第11話 タイトな冒険(3)
ぼうっと何も考えずにどのくらい歩いただろう。周囲の様子がいつの間にかかわっている。広い空間だ。歩道からひっこんだところにコンクリートの門柱がいかめしくたっている。門はバカみたいに広く、敷地内に道路がつづいている。門柱には、むづかしい漢字が彫り込まれた石のプレートが埋め込んである。大という字がある。その下は、ちょっとヘンだけど、学校の学に似ている。きっと大学のつもりだ。そうだ。ついた。相内お姉さんのガッコウについたのだ。もう死にそう。いままでこんなに歩いたことはない。
門をはいってゆく。小さい小屋から明かりが漏れている。受付らしき窓があるのだ。受付台に手をかけて背伸びしてのぞく。
やばい。
手を離して首をひっこめた。大丈夫、気づかれなかったはずだ。相内お姉さんのガッコウはお巡りさんが門を見張っているらしい。こっそり通りすぎよう。やさしそうなお姉さんなら、相内お姉さんを呼んでって頼めるのに。お巡りさんに見つかったら捕まって牢屋にいれられてしまう。危ないところだった。
小屋をすぎると道路はわかれてゆく。分かれ道のところまでくると案内板があった。下に道路と左の端に門が描いてある。門をはいった先は、いくつも建物をあらわす四角が描いてある。校舎がいっぱいあるのだ。小学校は教室のある校舎と、理科室なんかがある校舎の二つしかないのに。どこに相内お姉さんはいるんだろう。今日はもう帰っていたらどうしよう。せっかく苦労してやってきたのに意味がなくなってしまう。
「あいうち、おねぇーさぁーん」
一か八か大声を張りあげる。何度も呼びかける。どこかで物音がした。呼びかけをつづければ相内お姉さんが気づいてくれるはずだ。
「ぼく、誰かをさがしてるのかな。おじさんが手伝ってあげようか」
振り向くと、お巡りさんのおっきな黒い影が覆いかぶさるように迫っていた。
ぎゃー。
走って逃げる。つもりが、けつまづいてころんでしまった。
うう、すりむいた。膝と手のひらが熱い。痛い。
いっぱい歩きすぎて疲れていたから足がもつれたのだ。もっと休んでから相内お姉さん探索にかかるべきだった。ガッコウについて焦ってしまったらしい。若さゆえの過ちというやつだ。大声を出せばお巡りさんにも聞こえてしまうことに思い至らなかった。ドアを開けてお巡りさんが小屋から出てくるのにも気づかなかった。
「ああ、怪我しちゃったね。おじさんとあそこの建物に行こう。しゅっしゅって消毒して絆創膏を貼らないと。ばい菌がはいって大変なことになっちゃうよ」
アスファルトの地面にお尻をついた状態から助け起こされる。
牢屋にいれられるのは嫌だ。
「あー!たすけてー!あー!」
今度は転ばずに走れた。けれど、お巡りさんを警戒して後ろばかり気にしていたから、なにかに正面からぶつかってしまった。でも、痛くない。ぶつかったものが硬くなかったのだ。むしろやわらかくて気持ちいい。
「ほらー、やっぱり空耳じゃなかった」
「いやいや、夜の大学で子供が名前呼んでるなんていいだしたら、絶対神経がまいってるって思うだろ」
「それもそうか」
ぶつかったものは、相内お姉さんだ。ああ、たすかった。
「どうしたの、タイトくん。ボロボロって感じだよ?ああ、すりむいちゃって」
「探していた人見つかったんだ」
「警備員さん。一緒にわたし探してくれたんですか」
「それが、一緒に探そうかって言ったら、ビックリしちゃったみたいで、助けてーっていって逃げちゃったんですよ。ちょっとショックだったな」
ぽっちゃりしたお巡りさんが帽子をとり、膝を折ってしゃがむ。ほっぺがパンパンだ。アンパンマンのキャラクターみたい。
「転んじゃったし。薬箱が警備員室にあるから、消毒して絆創膏を貼りましょう」
「ありがとうございます。凛ちゃんご飯ちょっとおあずけね」
「しゃーねーな」
凛ちゃんお姉さんは短髪を青く染め、耳にピアスをみっつもしている。目の端がすこし吊り上がってキツネ目。奇抜な外見をしている。話し方もちょっとかわっているみたいだ。
ヘロヘロになって小屋に歩かされ、傷の手当てを相内お姉さんにしてもらった。お巡りさんだと思っていたアンパンマンはお巡りさんではないそうだ。まぎらわしい。
お姉さんたちはこれからご飯を食べに出かけるという。タイトくんは?と聞かれたから、お腹空いて死にそうと答えた。大学を出て次の信号が押しボタン式の歩行者専用の信号で、大きな道路を横断できるようになっている。道路を渡った先に商店街がのびていて、いろいろなお店が並んでいる。夜だから閉まっているお店も多い。よしのとひらがなで書いた看板の出たお店に入る。暖簾にもよしのと白抜きしてある。小さいお店だ。カウンター席にならんですわる。セルフのお茶を相内お姉さんが取りに行って、そのまま牛丼みっつと注文をすませた。
「ちょっとごめん、久保田さんに電話してくるね」
「ああ、いいよ。ごゆっくり」
相内お姉さんはケータイをもって店を出てしまった。
「凛ちゃんお姉さんも久保田オジサンのこと知ってるの?」
「そうだな、沙莉姉ちゃんのお友達だから知ってる。二三回しか会ったことないけどな。そんなことより、今日は絵本もってないのか?」
「うん、手ぶらでおうちから追い出されちゃったから、もうないよ」
「追い出されたのか、お母さんに?」
「ううん、お父さんだよ」
「厳しいお父さんだな」
「よくわからないけど。普通なんじゃない?」
「そうか、普通か」
牛丼のどんぶりがどんと、目の前にやってきた。
「よし、食え」
割り箸を割ってわたしてくれる。いつも使う箸より長いから扱いにくい。でも、お腹がほとんどなくなるくらいにすいているから、気にせず食べる。うん、おいしい。
「おうちは近いのか?」
「ううん。すっごく遠いよ。ずうぅーっと歩いたからもうクタクタ、途中で死ぬかと思ったもん」
「そうか、すごい大冒険だな」
牛丼を食べては話す。お母さんは食べながら話すと怒るけど、いまお母さんはいない。
「でも、敵はいなかったからつまらなかった。ただ遠いだけなんだもん」
「つまらなかったか。頼もしいことだな」
「うん。沖縄まで行くんだ」
「沖縄?歩いてなんていけないぞ?」
「大丈夫。ぼく泳げるから。二十五メートルだって泳げるんだよ?」
「二十五メートルか。二十五メートルで沖縄行けたらいいな」
「沖縄はあったかいし、ヤシの木に登ってココナツの実をとれば、お金がなくてもご飯食べて生きていけるんだよ」
「本当か?そりゃいいな。あたしも沖縄行きたいな」
「落ち着いたら招待してあげる」
「ありがとな。じゃあ、あれだ。沖縄に行く途中で寄ってくれたんだな」
「そうだよ。さよならって相内お姉さんに言うためにガッコウに行ったんだ」
「そっか、タイトがいなくなったら、沙莉姉ちゃんは寂しいだろうな」
「久保田オジサンがいるから大丈夫だよ」
「ああ、久保田オジサンな。お兄さんには負からないのか?」
「まからないってなに?」
「負からないってのは、あれだ。オジサンと呼ばれるより、お兄さんと呼ばれるほうが、久保田さんはうれしいってことだな」
「そうなの?オジサンなのに?」
「まあ、オジサンだからかな」
「失礼なこと言わないでよ、凛ちゃん。久保田さんはそんなに歳いってないから」
「いくつだっけ」
「え?三十はいってないよ?たぶん二十九」
「そうか。うん、あたしからは言葉がない」
「ひどい」
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