第21話 良心は目覚めたり眠ってしまったり(4)

 少し前を天使と手をつないで相内お姉さんが歩いている。もらったミルクティーをちびちび飲みながら後ろをついて歩く。となりには謎の高校生お姉さん。相内お姉さんの背中。久保田オジサンと付き合って、そのうち結婚してしまうかもしれない。人生とはむなしいものだ。

「ぐぇ」

 脳天に高校生お姉さんの拳が振りおろされたのだ。膝がガクッとなるくらいの重い拳だった。帽子のテッペンについているボタンみたいのが特に痛みに貢献している。口の奥に血の味がする。口のまわりと手にはミルクティーがこぼれた。あいた手で頭を抱え、お姉さんを見上げる。

「猫はなんで置物を落としちゃったのかな?いつも通り慣れている散歩コースで」

 パチンコを引き絞ってこちらに狙いをつけている。パチンコ玉がセットされているのが見える。そんなものよく見つけたものだ。って、いつのまにパチンコを?お尻のポケットをなでてパチンコがないことを確かめる。あっ、はじめにお尻を叩かれたときだ。油断ならないお姉さんだ。それどころではない。撃たれるっ。

「空き地からこれで猫を撃っただろ。慌てて逃げようとして猫が置物を落としたか、猫は逃げてパチンコ玉が置物を直撃して落としたか」

 鋭い目が睨みつけている。

「パチンコ玉が命中して、かけらが二箇所に散乱していたと、わたしは思うけどね」

 そうなのか。いや、音でわかっていたけれど。高校生お姉さんにははじめからバレていたということか。

「大きなかけらが地面に落ちて石で割れたからラッキーだったな。そうじゃなきゃわたしだってかばえなかった。間抜けなことに、堂々とパチンコをお尻にさしてるし」

 パチンコの狙いをはずし、パチンコを返してくれる。受け取ると、アゴをつかまれ、口がクチバシにされてしまう。ぴよぴよ。

「自分を信じてくれる人をダマすなんて、つぎは許さない。わたしにまでウソをつかせて。大人をなめるな」

 うんうんとうなづく。正直に生きてゆこう。

「二度と生き物を狙うな。それから、あの空き地でパチンコを使わないことだな。タヌキオヤジに本当のことがバレる」

 わかったとうなづく。

「パチンコ玉ももう使うな。ビービー弾とかプラスチックの弾が売ってるだろ。それなら安全だ。いいな」

 軽くてうまく飛びそうにないけれど、今はとりあえずうなづく。

「おいおい。返事は言葉でしろ。知らない人とコミュニケーションするときには当り前なことだぞ」

 そうはいっても口がクチバシになっていてうまくしゃべれない。

「ふぃ」

「そうだ。それでいい」

 アゴが解放される。パチンコをお尻のポケットにさし、ほっぺをなでる。お守りとしてとっておけといってパチンコ玉も返してくれる。このパチンコ玉は神社裏の林の集会所近く、誰かが落ち葉を掃き清めてスペースを作っていたあたりにいくつか落ちていたものだ。

「それから」

 コートのポケットを探っている。今度はなにが飛び出すか。

「ジュースこぼして顔がべとべとだろ」

 出てきたのはウエットティッシュだ。一枚出して顔を拭いてくれる。なかなかスリリングなティッシュだ。

「ありがとう」

「その調子だ」

 頭を帽子ごとぐしゃぐしゃにされる。首がグラグラするくらいだ。

 前をゆく相内お姉さんたちにつづいて公園にはいる。お地蔵さんは公園をつっきったすぐだ。

「あずみさーん」

 相内お姉さんが振り返り、高校生お姉さんに抱きつく。どういうことだ?

「沙莉ちゃーん。ひさしぶしだねー。でも、わたしは壮介くんではない」

 上体を離して、手で相内お姉さんをはがそうとしている。相内お姉さんは腰のところで腕をからめて離れない。ふたりは親しい間柄のようだ。

「なんで太田に?てゆうか警察だったのー」

「実家で冬休み。警察っていうか、公務員?」

「くぼ、壮介さんもいってたけど、その公務員てなんの?」

「うーん、警察署で事務みたいな」

「わかった、極秘任務だから人に知られちゃいけないんでしょ」

「うん、そゆことだよ」

 高校生お姉さんこと、あずみお姉さんは解放された。

「なんで川田さん知ってるの?前橋に住んでるんでしょ?」

「家で食っちゃ寝してたの。でも、すぐ飽きちゃって。あんまり暇だから最寄りの太田警察に顔出して面白いことないかって話たり。で、夏の事件の話をね、川田さんに聞いてたの。ほんの昨日のことだけど。それで、今日になって暇つぶしができるぞって連絡がきて飛びついたってわけ。沙莉ちゃんの関係なんて聞いてなかったけどね。あとでモンク言わなくちゃ」

「その格好は、仕事用?」

「ううん、これは大学の入学式のために買ったスーツ。実家にはそれっぽい服がほかになかったんだ。ヘン?」

 腰をひねって後ろをチェックしている。後ろが特にどうというわけではないと思うけれど。ヘンなときは前も後ろも関係なくヘンだろう。

「何年前の話ー?よく着られる。わたし高校のころの服なんて着られないと思う」

「なに、成長してないっていいたいわけ?」

「フレッシュな感じのスーツで、高校生みたい」

「逮捕されたいみたいね」

「そんなことより、あずみさんきてくれてたすかりましたー」

「そんなことってねえ。今回は特別サービス。あんたはほら、沙莉ちゃんに世話になって、なんか言ったらどうなの」

 またお尻をぶっ叩かれた。痛い。男の子のお尻を気軽にバンバンぶっ叩かないでもらいたい。

「相内お姉さん、ありがと」

「うん、いいんだよー」

 抱きしめてくれる。幸福感が全身を包む。となりで天使がストレートティーをぐびっとやる。長いこと幸福にひたって幸せに慣れてしまうと、厳しくツラい日常が一層苦痛になってしまう。適度なところで現実にもどらなくてはいけない。お姉さんの腕から逃れる。

「それにしても笑っちゃった。あずみさんタヌキのあそこのかけらばっかり集めるんだもん」

「あれは仕方ないでしょうが、安定するように下が重くなってるから前に倒れながら落ち始めてちょうどあそこに石が当たったんだよ」

「あははは、痛かっただろうね」

「女にはわからないってやつ」

 ふたりのお姉さんは笑っている。なんだか、股間がうずうずする。タヌキの置物はキンタマがばかデカくつくられていた。石がキンタマを直撃して置物が割れたから、あずみお姉さんはキンタマ周辺のかけらを集めることになったのだ。パチンコの玉は頭あたりに直撃したらしく、頭のあたりの破片は離れたところに散らばることになったようだ。

「そういえば、聞いたよー。とうとう、壮介くんと正式になんだってー?」

「そうなのー。でも、南極の話も聞いたでしょー?幸せと不幸が仲良くやってきた感じ」

「まあね。でも、そのくらいの大きなきっかけがないと壮介くんはハッキリさせないから、交換条件だと思わなくちゃ」

「うん、ガンバる」

「いつか沙莉ちゃんがお姉さんになるかもしれないのかー」

「え?わたしのほうが年下だよ?」

 高校生みたいなあずみお姉さんの方が年上なのか。

「兄のお相手はお姉さんになるんだよ」

「そうなんだー。妹よ」

 相内お姉さんはまたあずみお姉さんに抱きつく。

「お姉さんのこと好きなの?」

「いいだろ、どうだって」

「バッカみたい。歳はなれすぎ」

 そんなことはよくわかっている。傷ついている男の子を絶望の底に蹴落とさないでもらいたい。横に立ってストレートティーを飲みながらふたりのやりとりを眺めている天使は、口を開けばアクマな天使だ。

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