のソファで居眠りしていたら、帰宅した久保田さんが勝手に死んでると誤解してくれて、首を切られて殺された美女のゾンビの仮装をしていたんですね、それで生きているとわかったら気が動転してキスしてくれたという、事故みたいなものでした。でも、一度してしまったものは取り返しがつきません。キスのハードルは限りなく低く、簡単に飛び越えられます。ということが、冒頭のシーンで実証されていますね。これからはわたしの時代です。わたしの恋の行方にも大注目ですよ!


 これまでで、フィルターである相内沙莉について多くのことがわかったことと思います。そこはそれ、人間フィルターを通るのです、勢いあまって相内沙莉が実際より輝いて見えるなんてことがあるかもしれません。そんな予感がしているかもしれません。そうですね、確実に自分を美化してしまうでしょう。わたしは誘惑に弱いのです。おっぱいも大きめに表現されているかもしれません。あ、でも、久保田さんはよく目をキレイだってほめてくれます。あと、ベスト・くるぶしの栄誉にも浴しています。これは事実です。それ以外の部分、ちょっとした美化は役得ということでお目こぼしいただきたい。

 以上、相内沙莉からお断りでした。小説のつづきをお楽しみください。

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