第10話 タイトな冒険(2)

 お金がないのは嫌だな、なにも買えない。この通りはずっと大きなお店が並んでいる。お金があれば食べたり飲んだりできるし、着るものも、文房具だって揃うのに。なぜお金もなしに出発することになってしまったのだ。お金を家の外においておけばよかった。それはつまり、秘密基地をつくってそこにお金を隠しておかなかったのが悪いということ。子供には秘密基地が必要なのだ。そのことに気づかなかった愚かさに腹が立つ。つぎに落ち着いたときは沖縄にいるだろう。沖縄では秘密基地をつくって必要なものを蓄えておく。深く胸に刻むべき知恵だ。

 ずっと歩いてきて疲れてしまった。体が熱い。首のまわりは汗をかいている。半ズボンだから足は寒いけれど。まだ駅前の通りにもつかない。相内お姉さんのガッコウまでまだまだ先は長い。今日中につかないかもしれない。もう一旦休みたい。いま前を歩いているスーパーにはきたことがある。自動ドアをはいったところに休憩スペースがあるんだった。ウォーターサーバーがあって水分補給もできる。うん、砂漠にオアシスだ。

 入り口脇にあるゴミ箱に空き缶を捨て、スーパーの自動ドアを通る。トイレでオシッコして水分をだしたかわりにウォーターサーバーの水で水分補給する。暖房の効いたスーパー、テーブルのある席で休んだら、また歩かなければならないという現実に嫌気がさしてしまった。でも、スーパーは二十四時間営業ではない。朝までいられるわけではないのだ。どうせ追い出されるなら早く出発したほうがよい。

 また大きい道路にでてきた。ため息がでる。まだまだまだ、ずうぅーっとまっすぐ歩いて行かなくてはならない。足の疲れはとれないし、足の裏が痛い。でも、一歩一歩あるいて行けば、そのうちには目的地につける。もう道のりのことを考えるのはやめよう。

 向こうから歩いてくる人がいる。犬を連れて散歩しているらしい。こんな冬の寒いときに夜でも散歩しないといけないなんて、犬を飼うのは大変だ。柴犬がちょろちょろとあっちへ行きこっちへ行きしては、リードがピンと張って方向をかえる。人間はゆっくり真っすぐ歩いているだけだ。そうしてすれちがって行った。あれはバカ犬だ。賢い犬は飼い主の片側の足元をずっと歩くものだ。犬がバカということは、あの飼い主は犬を教育できないバカなのだろう。

 人間を教育するのは人間らしい。人間の飼い主はまた人間ということだ。子供の飼い主は親とか、親のいない子供はなにか施設の人とかだろう。それは正しいのだろうか。人間よりもっと賢い存在が人間を教育するのが正しいのではないか。子供の親がそれほど賢いとは考えられない。だって、犬すら教育できないようなバカな人間がいるのだ。学校か。学校の先生が賢い存在の役割なのか。担任の梅干しおばあちゃんが賢い存在だと言われても信用するわけにはいかない。現実はうまくいっていないということかもしれない。それとも、まだ一年生だから梅干しで十分だということだろうか。子供をバカにしないでもらいたい。

 きた!ここまできたぞ!信号まで走る。そうだ、ここを曲がれば駅の前に行ける。駅に行ってまた休憩するか。いや、やめておこう。時間と労力がもったいない。それに、駅にはお巡りさんがいる。夜にひとりでいるのを見つかったら捕まってしまう。牢屋にいれられるのはまっぴら御免だ。このまま相内お姉さんの学校を目指す。信号を真っすぐ渡る。歩いてきた道を振り返っても、どのあたりから歩いてきたのかわからない。そのくらい遠くから歩いてきたのだ。まだ同じくらいの長さを歩くはずだ。おっと、道のりのことを考えるのは禁止だった。信号を渡った向かいの建物はボーリング場だ。屋上に巨大ボーリングのピンがたっていて、ライトで照らされている。地震がきたとき倒れればおもしろいのに。

 疲れたし、お腹がすいた。いつもならもうご飯を食べ終わってお風呂にでもはいっているころか。時計もないから時間がわからない。今日はご飯が食べられそうにない。これからどうやってご飯を食べてゆけばよいのだろう。海か。いまは冬だから海にはいるわけにはいかない。海に行けば釣りの道具が落ちているだろうか。いや、エサも必要だからお金がないと釣りもできない。浜や磯に落ちているものを煮たり焼いたりして食べるしかない。山にはいっても、クマやサルが人間の世界にやってくるくらい食べるものはない。冬はつらい。早く春になればいいのに。沖縄に行けば冬でも暖かいはずだ。きっとココナッツの木に登って実を落とせばタダでココナッツミルクで腹を満たせる。海に潜ってモリで魚を突けば魚だって食べられるだろう。沖縄しかない。

 頼人はどうしているだろう。ひとりで寂しがっているかもしれない。いや、もう兄のことなんて忘れてぐっすり眠りこんでいるか。子供は悩みがなくていい。食べ物の心配も今日寝るところの心配もしなくていいのだ。それに遊び友達なら英麗玖がいる。ひとりで寂しいなんてことはないだろう。

 マーくんのことは心配だ。毎日学校へ行けるだろうか。朝マーくんの家で先に行けといわれた日、マーくんはそのまま学校を休むことが多いみたいなのだ。クラスがちがうから毎回休んでいるのかわからないけれど。それに、おっとりした性格のせいで、ほかの子に容易につけいられてしまう。親友を残して沖縄に発つのは心苦しい。落ち着いたら沖縄に招待してあげよう。うん、それがいい。

 アスカちゃんは泣き虫で世話が焼ける。でも、マーくんに一番なついている。マーくんのことが大好きなのだ。アスカちゃんはマーくんがいれば大丈夫だろう。

 天使は性格がキツイけど、かわいさは抜群だ。髪が長い。名前のとおり天使だ。性格はアクマだけど。でも、年下の子にはやさしいみたいだ。弟の面倒を見るし、アスカちゃんが膝をすりむいて泣いているときにやってきて絆創膏を貼ってやると言った。いまさら年下にはなれない、天使は遠くから見るのが一番のような気がする。それでも、出発前に顔を見て、挨拶くらいしたかった。なんなら、宝物からひとつなにかあげてもよかったな。宝物はすべて家に置いてきてしまったんだけど。

 幼稚園のころの天使の性格について記憶がない。まだ性格がキツくはなかったのかもしれない。なにかパーティーに呼ばれたことがあった。誕生日かなにかのパーティーだ。ちいさなプレゼントをもって行って、ご飯とケーキをご馳走になって、招かれた子たちで遊んだ。あのとき誰がいたろう。男はほかにいたかな。全員女の子だった気がする。マーくんは呼ばれなかったということだろうか。女の子ばかりで嫌だと言って行かなかったのかもしれない。幼稚園でも天使とケンカや言い争いをした記憶がない。小さいころのことで記憶がないだけかもしれない。それにしたって、いまみたいにキツイ性格ならなにかしらエピソードを記憶しているだろう。いつからキツイ性格になってしまったのだろう。残念なことだ。天使はキツくあたる相手がいなくなって寂しがってくれるかもしれない。やっぱり最後に会っておきたかった。

 肩を落としてダラダラとゆっくり歩きつづける。

 ダメだ。考えごともネタが尽きた。お腹がすいた。疲れた。眠い。足が寒い。首のあたりが暑い。なんで夜にひとりでこんなにずうぅーっと歩かなくちゃいけないんだ。駅からでも、ずいぶん歩いた。空は真っ黒い口を開けている。道路はすごいスピードで車がやってきては通りすぎてゆく。うるさいし、怖いし、まぶしい。足もとは、歩くうちに街灯やお店の照明で明るくなったり暗くなったり。車がやってくればさっと一瞬明るくなる。目がチカチカする。もう何も考えられない。

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